春風のメッセージ (裕子編)

ひさか たかし

メッセージ1 憧 憬

-これはただ平凡な日常を過ごしていたごく普通のアラサー女子の視点から描いた物語である-


 秋風の吹く季節が知らぬうちに通り過ぎて、冬の木枯らしが吹いてくる季節がまたやって来た。

(また一つ歳を取ってしまったな・・・)

そんな後悔の念がいつの間にか、ごく当たり前の日常になっていた。


こんな私にも好きになった人がいた。

でも一歩通行の片思いだ・・・

すれ違っても彼の顔すらまともに見られない臆病な自分がすごく嫌になる。

いままでも彼の姿を遠目で見つめながら、恋焦がれているだけで少しの幸せを感じていた。


そんなある日ちょっとした勇気を私にくれた温かい風が舞い降りた。


【 一か月前 】


会社の同僚の友人が、忘年会でのパーティーに着ていくドレスを貸してくれる事を聞き同僚と一緒に借りに行った。

その子は少し・・いや?大分不思議な子だったな。


「はるな、今から行く、え~と誰ちゃんだっけ?」

「絵美の事?」

「そうそう。その子ってどんな子なの?」

「ちょっと変った趣味を持った子だけど、衣装のセンスは抜群なのよ」

「じゃあ安心して、借りられるね?」

「勿論!私たちに似合う衣装を選んでくれるから大丈夫よ」


彼女が住んでるタワーマンションに到着する。


「たしかこのマンションのはずだけど・・」

「ずいぶんと高級な所に住んでるみたいだけど、彼女お金持ちなの?」


同僚のはるなが、部屋番号のブザーを押し声をかけた。


〝 ピンポ~ン! 〟 

「はい!」

「あっ!絵美ちゃん?今着いたんだけど・・」

「はるなお姉さま?待ってください。今開けますから」

「え!はるなお姉さま!なんて呼ばれてるの?」

「実は彼女名門財閥のお嬢様なのよ!」

「そ、そうなんだ!私なんかとは血統が違うのね・・」


世の中にお金持ちなんて星の数ほどいると思うけど、自分が実際にお嬢様なんて呼ばれる子に出会うなんて、夢にも思わなかった。


私達は、最上階の彼女の部屋までエレベーターで上がる。確かに最上階から見た景色は凄いと感じる。まず高いところから下界を見下ろすような光景が余りなかった。


「あっ!お姉さま、お久しぶりです」


黒一色のドレス姿で現れたこの子こそが、絵美と名乗るお嬢様だった。私は想像と大分懸け離れたイメージを目にした為啞然としてしまう。


「あ・・絵美ちゃん。友達の裕子!」

「あなたが絵美さん?よ・・よろしくね」

「はじめまして、どうぞお上がりください」


リビングに案内された私は、落ち着かない様子でキョロキョロと部屋を見回している。


「今紅茶をお入れしますね。ゆっくりとくつろいでください」

「何て言ったらいいのか・・凄い部屋だね?私の部屋には無いような高級そうな物ばかり・・」

「絵美は天使が大好きで、インテリアもこだわりを持ってるのよね?」

「確かに天使のデザインをモチーフにした物ばかり集めてるよね?」

「生まれ変ったら天使になりたいと本気で思ってるんです!」

「そ・・そうなんだ・・きっと可愛い天使になれるよ!はは・・」


(え?この子大丈夫なのかな?変な宗教で、勧誘なんかされないよね?)


お嬢様と優雅にティータイムをたしなんだ私達が彼女に案内された部屋も、想像をはるか超えた光景であった。


「ここはわたしの衣裳部屋です」

「これ・・全部絵美ちゃんが買ったの?」


私は目を丸くしながらその光景を目の当たりにした。

部屋の壁面をクローゼットに囲まれたその部屋には、まさしく衣裳部屋と言えるほど、あらゆるドレスや様々なコスチュームが宝石箱の様に詰まっていた。


「自分でデザインして、オーダーした衣装もありますよ。お二人に似合うお洋服も、選んでおきました。これなんかどうですか?」


彼女はクローゼットの中から服を引っ張り出し私達に見せた。


「白と赤のギンガムチェックのプリンセスワンピースです。あとは、メイド風サンタのジャンパースカートも可愛いでしょ?」

「これ私が着るの?少し派手じゃないかな?」

「じゃあこれなんかどうですか?修道女風のロングワンピース!」

「え?わたしそんなにきよい生き方してないし・・」

「もう!裕子お姉さまったら、仕方ないですわ、このセーラーワンピースでアイドル気分になってはいかがでしょう?」

「無理・・暗かった中学時代を思い出しちゃった・・」

「パーティーの衣装という事でしたから、わたしなりにチョイスしてみたんですけど・・嫌なら仕方ありません・・」


そのお嬢様は悲しげな表情を浮かべる。 


「ごめん!私達の為に一生懸命選んでくれたんだよね?ねっ裕子!」


同僚のはるなに小突かれながら私は機転を利かせる。


「えっ?ああ、そうそう私・・このメイド服に決めた!可愛いもん!ねっはるな!」

「良かった、裕子お姉さまならばその眼鏡もとてもお似合いですよ」

「裕子お姉さまね・・?」


(まっ、悪くない気分ね?)

ちょっとした貴族の雰囲気を味わっていた。


「お姉さま達、ちょっと着てみてください」


お嬢様に言われるまま私達は衣装に着替えた。

私は真っ赤なサンタ風ジャンパースカートを着て少しだけ笑顔を見せた。


「ねえねえ。似合うかな~?」

「ちょっとスカート丈が短すぎない?」

「とっても可愛いいですよ。アキバでアイドルになれますよ」

「アイドル?私が?」


(アキバのアイドルか・・・何気なく想像してしまった)


「ところで、絵美ちゃんは、いつもそうゆう格好してるんだ?」


(お嬢様の私生活なんて想像もした事ないし、この子はお嬢様の中でも特別変わってる子だしね?)


「はい!使っていうサークルを作ってて、ここに集まって情報交換してるんです」


(サークル活動?何かお嬢様しか入れないビップ待遇のクラブか何かなのかな?)


「こんどサークルのメンバーでアキバツアーに行くんですけど、よかったらはるな姉さまと、裕子姉さまも一緒に参加しませんか?」

「えっ?私たちも?その格好して参加するの?」


(アキバツアーって?お嬢様もアキバなんて行くんだ・・)


「はるなはどう思う?この格好で参加したい?」

「でも、ちょっと楽しそうじゃない・・」

「うーん楽しいのかな~・・」


益々このお嬢様の事が分からなくなってきた。


「でも裕子って足が綺麗だったんだね」

「え?そ、そうかな〜」


同僚のはるなからコスプレの衣装姿を褒められ気恥ずかしい気持ちになった。


「そんな事言われた事ないから、照れちゃうな・・」


(自分の事がなんて親にも褒められた事無いし、

あまり素直に見つめた事なんか、無かったかも?)


「よし!少し自信がついた!明日はこの衣装で彼のハートをゲットして見せるわ!」

「彼って?」


はるなが不思議そうに尋ねてきたので、わたしは慌てて否定しながら答えた。


「あっ!なんでもない・・独り言だから。気にしないで!」


お嬢様と別れた後同僚のはるなと歩きながら私は気持ちが高揚していた。

(明日の忘年会パーティーには憧れていたあの人と一緒に過ごせるんだ!)

(もしかして・・勇気をだしてあなたの事が好きです・・・なんてやっぱ言えないよね・・・)


「裕子!どうしたの?にやにやしちゃって、嬉しそうじゃない?」

「え?な、何でもない!」

「はるな・・・」

「何?」

「今までの私は、冷たい!とか、暗い!とか周りから思われてたけど。これを着れば明日からは私もヒロインになれるんだよね?」


私は借りた衣装で自信がついたような気持ちになり、はるなに尋ねてみた。


「私も、人から注目されるよね?」

「大丈夫よ!裕子だって凄く綺麗じゃない?」


(綺麗?本当にそう見えるのかな?今まで幸せってあまり感じた事なかったけど、なんか少し幸せを掴めそうな気がしてきた!)


「よし!あの人に私の気持ちを打ち明けよう・・」

「だからあの人って誰なのよ!」

「内緒!内緒!はるな!忘年会頑張ろうね!」


(ヤバイヤバイ!社内で、あの人が好きな事バレたらすぐ噂話のネタになってしまうよ!)

(でも、はるなには口止めしてもらおうかな?)


そして、私は帰路に着いた。部屋でお嬢様から借りた衣装を見つめて、色々と想像を膨らましていた。

気がつけば衣装に着替え、鏡を見る自分がいた。


(あ!こんな可愛い服着て、鏡なんか見ている自分が信じられない・・)


急に恥ずかしくなり床に座りこんでしまう。


「でも、あの人に私の姿を見てもらいたい。多分素直な気持ちで、打ち明ける事が出来るはず・・」


そう!この時は純粋な気持ちのまま、彼への淡い期待感を抱いていた。


この後どん底の暗闇に落とされようとした事は、想像もしていなかった・・・





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