何かを今救えるのなら②

扉に仕掛けてあった爆弾ごと無力化して走り抜け、端から端まで張ってあったセンサに反応して、廊下の壁から小型の機関銃が姿を現す。

だが、それ以上何も動くことは無く、ただの見掛け倒しに拍子抜けする。


「帰って来て、無効化ご苦労さま」


刀を腰に差した都子は壁から突き出た機関銃をぶっこ抜き、軽々と持ち上げてまた走り出す。


「このビルは制圧しましたが、まだ中に人が残っているようで……ウラノスさんだ、ウラノスさんが居ます、そのビルの屋上です!」


「ふぅん、ここが目的地って訳。確かに遥かに精鋭が揃ってるし、守りも固過ぎると思った。突入して10分で2階にも辿り着けないのは、余程の優秀な指揮官なんでしょうね」


何故か楽しそうに通信士と会話をする都子が弾の切れた機関銃を投げ付け、銃を取り出して前に進む。

だがすぐに脇の廊下に飛び込んで身を隠し、降り注ぐ弾丸から身を守る。


「おい、狙撃手だぞ都子!」


「分かってる馬鹿エイル! ヨルド、衝撃弾の投下は出来る? 場所はこっちが指示するから」


その言葉が終わると殆ど同時に、隣のビルが閃光に飲まれて一瞬で姿を消し、それを境に狙撃が無くなる。

「ビンゴ」と微笑んだ飛び出した都子を追って廊下を走り、エレベータの前に漸く辿り着く。


丁度戻ってきた3人と合流して上昇を続け、このビルの最上階である100階に到着する。

扉が少しだけ開いた隙間からフラッシュバンを投げ込み、流れる様に銃を構えてフロアの中を見回す。


だがそこには誰も居らず、屋上に続く階段に繋がる硝子張りの扉が開いているだけだった。

意を決して扉を潜って階段を駆け上がると、小さなウラノスの隣にはティエオラ、その向かい側に立つ逆光で見づらい影は、予想が出来るはずもない人物だった。


あの夢で出てきた姿と何も変わらず、唯一相違点があるとすれば、あんなに汚れておらず、纏っている服が違うと言うことだけ。

更にその後ろには全身黒で統一された特殊部隊が銃を構えていて、空には大量の戦闘ヘリや戦闘機で、制空権は完全に掌握されている。


こうなった原因は明らかで、戦争を抑制するPhantom Princessのライブが、友希那と妃奈子の拒否で行われていない事にある。

隣のビルから爆音を響かせるスポーツカーが飛び移って来て、中から鈴鹿と聖冬が姿を現す。


その暴挙に怯んだ特殊部隊の1部が発砲したが、突然現れた凛凪の特殊武装である人形によって、全て地面に叩き落とされる。

もう一体の人形に抱かれて降り立った凛凪と、茨に乗って現れた七凪が後方でアーセナルを展開する。


「役者は揃った様で何よりだわウラノス、もうその名も今日で終わりを迎えますが。聖家の皆様もわざわざ空の死を見に来て下さりありがとうございます、そして新しいウラノスの誕生の日でもありますから、どうぞ楽しんでいってください」


無機質な機械の声が虚空に字幕を表示しながら、空の死と言う言葉を使い、ウラノスの死を宣言する。


「やっぱりアメリカで生き返ってたんだね、変わらないね屍人形ミツェオラ。その仮初の意識はどうかな?」


「君が僕のお母さんなんだね、12歳で僕を産んだ君には感謝してるよ」


先に居たウラノスとティエオラがそう言葉を投げるが、ミツェオラは何の反応も返さない。

まるで受け答えはプログラミングされていないような、人型アンドロイドを相手にしているみたいで、あまり気分が良いものではない。


「私の所有物に手を出した事、まさか死ぬだけで許してもらいに来たの?」


前に出た聖冬に視線だけを向けるミツェオラは、薄笑いして、初めて肉声を発する。


「不快、斉射」


単語だけを並べた味気無い言葉を、幼い声が怒りを含んだ音色で吐き出す。

世界の歌姫が相手にも関わらず、仕事だから仕方が無いと刷り込まれた隊員たちは、迷わずに引き金を引く。


降り注ぐ雨を降らせ続ける特殊部隊に対して、聖冬以外の全員が特殊武装を展開させ、全ての弾丸を無力化する。

小さく溜息を零した聖冬は苦笑しながら右手を振り上げると、空を飛んでいた戦闘ヘリと戦闘機が一箇所に吸い付けられ、ミツェオラと特殊部隊の元に飛んでいく。


「御礼だから、そんな玩具で殺そうと舐められたね」


立ち込める黒煙を切り裂いて歩み出てきたのはミツェオラただ1人で、その姿を認めた全員がそれぞれ得物を手にする。

踏み込んだ鈴鹿が飛び退いた瞬間に、私の頬を狙撃銃の弾丸が掠め、それを合図に屋上全域に弾丸が降り注ぐ。


「ヨルド、制空権こっちにあるはずじゃないの」


「それが、天王星からの方角のものだから、多分何も出来ない」


「宇宙から、しかも天王星? そんなの何年掛かると思ってるの?」


「でも計算ではそう出ているんです、もしかして……宇宙ステーションがその方向に密かにあったとしたら」


「有り得ない、そんなの発表しないままなんて通せる訳が……」


「話は良い! 今はPhantom Princessに賭けるしかない、頼んでも良いかなエイルちゃん」


愛奈と都子の通信を遮って叫んだウラノスは、全員が散り散りになったこの状況でも、常に最善の手を選ぼうとする。

だが、何故私なんかを選んだのか、それが最善の手である訳がない。


そんな余計な事を考えている内に、下からも上からも姿を現す特殊部隊に囲まれ、全員が背中を合わせて真ん中に押し込まれる。

目の前にWARNINGの文字が表示され、右上の空を見上げると、紫色の発光体が飛んで来ていた。


鈴鹿が投げた花弁が一気に宙に舞い上がり、何乗にもなりながら増殖を続けていき、空を飛ぶ機体に張り付く。

更に作り上げた結晶を飛ばして迎撃するが、容易く飲み込まれて姿を消してしまう。


それは七凪の茨も、聖冬の放った光の矢も例外ではなく、飛び出そうとしたティエオラよりも先に、隣に居た都子が七凪の茨を足場にして飛び上がる。


「あぁもう! これだけは使いたくなかったのよ!」


それに合わせて凛凪がウラノスを都子の目の前に転送して、落ちてきた空の胸に容赦なく腕を突っ込む。

中で何かを掴んだのか、都子が腕を胸から引き摺り出し、小さな少女が姿を現す。


「私を呼んだのは貴様か、小さきものよ」


「あんたも同じ小さきものよ、力を貸しなさい鈴鹿」


都子は見えない糸を手繰って少女を操り、手を振った衝撃だけで光線を消してしまう。

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