証明

 許可を得れば誰でも帯刀出来るご時世とは言え、彼女のように常に帯刀が許されるのは一握り。単なる帯刀許可の比にならない、厳重な審査を通過しなければならず、この歳で常時帯刀出来る者は、剣の才能があってもそうはいない。


 幼少から教育を受けた、由緒正しい旧家の出が大半を占め、つまり一番合戦さんは、お嬢様兼強者つわものの可能性がかなり高いのだ。初見の畏縮の訳は緊張だけではなく、と言うかもう学内で帯刀しているというそれだけで縮み上がっていた。

 尤も一番合戦さんはお嬢様より武人ぽい雰囲気だけれど、兎に角この場合の許可とは、帯刀許可証を指す。


 鬼を討つ為の、力を持っているかの証。


「いやいや全然! そんな僕が剣なんて……百鬼ひゃっきだって全然知らないし、ただの一般人だよ」

「ん。そうか? 残念だなあ折角早起きしたんだし、挨拶代わりにそこの剣道場でも借りて、一勝負申し込もうと思ってたんだが」


 無邪気にとんでもない事を言っている。

 達人が素人に勝負を挑もうとしていた。


 そりゃあ本気で来るような大人気ない人には見えないけれど、並べて話すのも馬鹿馬鹿しいぐらい、常時帯刀者じょうじたいたうしゃ帯刀者たいとうしゃでも違うのに、一般人と挨拶代わりに一勝負って。体育会系でも相当な熱血だ。……最早熱血とは別の域に達している気がしないでもないが。


豊住とよずみは朝から汗かきたくないって乗ってくれないし……」


 残念がる一番合戦さんを遮るように、携帯が鳴った。

 自分のだろうかと確かめる前に、一番合戦さんがブレザーの内ポケットから取り出す。


「はい一番合戦です」


 すごい。電話と普段の話し声のトーンが変わらない女の子初めて見た。

 然しすぐに曇る表情。


 一番合戦さんは、携帯を持った手を垂らすと僕を見た。


「……うー申し訳無い野暮用だ。また後にしてくれるか?」

「う……うん。大丈夫大丈夫」

「一人で戻れるか?」

「平気だよ」

「悪いな。それじゃ」


 一番合戦さんは携帯を耳に当て直しながら踵を返すと、校舎の陰に消えて行く。


「ふう……」


 残された僕は、思わず息を吐いた。

 絶対今の、大事な用だ。野暮じゃなくて。


 その内容の重大さと、僕を置いていく申し訳なさが顔からだだ漏れてた。こっちが緊張しちゃうぐらい。


 素直と言うか裏表がないと言うか、生き様がありのまま過ぎる。嘘つけるのかな? 電話で声のトーンが変わらないって相手にもよるけれど、余りいい意味での素直さじゃない。

 普通に無防備で危険だ。


「……常時帯刀者か」


 そんな事よりもじゃないけれど、つい口をつく。


 初めて見た。前の町ではあれだけ同業者がいたのに、一人も手に入れる事が出来なかった、最上位の証。

 一度でも身内が取れば、その家が滅びるまで家宝になるぐらいのものだって、皆話してたっけ。つまり一番合戦さんは、あの人よりも強いのか。想像がつかない。あの人よりも強い人がいるなんて。


 もし一番合戦さんがあの時あの町にいたら、全部丸く収まっていたかもしれないのか。誰も何も、失わずに。


 彼女の勝負を受けて僕が勝ったら、あの結末を変えられたかもしれないと思うこの気持ちは、傲慢じゃないと確信出来る。あれは、もっと他にやりようがあったって。先輩は間違ってるって。


 後で申し込んでみようか、手心なんて要らない真剣勝負で、僕を親の仇と思って戦って下さいって。勝てばこの気持ちにも、少しは区切りがつくかもしれない。


 なんて、どうしようもない事を考えながら、教室に戻った。


 転校生とは珍しがられると分かっていたけれど、よそのクラスの人にまで見物に来られた時は、正直越してきた理由も相俟って辟易した。


 どこから来たの?

 みんなが知らないような、すごく遠い所から。


 前の町はどんな所だった?

 騒がしかったかな。


 前の学校はどんな感じ?

 普通だよ。


 根掘り葉掘り質問攻めに遭いながも、予め用意していた、当たり障りの無い言葉を返す。

 そして何故だか、一番合戦さんの自慢話をされた。


 斬った妖怪は数知れず。国でも指折りの剣の鬼。彼女なくして、この町の安寧は成り立たない。

 そう僕を見物にきた同級生達が、示し合わせたように語ってくれたのだ。


 確かに常時帯刀者の上さくなあの性分なら、ヒーロー視されて当然だろう。あの無防備なぐらいのオープン具合も、風格からの余裕かもしれない。


 女の子に鬼とは失礼と言うか物々しいけれど、まあ凄まじさを表すには妥当だろう。


 かつて僕の町でも神童と崇められ、人々に愛された女子高生がいたのだから。

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