二話 このハーレムは危険ですか?

 どれぐらいの時間が経ったか。

 それとも経たなかったのか。


 「ねえねえ、聞いてますか。先輩」


 ぼんやりとした視界に映し出される瞳。

 青では無い。茶色の瞳。


 「ああ、分かりました。先輩、おねむなんですね。しょうがないなぁ」


 いつもと違い、隣に座る女子が、薄いストッキングに包まれた膝を差し出す。

 軋むパイプ椅子、揺れる木製長机。

混ざる秒針、細やかな音。見渡せば、背後、小棚に本棚。


 ここは生徒会室か。


 「差し出されても、どうしたらいいか分からないよ」

 「膝枕ですよ、膝枕。先輩好きでしょ?」

 「……否定はしない」


 ストッキング系後輩女子、阿佐ヶ谷あさがやかすみは僕の返事を受け、満面の笑み。

 あれ。僕はさっきまで何をやっていたんだっけ。

一瞬、疑問が浮かぶが、そんなものは目の前の誘惑に消し飛んだ。


 「だったら、遠慮なくヤっちゃっていいんですよ?」


 イントネーションがどこかおかしい。

 でもまあ、ヤらせてくれるのなら、僕もヤるのに躊躇は無い。

男として何を迷う必要があるのか。


 「あっくん、私は信じてるからね」


 巨乳系同級生、姫野ひめの琴葉ことははそう言って、正面から僕を見据えている。

 僕の覚悟を試そうと言うのか。


 「あっくんは私のものだから」


 このセリフを聞いて、僕は眉をひそめた。

 僕の欲望に忠実な動作は停止。

かすみの膝に下ろそうとした頭は定位置へと戻されていく。


 「姫野先輩、よくもそんな事が言えますね」

 「言えるよ。私は騎士ナイトだもん」

 「ふん。騎士気取りですか。だから、最近妙なことを始めている訳ですね」

 「探偵稼業は妙なことなんかじゃないって……」


 ――スパァンッ!


 「二人とも、生徒会室で何をやっているの!」


 空飛ぶ国語辞典の攻撃。

 二人の神回避。僕に60のダメージ。

僕は机に突っ伏した。


 「った……」

 「ごめん。お兄ちゃん、大丈夫?」

 「ありがとう。テンプレ妹よ」

 「テンプレ妹って何……!?」


 固有攻撃、辞典アタックの使い手――系女子。

 聞いて驚け。

彼女こそが天文学的な確率をかいくぐり誕生した、我がラノベ的テンプレ妹。

佐川さがわ日葵ひまりである。


 「まあ、テンプレですよね」


 うなずくかすみ。


 「でも、あっくんと血が繋がっちゃってるよ?」

 「そこも、最近はテンプレ化してきましたから」

 「なるほどー。それがろまんって奴かあ」


 この会話に、日葵は何やらツッコミを入れる。

 しかして、兄の耳にその声は届かない。


 「上手くいった様だな、あっくん」


 なぜならば、机の表面に穴が開き、天使の顔が浮かんで来たからだ。

 僕が、フィールド魔法:ヘタレを発動して避けていなければ、今頃くちびる同士が触れていたに違いない。

ちくしょう。しくじった。


 「何だ。ヤりたいなら、今すぐヤってもいいんだぞ」

 「お前が言うと、嫌でも別の意味に聞こえるな……」


 血生臭い意味。殺す、殺される。

 あれ。それ以前に、僕はなぜこいつを知っている?


 「忘れたのかい? 君は、君が殺される一週間前に戻ったんだよ」


 痛烈。

 あの虚無での出来事が、天使の言葉により頭の中で蘇る。

――そうだ、僕は殺されたのだった。


 「みんな、ごめん。ちょっと……用が出来た」


 そうして、僕は部屋を出る。

 こんな見え透いた言い訳で。

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