第4話『新たな敵を待つ者、削る存在』

###第4話『新たな敵を待つ者、削る存在』



 コロッケ丼を食べていて出遅れた神原颯人(かんばら・はやと)、彼が到着した場所は歩いて5分弱のアンテナショップだった。

立地場所は谷塚駅や商店街にも近いのだが、そちらに客が流れるかと言われると――そうではない。

ラーメン店や喫茶店、コンビニ等には客が入っているが、アンテナショップにフードコートがないのも大きいのかもしれないだろう。

 しかし、商店街の客にとって今回の事件は対岸の火事と言う位に無関心を貫いている。

その理由に関しても分からないではないが――この辺りが、草加市にARゲームの聖地巡礼が上手く根付いていない理由だろう。

場所によっては浸透している場所もあるだろうが、ここは聖地巡礼よりも料理サイトで紹介された際の記事経由が多い。

統計を取った訳ではないが、エリアによってARゲーム以外の目的で草加市へ訪れた観光客が5割を超えるケースだってある。

つまり、誰もがARゲームの聖地巡礼で草加市へ訪れた訳ではない。これは神原だけでなく、他のメーカー幹部なども課題としている部分だ。

「一体、何処に――」

 駆けつけたタイミングが遅かったわけではないが、周囲には数十人規模で野次馬の出来ている個所がある。

そこが該当する場所と判断し、走って向かったのだが――残念ながら、そこにいたのはARゲームとは無関係な芸能事務所の批判合戦だった。

これの何処かトラブルなのか――と神原は骨折り損と思ったが、トリガーになったのはARゲームだったのだと言う。

 そして、近くにあったセンターモニターを見ると――そこには殴ったような傷が少し付いていたのである。

この傷に関しても本当に器物損壊なのか、証拠映像がある訳ではない。

草加市のARゲームエリアには無人ドローンが飛んでいる話もあるが――証拠映像を抑えたのか?

その辺りを踏まえて連絡を入れようとした神原だが、タブレット端末が思わぬ挙動を見せた。

【このエリアはARフィールド展開中です。ARガジェット以外では一部電波が圏外となります――】

 このメッセージが出るのは、ARゲーム非対応のガジェット各種。スマホ全般は一部機能が制限され、カメラ機能は使えなくなる。

電話に関しては警察等への非常回線は使用可能だが――通常回線が使用不能。

 しかし、使用不能になるのは数分間と限定される。

使用できない理由は色々とあるかもしれないが、電波障害がトラブルを引き起こす為とガイドラインでは明言されていた。

「こういう時に限って、これとは――」

 神原は別の意味でも現場へ急ぎたいのだが、タクシーを呼ぶにしてもスマホが使えないことにはどうしようもない。

周囲の野次馬は何も気づいていないようであり、電波障害もどこ吹く風だ。

実際、出前等で使う様な電話で障害が起きないので、こういう反応なのかもしれないが。



 午後1時、何時もの重装備アーマーで突如出現したのは――ジャンヌ・ダルクである。

出現した場所は、2階に駐車場があるスーパーマーケット、駐車場の広さは――普通乗用車が50台は止められそうな広さだ。

ここは本来であればARゲーム専用のゲーセンが近くにある訳ではない。あっても半径1キロ圏外と言う可能性がある。

その為、ARフィールド発生装置が存在する場所ではないのだが――何故か、ここにはフィールドが存在した。

 理由としては数百メートル先にゲームセンターがある事かもしれない。

ゲームセンターでもVRゲームが設置され始め、ARゲームの設置も一部限定だが行われていた。

しかし、試作型ARフィールド発生装置にはスマホを初めとした通話機器等で電波障害の発生――これが最大の欠点と言われている。

『これがなければ、隠密行動も可能になるのだが――』

 ジャンヌの言及する隠密行動とは、完全な透明人間化しての行動ではない。

ありとあらゆる電波や発信機、レーダー等から見えなくなるという物である。いわゆる、ステルス戦闘機と同じ原理と言えるだろう。

その後、彼女はアーマーの腰部分に隠してあるシークレット部分からスポーツドリンクを取り出し、それに口を付ける。

 駐車場に姿を見せた車の1台が、空間の異変らしき物を感じるのだが――そこに何があるのかは一般人には分からない。

ARゲームが一般人から懸念されている理由に、唐突なゲームフィールド発生で通行の邪魔になると言う物がある。

しかし、それは一部のARゲームに限った話であり、ARフィールドがきめられた物、交通規制等でフィールドへの侵入を禁止し、一般人への危険を減らす試みをしている所もあった。

そうしたルールが決められたARゲームが100%ではない以上、モラルを破るようなプレイヤーが出現するゲームもゼロではないのである。



 5分後、ジャンヌが行動に移そうとした矢先に――第3者の乱入があった事を知らせるメッセージが表示された。

自分は乱入を許可した訳ではないのだが――。一体、誰がこういう事を仕組んだのか?

《乱入を確認しました。1対1のバトルモードへと移行します》

 ジャンヌとしては装備を整えてからの行動に移そうと考えていたのだが、思わぬ所で水を差される結果になった。

その人物が出現したのは、駐車場の入り口ではなく、スーパーの駐車場直通のエレベーターがある北側の入り口である。

エレベーターの扉が開くと同時に、その人物は姿を見せた。10メートル近くの遠目からでも女性だと言うのは分かるが――。

 ジャンヌが身構えた理由は、彼女の外見がファンタジー系の賢者と思わせるローブを装備し、魔術書を連想させるカバーのARゲームタブレットを持っていた事だろうか?

おそらく、遠距離武装オンリーではないが――2つは遠距離と言う可能性が高い。

「あなたが――ジャンヌ・ダルクか」

 かなり冷静で、ジャンヌの姿を見ても動じる気配がない。それに、周囲にも何人かの買い物客が視線を向けているが、それも無関心を貫く。

銀髪のロングヘアーに、赤い眼――その視線はジャンヌだけに向けられていると言ってもいいだろう。

 体格はぽっちゃり系だが、そんなに気になるような声が買い物客からない以上は――そう言う事かもしれない。

『珍しい客人だ。しかし、フィールドへ土足で入った事は感心しない』

 彼女を歓迎する一方、ジャンヌは勝手に乱入と言う処理をされた事には怒りを覚えている。

それを表情に出せば――明らかに作戦も見破られる危険性があり、ジャンヌはポーカーフェイスを決め込む。

「しかし、ジャンヌ――貴方がやろうとしている事は、芸能事務所が行おうとしているネット炎上と一緒だ。つまり、私は阻止する側に――」

 彼女はARガジェットで何かを呼び出そうとしていたのだが、それよりも先にARアーマーを装着する。

その形状は銀騎士と言っても過言ではないだろう。そして、デザインは神話的な物よりもSFファンタジーの意匠も混ざっているかもしれない。

「コンテンツハザードを止める! ARゲームの炎上は――芸能事務所にネタを提供するだけだ」

 ある意味でも彼女は本気でジャンヌを止めようと、即座にレールガンとハルバートを組み合わせたような1メートルほどの遠距離武器を呼び出す。

その斬撃は、あっさりとジャンヌに回避されるのだが――ジャンヌの回避した先にはセダンタイプの乗用車が止まっている。

おそらくは買い物客が止めたものかもしれないが、それに激突して車が大破する事はなかった。ARフィールドのセーフティーシステムが動いた訳でもない。

『こちらとしても、バトルの準備をしていないのに問答無用とは――クールな表情の割には、意外と短気なようにも見えるが?』

 ジャンヌの挑発――そう受け止められそうな発言を、彼女は完全に無視する。

これに乗せられたら、完全な負けだと認識ていたからだ。

そして、彼女はハルバートモードをレールガンモードに瞬時変形させ、レールガンの照準をジャンヌに合わせる。



###第4話『新たな敵を待つ者、削る存在』その2



 銀騎士はレールガンのターゲットをジャンヌに合わせるのだが、そこから腕が動かないでいる。

彼女の発言によって動揺している訳ではない――おそらく、あの煽り発言が罠である事が分かっているからだ。

ジャンヌ側にシールドを展開するような仕草が確認されない事を把握したうえで――彼女は引き金を引く。

「ジャンヌ・ダルク――」

 後に何かを続けようとも考えたが、言葉が浮かぶ事はなく――そのままレールガンを撃つ。

放たれたのはCGで作られた弾丸ではなく、魔法弾を思わせるようなエフェクトがかけられている。

それを把握したうえで、ジャンヌは指をパチンと鳴らした。そして、次の瞬間には――。

『この状況をご都合主義と言うか? ARゲームではガイドラインに違反するガジェットは持ち込みが出来ない――それは分かっているはずだな?』

 その言葉と共に、銀騎士のレールガンから放たれた弾丸は消滅していたのである。

そして、同時にジャンヌが放った30センチほどの長さを持つビームセイバーが銀騎士のシールドにダメージを与えていた。

銀騎士もジャンヌが突っ込んでくるのは予測していた為、あらかじめシールドの展開準備をしてからレールガンを撃ったが――。

「確かに――ガイドラインに違反していればの話だ」

 銀騎士の口調が歪む事はない。彼女は――冷静である。

ジャンヌのパターン誘導を狙っているような煽りも、彼女にとっては全く効果がないのだろう。

消滅したと思われた魔法弾は、別の場所――ジャンヌの頭上10メートルほどの上空に出現し、そのまま高速で放たれた。

『貴様――!!』

 この状況を見たジャンヌは、思わず激怒する。完全にはめられた――と。

回避体制を取る事が出来ず、とっさにバリアを展開する事で致命傷は回避した。

 しかし、そのダメージは銀騎士以上の物である。ジャンヌの方も――この状況には理解できずにいた。

「ジャンヌ、あなたの能力は――いわゆる負けフラグ等を自在に操る事と――」

 銀騎士が何かの発言を続けようとした時には、ギャラリーが想定以上に増え過ぎていた。

駐車場にも車が数台ほど姿を見せた為、これ以上は時間のかけ過ぎと――両者は判断する。

『果たして、それで正しいのかな?』

 銀騎士の発言を受けての反応かは不明だが、一言いい残して姿を消した。

その消え方はCG演出のソレなので、銀騎士はジャンヌ・ダルクをゲームキャラか何かと考えている。

「ARゲームでテレポート自体、確立された技術ではない。瞬間移動を再現するにしてもリスクが大きすぎる」

 銀騎士のアーマーもゲームの終了と同時に消滅し、元の賢者の姿に戻った。

彼女は周囲のギャラリーに視線を一切向ける事無く――そのままエレベーターの方角へと向かい、姿を消したと言う。



 午後1時45分頃、草加駅に設置されていたセンターモニター、そこで別のARゲームの中継を見ていた人物がいる。

それは、私服姿のアークロイヤルだった。今回に限って言えば、ARガジェットのチェック的な意味合いで草加市に足を運んでいたのだが――。

「ARゲームでもプロゲーマーは存在するのね――」

 映像で確認していたのはARスーツの仕様上で素顔が見えない人物だったが、その腕前はプロ級と分かっていた。

アークロイヤルもVRゲームでは実力があっただけに、ゲームが違ってもある程度は動きで分かるのだろう。

 その一方で、彼女はアンテナショップで妙な事を聞いた。

神原にもらったARガジェットに関しての話だが――色々と謎の部分があり過ぎる。

『このガジェットは市場に出回っていない物です。ゲームに関してはアカシックワールドで存在はするゲームであり、闇のゲームやデスゲームではない事は確認済みですが――』

 女性スタッフはアークロイヤルのガジェットを調べた後に、若干深刻そうな表情で警告をしていた。

ARゲームでデスゲームは禁止されているし、非公式なギャンブルに悪用されている噂もネット上で聞くのだが――ソレとも違うらしい。

では、彼女はどういう理由でガジェットの使用を警告したのか?

『市場で流通していないガジェットは、ロケテスト用の試作品と言う路線もあります。しかし、それ以上に懸念されるのが――』

「チートガジェット、と言う事ですか?」

 女性スタッフは試作品も稀に流通している部分に断りを入れた上で、このガジェットをチートの可能性があると明言した。

チートガジェットはプレイヤーに最強と言えるようなパワーを与えると同時に、ARゲームで使用すれば場合によってはアカウントがはく奪の危険性もある。

しかし、陸上競技などのスポーツの世界におけるドーピングと同じなのは変わりない。それに加え、どのような副作用や不具合等がないとは言い切れないのだ。

一歩間違えれば、命の危険性もあるのが――ARガジェットにおけるチート問題である。

 それでも、自分はこのガジェットを使用する事をスタッフに伝え、アンテナショップを後にした。

危険性が疑われるチップやアプリがインストールされている事はなかったようだが、それでもスタッフは継続使用を薦める事はしなかったのである。

『これだけは言っておきます。そのガジェットは公式でARゲームを販売しているメーカーから出ている物ですが、本来のメーカー品とは違う仕様もあります。それが原因で狙われる事が合っても――』

 保証はできない――そう言及していた。

神原と言う人物がゲームメーカー出身なのは、さっくりと本人も言っていたし、ゲームサイトでも名前が出ていたので問題はないだろう。

しかし、あのプレイ感覚はVRゲームのそれとも違うし、動画等で見たARゲームとも違っていたのは間違いない。



 午後2時、いくつかのプレイ動画がアップロードされ、その内の1つが注目を浴びる事になった。

それは――ジャンヌ・ダルクのプレイ動画である。

 いつも通りの無双展開、まるでWEB小説で見かけるようなチートスキルの使い手と言えるような――とは大きく違っていた。

「ジャンヌらしくない」

「同名のジャンヌはいくらでもいるだろう。あのジャンヌ・ダルクとは――」

「ネット炎上狙いのなりすましじゃないのか?」

「なりすましは、警告を受けるだろう。それに、該当すれば動画がアップロードされる事無く削除されるだろう?」

 谷塚駅に設置されたモニターには、いつの間にか20人位のギャラリーが集まっている。

一連の騒動は、警察が介入した事で何とかなったのだが――まだ全てが終わった訳でもない。

その状況でアップされたジャンヌの動画は、疑問を抱かせる結果となった。

「アーマーのデザインも微妙に違う。あの時のジャンヌではないのか?」

 神原颯人(かんばら・はやと)はジャンヌの騒動に出遅れた事もあり、少しいらついている。

しかし、それを八つ当たりの様な形でストレス発散しても――まとめサイト等で炎上するのは明白だろう。

仕方がないので、コンビニで購入したばかりのキシリトール入りのタブレットを手のひらに2個ほど出して、それをかみ砕いた。

「ネットでも大きな情報がない以上、このまま戻った方が早いのだろうか――?」

 タブレット端末の方も電波障害が回復し、何とかつぶやきサイトの方も閲覧が出来るようだが――そこで、ある書きこみを発見した。

【賢者のコスプレをした人物が、さっきのタイミングでジャンヌと戦っていたような――】

【コスプレイヤーにしては、体格が――アレだった気配もする】

【しかし、無効試合として処理されたらしい】

 この書き込みを見て、もしかして――と神原は思う。

仮に賢者と思わしき人物が、ジャンヌと敵対する勢力の出身だとしたら――大きな事件に発展するだろう、と。



###第4話『新たな敵を待つ者、削る存在』その3



 午後2時5分、別の動画がアップロードされたらしく、そちらにも注目を浴びる事になった。

その内容は――ジャンヌ・ダルクと斑鳩(いかるが)の対戦である。

過去にアップロードされた動画では、万策尽きたという気配で斑鳩が敗北をしていたのだが――。

「デザインが違うな」

「ああ。斑鳩は漢字とカタカナのイカルガ、他にも数人いると言う」

「確か――真戯武装パワードフォースにもいたような気がする」

「そうだ! あの時の違和感は、それだ!」

 アップロードされたジャンヌと斑鳩の対決を見ていた一人が、思い出したかのように発言する。

今回の斑鳩の装備、それは――周囲が認識しているしていた斑鳩とは違う『斑鳩』だったのだ。

 人気となっている特撮番組、真戯武装パワードフォースはARゲームでもモチーフにしたようなアーマーや武器を使うプレイヤーもいる。

それを踏まえ、あの斑鳩だと周囲は勘違いしていたのだ。

 その一方で、正しく斑鳩を認識していたのは、アークロイヤルだけ――。

「あの時は――動画で見た限りだと敗北だった。それに――」

 実は動画の日付にも秘密があり、これはゴールデンウィーク明けと思われる日付だ。

つまり、動画としてはバックナンバーに該当する物だろう。

 再生されていた動画は、斑鳩の敗北なのは既に調べ物をしていた際に分かっている。

しかし、エクスカリバーで圧倒されたあの時とは違い、そこそこの対応が取れていたのかもしれない――とアークロイヤルは思う。

内容はどうあれ、この動画もジャンヌ・ダルクがリアルチートに匹敵するような強さを持っていると改めて知らしめるような――その光景は目に見えていた。



 午後2時30分、メイド服姿の斑鳩は谷塚駅近くのコンビニでスポーツドリンクを購入し、ペットボトルを開けていた。

彼女に色っぽさを求めるのは酷かもしれないが、若干息を切らしているような彼女に近づこうと言う物好きはいない。

それに、草加市内ではジャパニーズマフィアの様な存在は一掃されたが、チートガジェットを使用して暴れまわる超有名アイドルファンは存在すると言う。

 ARゲームのプレイヤーと下手にトラブルを起こせば、まとめサイトが色々とねつ造して記事を書き、芸能事務所AとJのアイドル人気に利用される――まるで、マッチポンプである。

斑鳩も一連の事件がどういう理由で起きるのかも知っており、ジャンヌが一連の炎上案件に対し動いているのも分かっていた。

それでも、ジャンヌ・ダルクはネット炎上を阻止しようとする動きを一切見せていない。彼女は、あの状況を利用しているのだろう。

「どうして――彼女は炎上マーケティングが起こる環境を生み出しているのか」

 その後もジャンヌ以外と対戦するが、成績は伸びていない。あれから勝ったのが10回中2回なのも――納得である。

敗北が続くと降格やライセンスはく奪と言うルールは存在しないので、負け続ける事にリスクはない。

しかし、負け越し状態が続くのも気持ち的には引退と言う言葉が脳裏をよぎるので、決して良い傾向とは言えないだろう。

「気になるのか? ジャンヌ・ダルクと言う人物が」

 斑鳩の近くを通りかかったのは、賢者のローブと言う外見をした銀髪の女性である。

その人物を見かけた周囲の野次馬が――例の動画の人物と指を指す一方で、その言葉に彼女が耳を貸す事はなかった。

それ位に彼女は周囲の声を一切無視して斑鳩に話しかけたのである。

「彼女はいったい何者なの? 明らかにネット炎上をするような事――」

 斑鳩が途中まで発言した辺りで、銀髪の賢者は何かを気にし始めた。

野次馬は気にしないのに、周囲の上空を飛び交う無人ドローンは気にしている。一体、彼女は何を警戒しているのか?

「ここでは、さすがに無理がある。場所を変えよう――」

 2人が向かったのは、ふと視点を変えた先にあったイースポーツカフェの別支店である。

近くにはファストフード店などもあるのに、どういう事なのか?



 20分後、斑鳩は目の前の光景を見て唖然とする事になった。

レストランを思わせるテーブル席に案内されたのもつかの間、彼女はいくつかの菓子パン等をトレーに乗せて持ってきたのである。

これらは2人分と言う事で持ってきたようだが、斑鳩はチョココロネとチョコチップの入っているスティックパンをつまむ程度だ。

「どうした? 食べないのか」

 銀髪の賢者は、既にカレーパンセットや肉まん、ハンバーガー等を平らげている。

そのぽっちゃりとした体格は――と斑鳩は想像したが、言わない方が身のためか。

それに、周囲の爆音は斑鳩も気になっている。まるで、ゲームセンターのソレと同等か、それ以上だろう。

鼓膜が破れそうな程ではないのだが、銀髪の賢者のグルメレポート的なつぶやきは一切聞こえていない。

「ジャンヌ・ダルクの何を知っているの?」

 斑鳩は銀髪の賢者が誘った理由を思い出す。そして、問いただそうとする。

しかし、彼女は既に焼きそばパンとフライドポテト、それに――いくつかのメニューを注文済みだ。

彼女はフードファイターか何かなのか? そう斑鳩が疑問を持つレベルである。

周囲の客も気になっている様子だが、2人のいる場所が特殊な強化ガラスの部屋なので、のぞく事は不可能だろう。

「知っている事を聞いてどうする? 無策で感情のままに突っ込めば――勝てるとでも?」

 その後、銀髪の賢者はカップに注がれたホットコーヒーに口を付ける。

それに、視線は明らかに斑鳩へ向けられた物――とは違う。目の前にある焼きそばパンに向けられているのだ。

「実力だけでいえば、私はARゲームでナンバー2の実力よ――得意なジャンルであれば」

 ジャンルの部分は弱気だが、ゲームの実力はあると言う事を斑鳩は強がる。

しかし、それも――彼女にとっては興味のない話題なのだろうか?

「ジャンヌの実力は、それほど高くはない。しかし、まぐれで勝っている訳でもない」

 自分がジャンヌと戦った際に感じた違和感もあるのだが、それを今の斑鳩に説明しても――無駄に終わる。

あの能力は、明らかに自分の知っている知識だけで太刀打ちできるかどうかも分からない。

情報不足は――明らかだろう。

「思い当たる物がない訳ではないが――」

 彼女も見覚えがない訳でもない。発言の一つ一つが感情のこもっていない訳ではないが――熱くもなっていないような気配がする。

「しかし、それはパワードフォース内での話とか――そう言うレベルではない」

 それを聞いた斑鳩は、そう言えば――と彼女の名前を聞いていないことを思い出した。

そして、名前を尋ねると――もったいぶる事無く、こう答える。

「そうだな。今は、ヴェールヌイと名乗っている――これでいいかな?」



###第4話『新たな敵を待つ者、削る存在』その4



 午後3時、斑鳩とイカルガの違いを説明する記事も出始めた。

ネーム被りはARゲームでも日常茶飯事だが、あまりにも有名人と同じネームだとなりすましを疑われる。

こうした部分が背景にあるからこその、今回の説明かもしれない。

 このサイトの説明は非常に増長であり、蛇足感があるので――簡略的にせつめいすると、こうだ。

《今回の斑鳩は、別のARゲームにエントリーしている斑鳩とは別人である》

 このサイトに関しては、斑鳩本人とヴェールヌイも見ていた訳だが――。

斑鳩の方も自分の名前を別の所でも聞くと言う話を耳にしており、こういう事か――と納得したようだ。

ただし、パワードフォースのイカルガの解説はなかったと言う。意図的に記載しなかったのか、記事を書いた人物が知らなかったのかは不明。



 同時刻、アークロイヤルはある情報を、タブレット端末で偶然見ていたネットニュースで知った。

まとめサイトのような信用できる可能性が薄い物ではなく、有力情報である。

アフィリエイト系のまとめブログ等であれば、もっと別な煽りパターンもあるので、そう言う書き方をしていないのが――決めてかもしれない。

【ジャンヌ・ダルクと言う人物は、アバターらしい】

 つぶやきサイト経由ではないので、かなりの有力筋と言える物だった。

それに、彼女がテレポートと思わしき能力で姿を消す部分にも言及しており、自分も見覚えがあった事を踏まえて――この情報を真実と認識したのである。

「アバターと言うのであれば、あの能力の数々も――納得できるのか」

 若干の疑問点は残るだろうが――彼女が指をパチンと鳴らす事で使用する能力、その数々はARゲーム特有の演出と言うには――あまりにもスケールが大きすぎた。

彼女が異世界転移や異世界から召喚された存在と言っても、信じる可能性は高い。それ程の説得力が、あの一文から読み取れるだろう。

 しかし、それでも確定するには情報が足りない。アバターだと仮定して、それに類似した能力を持ったプレイヤーと言う可能性だってある。

ARゲームで使用される違法アプリやチートには、常人には扱えないようなパワーを容易にコントロールできるような部類まであると言う。

まだ――確定させるには、ピースが足りないのか?



 午後3時10分、アークロイヤルがコンビニに立ち寄って何かを買おうと考えて移動中の矢先、何かの違和感を――周囲の状況を踏まえて持っていた。

ARゲームのフィールドが展開されれば、ARガジェットにも通知が入るので――不意打ちや奇襲等では使えない。

そんな事をしたとして、本当の意味で倒したとは認められない。

卑怯な手で勝利を得たとしても、ARゲームではネット炎上の標的にされるのは、過去の事例でも分かり切っている。

 アークロイヤルは、そう言った事情を知らないで――何者かの乱入と言う可能性を疑う。

しばらくして、ARガジェットにメッセージが入ったので勘違いをしたのは明白だが。

「危ないねぇ……ARゲームで暴力事件はご法度って、ガイドラインを見ていないのか?」

 コンビニからは50メートルほど離れた歩道、そこでアークロイヤルはある人物に向けてARウェポンを向けていた。

ハンドガンの類ではなく、突きつけたのはビームエッジという刃の部分にビームが展開される特殊なブレード――。

その長さは50センチと言う事もあり、一歩間違えれば銃刀法違反で捕まりかねないだろう。

「明らかにARゲームを起動しておいて――あなたは何者なの!?」

 ビームエッジを突きつけた男性は、身長170ちょっと、眼鏡にジーパン、半そでのワイシャツ――黒髪のショートヘアと言う見覚えのある人物だった。

しかし、このタイミングではアークロイヤルも全く気付いていない。どうやら、我を忘れてビームエッジを展開したようだ。

本来であれば、ARウェポンはARゲームフィールド以外で展開する事は不可能であり、一般人にも認識する事は出来ない。

 特殊なARを見る事が出来るアプリ等を使わないと、アークロイヤルが拳を男性に向けて突きつけているようにしか見えないだろう。

「ARゲームを起動したのは、別の人間だろう? それ位、ガジェットのインフォメーションを見れば一目瞭然じゃないのか?」

 彼はアークロイヤルのビームエッジを恐れもしていない。どうやら、彼には見えていないようにも思える。

ARウェポン自体には殺傷能力は一切ないので、それを使用してテロ事件を起こそうと言うのは――よっぽどの愚か者しかいないだろう。

「それに、君はARゲームの真実を――」

 しばらくすると、彼の姿はすっかり消えていた。

何かを去り際に言ったような気がするが、アークロイヤルの精神状態では中身を覚えていないだろう。

ARフィールドの方も解除されたので、ビームエッジを杖代わりにする事も出来ずに消滅したが――先ほどの現象は何だったのか?

「あの人物って――まさか!?」

 アークロイヤルは、今のタイミングになって思い出した。

真戯武装パワードフォースの登場人物の一人、レーヴァテイン――それが彼の名前である。

生命をもてあそぶような戦争屋が大嫌いで、その為ならば憎まれ役を買って出る事も――と言う人物だった。

 しかし、そう言った印象が彼の言動からは確認する事は出来ず――と言うよりも、外見イメージだけでレーヴァテインと認識する。

その一方で、彼もジャンヌ・ダルクと同じようにアバターなのではないか、と考えた。

証拠として――レーヴァテインを演じていた俳優は、現在活動休止をしているからである。

 

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