ワラビのせい


 ~ 十一月二十三日(木祝) 藍川家 30% ~


   ワラビの花言葉 真面目

   ワラビの葉言葉 妖術



 きっかけを掴んだらスムースに行くかと思っていた俺は間違っていました。

 暗記教科についてはすべてを目玉焼きにしないとまるで覚えられないという面倒なこいつは、藍川あいかわ穂咲ほさき


 すっかり俺の睡眠時間が無くなっているのですが。

 これで赤点取ったら承知しません。



 今日は祝日。

 勤労感謝の日。

 ……俺のことも労って下さい。



「はい、休憩よ。おそば湯がいたから、道久君もたっぷり召し上がれ」

「寝不足の身に助かります。なんか、さっぱりしたものしか受け付けなくて」


 おばさんが仕事の合間にお昼を作って下さった。

 このパターン、母ちゃんが花屋の店番しているんだろうな。


 役割分担が逆にならなくてよかったよ。

 俺の顔色なんか気にしないでご飯作るからね、母ちゃん。


 ……朝食べた揚げ物フルコース、未だに胸やけと共に胃に残ってる。


 それに引き換えどうよ。

 爽やかなそばの香り。

 麺つゆに浮かんだワラビも美味しそう。


「ああ、ほんと美味しそう」

「あらありがと。……ほっちゃんのせいで大変でしょ? 顔色も悪いわよ?」

「そうですね。目玉焼き語に翻訳する作業が思いのほか大変で……」

「目玉焼き語?」


 俺達が話している間も、穂咲は世界史の教科書とにらめっこ。

 そうね、そのページだけやっちゃおうか。


「うう、人の名前ばっかりで覚えられないの。ナポレオン・ボサノバ?」

「そんな陽気な人じゃなかったと思うよ? ナポレオン・ボナパルトは目玉焼き名人として有名だったんだ。でも、将軍としての方がもうちょっと有名だから教科書にはそのことしか書いてない」

「同志なの! それなら覚えなきゃなの。ナポレオン・ボナパルトさん。目玉焼きの名人」

「将軍」

「将軍なの」


 お先にどうぞと勧めてくれたおばさんに会釈だけして。

 穂咲がナポレオンの生涯を覚え切るまでのんびりと待つ。


「……セントヘレナルビンスタイン」

「だれそれ? セントヘレナは、良質な卵の名産地」

「セントヘレナ」


 さすがに意味が分かったらしくポンと手を打つおばさん。

 でも、あっという間に意味が分からないと言わんばかりに眉根を寄せる。


「目玉焼き語って、結局どういう事なの? 全部そうやって覚えさせてるの?」

「大変ですけど、こうすると驚くほどはかどるんです」

「全教科?」

「全教科」


 あははと楽しそうに笑いながら、俺の頭を撫でてくれるけども。

 勤労感謝でしょうか?


「変な子でごめんね? でも、なんでそんなことすると覚えるのかしら」

「興味でしょう。覚えることに意味さえ持てたらちゃんとやれるってことです」

「いいえ。これは妖術よ、きっと」

「無いですって」


 なにさ、目玉焼きの妖術って。


「ふう! 世界史の範囲は全部覚えたの! 簡単なの!」

「そうだね。……でも、この後の英語が鬼門だよな」

「うう……。文法が、さっぱり分からないの……」


 教科書とノートを片付けて、おそばと箸を渡してあげる。

 穂咲は手を合わせてから一口すすると、愚痴をこぼし続けた。


「単語は道久君のおかげでかなり覚えたの。でも、文章になるとさっぱりなの」

「OCは大丈夫そうだけど英語Ⅰがきついよね」


 さすがに文法を目玉焼きにはできないわけで。

 ワラビの食感を楽しみながらも、頭は勉強の事で一杯だ。


「うーん。……じゃあ、文法をマスターしたら、夕飯に俺が目玉焼き作ってやる」


 我ながらつまらないアイデアだけど。

 そう思いながら口にしたのに。


 穂咲は見る間に、花咲くような笑顔を浮かべて。

 椅子を突き飛ばすほどの勢いで立ち上がった。


「ほんと!? 久しぶりに道久君の目玉焼き食べれるの! 頑張るの!」

「びっくりした、すっごい食いつきだね。よし、上手に焼いてあげるから」


 もしも穂咲に尻尾があったらぶるんぶるん振れていることだろう。

 ご機嫌に、楽しそうにおそばをすすりながら、楽しみ楽しみと何度も口にして。


 やれやれ、これでなんとかなるかもしれん。

 俺も頬を緩めながらおそばをすすった。


 すると爽やかな風味が鼻を抜けて。

 寝不足の疲れが吹き飛んだような心地になった。




「…………これは、愛ね」

「妖術です」


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