誤用にゴヨウじん⁉

井久路瑞希

第1話 確信犯

「宿題があったの知らなかった? そんなわけないだろっ、確信犯だな? 東屋あずまや!」


「それは違います!」


 それは数学の授業中の出来事であった。

 数学教師の野分のわきがクラスで一番の問題児である東屋行幸みゆき叱咤しったする、といういつもの風景。

 だが、今日はいつもと違う。

 クラス、いや全校……もしかしたら、世界一の美少女、橋姫はしひめ若菜わかなが机を勢いよく叩き、そのまま立ち上がり抗議した。

 男女問わず人気があり、容姿端麗、成績優秀、品行方正、純真無垢、と言葉を並べても足りないくらいである。

 そんな清楚を女子高生のかたちにしたような彼女からは想像ができない行動にクラス一同はもとより、教壇に立つ野分さえも驚いている。

「ど、どうした? 橋姫。クラスメイトを思いやるのも優しさかもしれないが、コイツは確信犯なんだ」

「は、橋姫ちゃん……」

 東屋は自分を擁護してくれた橋姫に対し、感謝の視線を送っている。

「ですから、違います!」

 さっきより強い語調で橋姫は反論する。

「野分先生。この場合、は誤用です。確信犯とは犯罪と自覚がありながら、信念や信仰に基づき犯行を行う者のことで、この場合はを使う方が適切だと私は思います」

 と、言い切ると座り、何事もなかったように教科書を優雅に開く。

「「……」」

 東屋も野分も橋姫の奇行に驚き言葉を失う。

 そして、この微妙な空気のまま数学の授業は行われた。

 橋姫の誤用が許せないという信念により、この何とも言えないお通夜のような雰囲気を授業中、クラス一同は味わった。橋姫を除いて。

 ああ、橋姫さん。あなたこそが、確信犯なのですね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る