聖なる想い⑥

「入るぞ」


「どうぞ」


珍しく返事が返って来た部屋のドアを開けて入ると、ウラノスがSOCOMの手入れをしていて、小さな手で一生懸命組み立てていく。

小さな手から零れ落ちたレッドドットサイトを地面すれすれで掴み、キョトンとしたウラノスの前に差し出す。


「ほら、気を付けろよ」


「あっ、うん。ありがとう、ティオたちには内緒だよ」


悪戯を準備する子どものように笑ったウラノスは、人差し指を立てて口元に当て、SOCOMにレッドドットサイトを着ける。

球が1発だけ入れられたマガジンを突っ込み、部屋の窓を開けて、庭にある的に構える。


両手でしっかりと銃身を離さないように握り、狙いを定めて引き金を引く。

SOCOMは隠密性と反動が少ないとして優秀な筈だが、ウラノスはペタンと尻餅を着いてしまう。


「おい嘘だろ、大丈夫か?」


「1人で立てる! だから放っておいて……」


「ほら生意気言うな、なんなら歌いに行こうぜ。さぁ、歌おう、さぁ、笑おう」


「……ティオたちを呼んで、お腹空いた」


「可愛くないな本当に、丁度ティエオラは来たぜ。友希那たちは居ないみたいだけどな」


私に礼を言って部屋に入ったティエオラは、ウラノスの手の中のSOCOMを見たが、何も咎めずに抱き締める。


「君はあの時の姿に戻ってしまった、世界は卑屈で僕たちをいつも嘲笑う。皆は僕に気を使っていたみたいだけど、その理由が分からない」


「何を言ってるの、ティオはこの世界が嫌い?」


「まさか、まだ好きで居られるさ。友希那ゆきな笑夢えむ心桜しおんが僕には居る、そして君には僕たちが居る」


「うん、だから私は戦うよ。まだ、まだ戦える筈」


素直に言わないティエオラもティエオラだが、こうも察しが悪いウラノスは珍しく、幼児化した事によって、余計に悪意が無いタチの悪いものになる。


「痛いよティオ、骨が当たってる」


「僕は胸がないんだ、我慢して貰わないと困る」


そんな高校生みたいなやり取りを見せられていると、ギターを背負った友希那と、その背中を押す妃奈子が姿を見せる。


「よぉ、2人なら居るぜ」


「……そぅ、貴女も入って。どうせ下らない用だろうし」


部屋の中を一瞥して嫌そうな顔をするも、友希那は諦めた様に部屋に入り、部屋の外で立っていた私にそう言う。

妃奈子に手を引かれて部屋に入れられ、ティエオラとハグをする友希那を、曇った表情で見上げるウラノスの後ろに立つ。


「笑夢と心桜はどこに……」


「高校だけど、なんだ居たの」


「友希那、君は本当に色んなことをしてもらったんだ、その態度は僕が許さないよ」


「なら、なんで何も考えずにこんな姿になって記憶を失くしたの? いつも私たちの事なんて二の次で、いつも勝手に傷付いて帰ってくるでしょ」


少し怖い雰囲気を纏ったティエオラに臆せずに友希那が言うと、ウラノスを離して友希那と向き合おうとしたティエオラをウラノスが抱きしめ、顔を見上げて首を横に振る。


「良いよティオ、ありがとね。ごめんね友希那、私に似てしまった事もそうだし、本当に我慢ばかりさせて来て。でもきっと私の子だから、気付いているんでしょ、何もかもを」


「何も知らない、あんたなんかに力を貸さないから。図々しいのよ、私と同じ顔して悩まれるのも、笑うのも怒るのも、今みたいにすぐ泣かれるのも迷惑なんだけど……あぁ、もう目障り!」


「おい友希那、他人みたいに振る舞うなら、まずお前が甘えるな!」


部屋の出入り口の壁から鈴鹿が顔を出し、立っていた友希那を投げ飛ばす。


「……っつ、そう言うあんたもすぐに暴力ばっかり。力に甘えて何も聞かずに、私今日のライブ行かないから。妃奈子も来て」


妃奈子の手を引いて部屋から出て行った友希那を誰も追えず、鈴鹿がウラノスとティエオラに頭を下げる。


「ごめん、聞く気はなかったんだけどよ。通り掛かったら友希那の声が聞こえて、ついやっちまった。餓鬼に正論突き付けられて追い掛けてもやれなかった、情けねぇな私の人生」


「ありがとう鈴鹿、元は私が甘過ぎたのがいけなかったんだ。沢山我慢させてきたし、私の心の弱さで強く怒れなかったから。ごめんね嫌われるような行動させちゃって」


「お前は自分の体の事だけ考えてりゃ良い、お前が居なくなってもティオが居る、もちろん聖冬も私も、Sacred Familyが居る。他の誰にも出来ないならお前がやれ、自分だけしか出来ないなんてゾクゾクするだろ? けどよ、簡単に諦めずに死ぬ気で帰って来い」


「聖冬からの伝言かな?」


「当たりだ、まぁそういう事だ。行ってこいよ、良いだろティオ。私が付いてる」


2秒程掛けて言葉を飲み込んでから顔を上げたティエオラは、小さなウラノスを抱き上げる。


「僕も行く、どんな罪も背負うから」


「うん、ありがとうティオ。よろしくね」


「はっ、でも友希那を見てるとよ。本当にあの歳くらいのお前を見てるみいだなウラノス。噛み付いてはくるが、ちゃんとお前が2歳の時にあげた人形、未だに持ち歩いてるぜ」


「やっぱり気付いてた、寂しいな……ちょっと出掛けてくるね」


名残惜しそうにティエオラはウラノスを離し、ウラノスは体をぼろぼろと崩していき、蝶になって窓から出ていった。


「……えっ、ちょっと待てぇぇぇぇ! 今まで黙ってたけどよ、流石に今のは無理があるだろ!」


「僕もこんなのは初めてだ、けどテクノロジーとか言って切り抜けられるしね。もう慣れたさ」


頷いて笑う鈴鹿を見ると、この反応をする私の方が、どうやら異常な様だ。

もう自分の部屋に戻ろうとよたよた歩き出し、静かな屋敷の廊下を進む。

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