もう、まどろっこしい!

一座は翌朝早々、テントを解体してバザールを後にした。

次の街まで移動するらしい。


2頭立ての馬車3台で、1台目と2台目に人が乗り、3台目が荷台。

僕はひとりで3台目の荷台に乗り込み、荷物の隙間で「例の男」からもらった石ころで遊んでた。


――今朝作業を手伝ってて、分かったことがある。


まずこの世界の人々は強弱の違いはあるものの、ほとんどの人が魔法を使える。

テントの解体作業では、皆息をするみたいに自然に魔法を使用していた。


そして僕は魔法が使えない代わりに……


「この石のせいで、魔法が文字として見える」


普通の人は、あんな感じで魔法が言語化されないようだ。


これは複数人から確認を取ったから間違いない。

そして僕も、この石を手放すと「それ」が見えなくなる。


「魔法石とか、そう言うたぐいのものかな」


ファンタジー設定の物語だと、たまに特殊な能力を持った「魔道具」とか「魔法石」が登場するから、それかも知れない。


アンナさんは「ずっとココにいればいいじゃないか」と言ってくれたが、次の街にはいろんなモノがあるそうだ。


サイクロン領と呼ばれるその街は「帝国傘下」に入る前、栄華を極めた辺境一の王国だったそうで、観光名所も多いらしい。


まだこの世界の事が良く分かんないし、あまりこの一座に長居したくない。


「迷惑かけたくないってのもあるけど…… なんか違和感もあるんだよな」


今まで生きていた中で、僕が信用している数少ないモノの中のひとつ「本能からの警告」が、どこかでサイレンを鳴らし始めていた。


「なんでかな?」


石ころを頭の上に乗っけたり、お手玉して遊んだりしながら悩んでみたけど……

――やっぱり理由は分かんなかった。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



馬車で揺られること数時間。街道沿いには人気がなくなり、太陽が真上に登ったあたりで、突然目の前に複数の文字が出現した。


まだこの世界の文字が理解できないけど……

――本能の警告アラームは、脳内で爆音を鳴らしていた。


「敵襲だ! 敵襲!!」


叫ぶ声に幌から顔を出すと、1台目の馬車が炎上してる。


「盗賊団 暗黒のフェニックス! 既に証拠は挙がってる。大人しくに投降すれば、命は助けてやろう」


栗色の髪のイケメン剣士が、バスターソードを抜いて口上を述べる。


その後ろには、スレンダーなローブ姿の少女がひとり。

大きな木製の杖を持って佇んでいた。


炎上した馬車から、ナイフや片手剣を持った団員が飛び降り、2台目の馬車に走り寄る。


「はっ! なにかと思えば冒険者ふぜいかね。しかもたった2人…… 舐められたもんだね」


対して、ドーバー座長が叫びながらイケメン剣士に向けて口から炎を吐き出した。

それに対して少女が杖を振ると、わらわらと身長2メートル程の木製の人形が剣を持って現れる。


数えると全部で12体。それが例の文字を背負って押し寄せ……

――もう、なんだか意味が分かりません。


御者台にいたアンナさんと目が合うと。


「ぼーや、ちょっと早いが、潮時みたいだ。とっとと逃げな! 今ならまだ間に合うよ。

あんなデカい木偶を複数体操るなんて、噂には聞いたことがあるけど……


――あれは操姫クリヒメパティだろう。となると、隣のヤツは剣王キースだ。


A級冒険者2人相手じゃ、さすがの姉御も勝ち目が薄い。

ウチの連中もそれなりに戦えるけど…… 本業は盗賊だからね」


ウインクしてニヤリと笑う。


「へっ、盗賊?」


「気付いてたんだろ? 荷積みの時に、装備みてブツブツ言ってたじゃない。

あたいは、あんたがスパイかと思ったけど……

今見るとどーもそうじゃないしねえ」


外を見ると、戦況は完全に押されている。

木偶は団員さん達をものともしないし、剣士は超強くてバーサーク状態だ。


「でも、逃げるって……」


「あたいも同じ繰師クリシなんだ、1体ぐらいは乗っ取って反撃してやるよ。

そのスキに、バザールまで戻りな!」


目の前に長剣を携えた木偶が現れる。

アンナさんが僕をかばうように前に立って両手を広げた。



――脳内にプログラムのデコード・ラインのような並びで、例の意味不明な文字が浮ぶ。

――時間の流れが急激に遅くなる。僕がゾーンに入った証拠だ。



なにもかもがスローモーションに見え……


「慌てるな、落ち着け。時間はたっぷりある」

――自分で自分に、そう言い聞かせる。


この流れ込んできた「文字」の意味は分からないが、昨夜見たものと同じだ。

アンナさんの魔術なんだろう。一度見たなら、僕は忘れない。


脳の外…… 木偶の上に浮かぶ文字も、大きさや内容が少し違うが、基本は同じコードに見える。

アンナさんはそれを強引に払いのけ、自分のコードを侵入させようとしてるけど。


「それじゃダメだ、力負けする」


もしこれがプログラムと同じなら?

僕ならあの木偶の上のコードを書き換える。


「でもどうやって……」

文字の意味が理解できないし、書き換える方法も分からない。


「それなら」

文字の意味が分かって、書き換える方法を知ってる「アンナさん」を乗っ取れば!



僕は本能の指示に任せて……

――後ろからアンナさんを力いっぱい抱きしめた。



■■ ■■ ■■ ■■ ■■ ■■



「ねえ、ぼーや。いったい何が起きたんだい?」


アンナさんは、自分が意図しない状況で1体の木偶を完全に掌握できたことに驚いてるみたいだ。


実際にかかった時間は数秒だったけど、僕の体感では2時間以上。

今、僕の制御下にアンナさんの魔術回路がある。


「イチかバチかでしたが、アンナさんの能力に僕の能力を足してみました」

実際の作業はかなり違うけど…… 説明してる時間がもったいない。


「そ、そうかい。それで…… いつになったらその手を放してくれるんだい?」

そこで初めて、僕はアンナさんの大きなブツを握りしめていることに気付いた。


「あっ、ごめんなさい! わざとじゃないんです」

慌てて手をはなすと、何故か木偶の乗っ取りが解除されてしまった。


「どこか触れてないと、ぼーやの能力が使えないの?」


そんなことは無いはずだけど……

念の為、肩に手を置くと。


「ぼーや、さっきよりマシだけど…… 上手く木偶が操作できないよ」

仕方ないから、さっきみたいに後ろから抱きしめて、両腕をお腹にまわしたら。


「なんか、まだ弱いね…… もう、まどろっこしい!」

アンナさんが僕の手をつかんで、自分の胸に持って行った。


「――はあ、結局これかい」

どうしてでしょ? 謎で仕方がありません。


「でもこれじゃあ逃げるに逃げれないだろ? どうすんだい、これから」


「それなら安心してください。コツがつかめましたから……

これから全ての木偶を乗っ取ります」


あっけに取られてるアンナさんをよそに、僕は目の前の木偶に「トロイの木馬」を打ち込む。


アンナさんの記憶データから魔術をプログラム・コードとして取り込んで、僕が作成したとっておきの「乗っ取り型ウイルス」だ。


全ての木偶は、繰姫パティと呼ばれる魔法使いがネットワークで管理してる。

なら、彼女がセンター・サーバーだ。


そこまでこの魔法ウイルスが届けば……

この戦いは一気に収束する。


「へっ! や、バカ」


作業に集中してたら、突然アンナさんが妙に色っぽい声を出した。


「ど、どうしたんですか」

「指先を、う、動かすんじゃないよ……」

「でも、こうしないと作業が」


――なぜかできない。なんでだろ?


「分かった…… が、我慢するからとっとと終わらして!」


僕は急いで、出来るだけ指先を動かさないように作業したけど……

その度に、声を出ないように我慢してるアンナさんが。

「んっ」とか「くっ」とか言いながら、体をケイレンさせるように震わす。


そして……


「こ、この方が早く終わりそうだね」

アンナさんが、僕の手を強引に服の中へ突っ込んだ。


確かにダイレクトで操作がしやすくなったが。

他もいろいろとダイレクトです!


もう、何をしてるのか自分でも分かんなくなってきた。



――いったい僕は、異世界で何をしてるんでしょう?

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