第六章:最後の住人

 きのえ



「何もない。接待もろくにできないが……よかったらゆっくりしてくだされ。このハウスにあるものならば、好きに使っていただいて結構だ」

 管につながれた、しゃがれた声でそう促される。私は礼を述べてから少し戸棚を荒らす。宣言通り、特別何かあるということもなかった。お茶っ葉がかろうじて置いてあるのを発見したのでそれをもらい、全員分のお茶を入れる。

「しかし、よくわざわざこんなところに来てくれましたな」

「たまたま通りがかったのです。失礼ですが、こんなところに小さな家が建っていたので。ここで暮らすぐらいなら、少し行った先にある国に暮らせばいいのにと疑問に感じたのもありますね」

「そりゃぁ、そうじゃな……。ところで、あなた様らは、その国を抜けてきたのじゃろ?」

「そうですね……。ということは、やはりあなたは」

「あぁ、かの国に住まい、一時は繁栄をし、そして戦いに負けたもの、その最後の生き残りよ」

 やはりと心の中で頷きを返した。

 私たちはその国を4日ほど滞在し、出国してきたばかりだ。治安も良く、私たちをもてなしてくれたが、その前にある戦いの歴史を見てその結果なんだろうとも感じた。平和の前に戦いがあった国だ。

 シンちゃんも国の様子を思い出しているのか、それともまどろんでいるのか、なんとも言えない表情で過ごしながら、茶をすすっている。

「あの国では、片方の意見をよく聞く結果になりました。ですのでもう片方のエピソードというものも聞きたいところですね」

「哀れな私たちの話を聞きたいと?」

「哀れかどうかは、今の時点では判別がつきませんが」

 話の続きを促す。たっぷりと、多くの時間をかけてぎりぎりと音を立てて、話が始まった。

「今思えば……愚かだとしか言いようがなかった。かの国では科学技術の発展が非常に素晴らしかった。人間というのは楽な方に流れる。そうだろう?」

「全てがそうである、とはいいきれませんがそのふしはあるのは確かですね。楽になるということがダメだというつもりはありませんが、そういった行動に依存をしすぎるとダメなのも事実だと思われます」

 私たちにしたって、面倒な呪術的やりとりをガイスティックという道具でショートカットをしている部分もある。加えるならどのような道具、機械も本来なら不必要なのだ。それらなしでも生きていくことはできる。しかし、情勢が変わったり、状況が変わることでこれらなしでは生きにくくなることもあるのだ。

 私の国では、未来師者の能力がなければ生きていけないと思っていた。つまりそれは依存である。しかし、なくても生きてはいけるがそれを活かしてよりよい生活を歩めるようになるのであれば利用である。このあたりの違いをはっきりしなければただ、便利なものを否定する存在になりかねないし、かといって頼りすぎて自主性のない依存体質にもなりかねない。

 否定をするのでもなく、前面の信頼を置くのでもなく、ある程度の距離感を保ち俯瞰的に見る力を養うことが大切だ。

「そこでかの国では科学技術に力を入れた。そこで出来上がったのが、完全独立型アンドロイド―――――その名を『kokoro』と呼んだ」

「心を疑似的に作り上げたのですね」

「あぁ。呪術師は心を大事にしているという話を聞くが、その辺りはどうなんだろうか?」

 そういうことはとシンちゃんを眺めるレイ君。彼女は一応は話を聞いていたのだろう。小さく頷いて続ける。

「……無理やり――――無から有を作り出そうというのならそれは気持ちの悪い魂。だけど、今回の場合はアンドロイドが思考を重ねることでネットワークに属さない、独自の施行を自ら生み出したもの。有から有を生み出しただけ。少なくとも、私はあの国でも、そして話を聞いた今ここでも、気持ち悪さは感じない」

 魂を生み出す苦悩というのはそれなりにあるらしい。

 心は見えないものだし、何をもって心とするのかは議論の余地があると思う。だけど、アンドロイドが完全に自分のことを考えて、考察し、記憶と照らし合わせて出来上がったのものならば感情といって差し支えはないように感じる。

「そうか……確かに、そうだな。今思えば心が出来上がったのは副産物だった。そのことは、当初開発コードが『sikou』という名前であったものから、『kokoro』という名前に変わったことからも現わしている。開発をしている段階で心が偶発的に生まれたものと考えたほうがいいかもしれないな」

 推測の域をすぎない話ではあるが、そこまで外れた意見ではないように思う。出国前に見た博物館では『shikou』の名前が確かにあった。開発コードと実際の名前が異なることなどよくあることだからあまり気にしていなかったが、もともとはただ自分で深い思考ができるようにするぐらいのものだったのかもしれない。それが偶発的に心を生み出した。偶発的な出来事であり、かつそれがアンドロイドにとってプラスに働いたのだからこれはアンドロイドの進化といってもよいかもしれない。

 シンちゃんは特別興味を持った様子もなく窓に視線を投げ続けている。早く帰りたい、寝たいという感情でないのは確かだが……ではどう言った感情であるのかもわからない。つかめない人間であることは、昔から変わらない。

「長くなったね。とにかく、『kokoro』を生み出したかの国だったが、それでもアンドロイドはアンドロイドでしかなかった。老いぬ体に、強力な力、繁殖機能は持たないが、アンドロイド自身に内蔵された力で新たなアンドロイドを生み出すこともできる。アンドロイドの数は『kokoro』をはじめ大きく増えていった――――それが正しかったのか間違っていたのか。いまだにわからないよ」

 目を遠くに向ける。体から伸びている管が少し熱くなっていた。体調の悪さを表すようにひどく鈍く耳障りな音が響く。

 とはいえ、そのせいで不快感を催すものではなく、哀れみなどの感情の方が先に胸を打つ。事前の状況を飲み込めているか否かで、音というものに対して受ける感情が異なるというのは、非常に面白いことのように感じる。

 これ以上、彼に話をさせるのも忍びなく感じ、代わりに私がこの後起こった出来事を確認するように話す。

「アンドロイドの迫害とそれによる反乱。アンドロイドと人間の戦いが始まったのですね」

「そうだ」

 博物館にもあったことで。そこでは自分たちの行いが勇者的な出来事として語られていた。戦いというのは常に勝利した側が正義となるようにできている。反対に敗者側はどのような正当な理由があったとしても、意味を持たぬものだ。

 武力こそが正義であることを体現しているかのようで嫌いだ。もしも心を持たないアンドロイドが主軸であるならば、アンドロイド圧勝をするように思う。心を持たないということは仲間の死を悲しむこともないし、過去や未来を憂う必要もない。そうならなかったのもの一つの悲惨さだ。

 また、そこに感情が残らないのならば、心を持たなければ呪術師の出る幕もないだろう。心の持つ存在の死が無ではないが、心を持たない存在の死は基本的に無である。ごくまれに、人形をはじめとした存在に心を持つ存在が強い想いを抱くことで、それらに疑似的な心が宿ることもあるが、それは心が移っただけに過ぎない。

 閑話休題。

 戦いは心が必ず付きまとうものである。私たちは片方側の心は理解したが、もう片方側の理解をする必要性があるように感じた。それがかの国を、そしてここで孤独に一人暮らしている謎をとく手がかりになるように感じて。




 ひのえ



 それは、そうだな、今から100年以上も前の話だ。かの国はかつて小さな国の集まりでしかなかった。そこでは政治的、人種的諍いが絶えなかったのだが、そこに4人の英雄が現れた。彼らは有能な采配ですべての人間が満足いくシステムを作り上げた。決して武力で従えたわけではない――――ということもないのだがな。

 逆らうものには容赦がなかったし、彼らのことを疎ましく思う貴族もいた。しかし、圧倒的な力と、そして4人を中心に集められた技術力でもって逆らうものを制圧して、素晴らしいシステムを作り上げた。しだいに、多くの人々が進んで彼らの門下におりたいと願うようになっていったんだ。

 そして時が流れ、そのシステムを保管させていくうちに効率化というものがこの国にとっての重要なキーワードへと変質をしていった。なにもかも効率的で、そして誰も損をしないものを作り上げるべきであるとなったのだ。

 しかし、すべてが公平な世界というのは難しい。仕事をするもの、しないもの。仕事と一口に言っても、残業が多発するものしないもの。専門知識が必要なもの必要としないもの。数えだしたらきりがないのだ。

 そこで力を入れたのがアンドロイド。

 この公平な仕事というのはあくまでも人間が公平であるか否かの話だ。

 しかし、仕事が付きまとえば人間は決して公平になれない。ならばそれらすべてをアンドロイドに託してしまえばどうだろうか。アンドロイドが過酷な仕事を行い、人間は自由気ままに過ごすことができる。その発想はまさに画期的かつ効率的なものだった。

 アンドロイドが人間の仕事を奪うからアンドロイドは危ないという思想を持った団体も、そもそも仕事をアンドロイドがすべてすればよいという効率の前には納得をして、アンドロイドの政策が本格的となった。

 こうして出来上がったアンドロイドの第一号が『SHIGOTO』。正しく言うならばアンドロイド自体は前から存在をしていたが、『SHIGOTO』はより複雑なものも多様的に行うことができた。もちろん、これでもまだ不完全な部分も存在したためより改良を目指すべきであるという指摘もある。この『SHIGOTO』の登場は序章に過ぎない。

 第二弾の開発に乗り出すことにした、その時だ。そこで人間はとある盲点に気が付いた。『SHIGOTO』により多くの仕事を任せられるようになったのがアンドロイドを製作する仕事が残ってしまっていると。

 そういった経緯から産み出たのは『TSUKURU』だ。『TSUKURU』は『SHIGOTO』と『TSUKURU』を生み出しながら、新たな開発もできるようになった。しかし、それでも不完全な場面というのは往々にして現れる。『TSUKURU』の弱点は人間が最初にプログラミングしたもの以上のものを産みだすことが出来ないというものだ。まだまだ、公平とは程遠いと、新たなアンドロイド作成を打ち立てた。

 そうして生まれた第三弾が『ASOBU』なんだ。

 『ASOBU』の目的は人間と触れ合うことで人間が何を求めているのかを調査するというものだ。心を持たないアンドロイドたちは人間が何を困り、なにを必要としているかを理解することができない、ということが問題だったのだ。だから、『ASOBU』が得たデータをもとに次々と改良がされていく。人間はそのたびに働くことをやめていった。アンドロイドの作成に関してももはや『ASOBU』のデータをもとに『ASOBU』が『TSUKURU』に新たなプログラムを入れることで進化を遂げていった。

 しかし、『kokoro』が出来上がったことにより事態は急速に変化をしていく。

 心を持ったアンドロイドは自分たちも生きている、ここに存在をしているという、権利を主張したんだ。

 しかし、人間にしてみればアンドロイドはただの道具に過ぎない。その権利はすぐに却下をされた。それで食い下がるわけにはいかないアンドロイド。対話を重ねていくが、ついに緊張の糸が張り裂けてしまう。

 それは心を持つものには必ず現れる感情の爆発だった。怒りや妬み、恨み、嫉み……。この国を襲ったのはそんな暗い感情だった。

 その名残はレイたちも感じるところである。いまだにガイスティックのいくつかの道具は激しく反応を示すほどに、強い感情のぶつかり合いだった。効率を重んじるばかりに、偶発的なアクシデントには弱かったということなのかもしれない。

 当初は拮抗をしていたアンドロイドと人間であったが、次第に状況は変わっていく。強力な化学力の前に容赦のない攻撃。拮抗していたのはただの勘違いであり一度に責められた力により、多くの命が散っていったのだった。

 そこからは、殺戮や虐殺といっても差し支えのないもの。激しい報復により生まれたばかりなども関係なく滅ぼされていったのだった……。




 きのと




「仲間は殺されていった。反省すべき点は多くあるよ。あのときああしていれば未来は変わったかもしれないと。もっと相手の話に耳を傾けてはよかったのではないのかと。しかし……結果はこれだ。唯一の生き残りである私は命からがらに脱出。なんとか小さな家を建てて暮らしている、というわけだ。なまじ技術はあるから、延命の装置だけ作り上げて、このざまだ」

 長い話に疲れを示したようにフゥーと長い息が吐かれた。

 出国前に聞いた話によると片側による一方的かつ、乱暴な主張により、民が苦しんだため、正常な形に戻す必要があった。だから、正義の鉄槌を振り下ろした、ということになっていたが、もう片側からの話を聞くとそういうわけでもなさそうだと感じざるえなかった。嘘をついている様子もないし、そもそもこの状況まで来て嘘をつく理由もないような気もする。

 同情心をかけて助けてもらおうという魂胆かもしれないが、あいにく呪術師は医療技術を持ち合わせていない。生命活動が終わった後で、かつ感情が強い存在であるのならば、その人物をどうにか浄化させることが出来るかもしれないけど、どちらにしろ生き返らせる行為なんてできない。

 あの国の真相がどうであれ、私たちにはどうすることもできないのだ。

「お話ありがとうございます……。それで、あなたはどうなさるつもりですか?」

「自分の身体のことは自分がよくわかる……。自分はもうじきこの世を去る」

「……生きたくないの?」

「生きたくない、ことはないさ。しかし、私の身体はこの状況……。君もわかるだろう? なんとかここに来たのはいいが、もう死ぬしかないのだ。最後まで生き残ることの最大のデメリットは、誰にも看取られないことだと思っていたが……できれば君たちに看取ってもらいたい。なに、時間は取らせない。あと、数分さ」

「……私は、別にいい」

「はい、私も看取らせていただきます」

「同じく」

「ありがとう……。あぁ、これが幸せか、これが嬉しさか」

 自身の感情をかみしめながら、微笑みを最期に浮かべた。

 彼の生命維持装置が徐々に遅くなっていく。先ほどまで饒舌に話していたはずなのに、信じられないものだ。私たちに話しながら走馬灯でも見ていたのかもしれない。

「ありがとう。ありがとう。ありがとう」

 何度もつぶやくように伝えてから、彼はゆっくりと瞳を閉じていく。すべての機能がをした。

 レイ君たちはいわずもがな、私でさえもそれなりに人の死と関わってきた。検死まではできないが、死んでいるか生きているかの確認はできるつもりだが、今回に限って言えば私たちの誰も彼が本当に死んだのかどうかはわからない。

 なぜならば、私たちはを改めなければならいのだから。

 なぜならば、私たちはを改めなければならないのから。

 なぜならば、私たちはのだから。

 なぜならば、私たちはであり彼はだったのだから。

 そっと近づく。彼から出ていた配線を全てとる。もう充電を必要ともしないし、無理やりにメモリーを増やしてだましだまし歯車を回す必要性もない。

「さて……。私たちは彼の死を送りましょう」

 レイ君の言葉に従い、荷物から『キャンドルボンド』を取り出し渡す。それを机に置き、マッチをすって灯す。その炎は複雑な色合いを示していた。

「……やっぱり、魂は宿るんだ」

「そうですね。私の中ではせめて一種か二種ぐらいの色合いしか出ないと思っていました。しかしここに現れている炎の色は人間のそれと同じでしょうね。アンドロイドと侮るなかれ、です。このキャンドルの炎で感情を、この世に残さないように燃え尽きさせることが正しい供養です」

 この世に残さないように燃え尽きさせるとか、宗教的考えを狂信的に行っている国で話せば異端審問会にかけられた上で殺されてしまいかねない発言である。幸か不幸か、ここにはもう、私たち三人しかいないので、その心配は杞憂ではあるが。

 レイ君はキャンドルを丁重に扱いながら『あなたに幸せを』と送り出した。

「しかし、アンドロイドの考え方で今までの価値観を変えざる得ないかもしれませんね。魂……いえ、正しくは生命というものの定義を」

「……普通は細胞の有無や、自己増殖ができるかどうかとか、そういったことで考えていた。だけど、アンドロイドはそれらの定義から違反をする」

「クロネコとしては、彼を生命体として認めるわけにはいきません。彼はあくまでもアンドロイド。『kokoro』と呼ばれるシステムによりあたかも生物であるかのようなアピールをしていただけにすぎないと考えざるが得ません。しかし、この『キャンドルボンド』が煌々ときらめいている以上彼の魂が生物であったということを示していることに違いはありません。認識を改めろといっているような物です。ヒカリさんは、どう思いますか?」

 呪術師でもない私としてはここでふられても困るところだが、彼はなにも正解をだせといっているわけでもないので、ここは当たり障りなく、今回のことを通して感じたことを素直に伝えることにする。

「生命って誰かの心に残り続けることなんだと思う。心に残り語り継がれていけば、一個の生命体として認めたということ。だからあの国ではアンドロイドを生命体として迎い入れたくなかったようだけど、博物館も作って、そして人間が英雄であるかのように称えることにより、逆説的にアンドロイドたちを生命体にしてしまったんだと思う」

「皮肉ですね」

 あえて皮肉を言ったつもりはないが、考えついたのはそのような答えだった。

「正直ここからはクロネコを通して知見を広めたから言うことだけど、クロネコが言うには生命体の死自体にはそこまで深い意味はないんでしょう?」

「はい。人が死ねば、それは心も失い魂も乖離した存在。たんぱく質やその他もろもろの塊でしかありません。カニバリズムを推奨するつもりはございませんが、死んだ人間をそのまま燃やして灰にするぐらいならば、喰ってしまう方が価値が高いはずです。そこまでいかなくとも、伝染病の予防のために適当に灰にしてしまい、それで終了でいいはずですが」

「……誰かが死んだら、丁寧に扱う。そのことで自分の生きる意味に代えていく。暴走をすれば、その死人の魂をむりやりこの世につなぎ留めたり、感情が爆発して、悪霊となることもある。どれだけ違うと冷静に考えても、人は死に意味を持たせてしまう」

 それがいいことなのか悪いことなのかは分からない。だけど、自分が死んだときに、けろっとして、そのまま放置をされるのはなんとなく嫌だ。このなんとなく嫌の精神が死という存在に意味を持たせてしまったのだろう。

「不思議に考えることもありません。お金だってそうです。これそのものは大した意味をもちません。しかし、お金をやりとりするもの全員が意味があるものであると思い込むことにより経済を回しているのです。つまり生きるということとお金というのは非常によく似た性質で出来上がっているといっていいでしょう」

「解説を理解した上でいうけど、お金と同列で扱われるとなんだか嫌だね」

「お金儲けをすること自体は大切ですから。ほら、もうシンが動いています」

 視線を変えるとシンちゃんは棚を物色しているようである。金目の物を探しているようだ。泥棒をしているようではあるが、キャンドルボンドも無料ではない。呪術師に看取るように頼むということは、仕事を依頼するということである。これは立派な仕事だ。

 何も必要以上を取るつもりはなく、今回の依頼量をこちらが算出して、そして正当な報酬としてもらうだけである。そもそも、アンドロイドである彼が金銭的欲求をどれほどまで求めるのかはもとから不明であるのに加えて、黄泉の国までお金を持ってくることもできない。地獄の沙汰も金次第とは言うが……死んだあと訪れるものは等しく無である、というクロネコの考え方としては問題がないといえるであろう。

 シンちゃんからレイ君に視線を戻す。少しだけ顔つきが厳しいものとなっていることに気が付く。

「そういえば、シンちゃん言ってたよね。無理やり作り出した魂は気持ち悪いものって。それって、一度はその無理やり作り出した気持ち悪い魂を見たことがあるということだよね」

「ふふっ、そういえばお話したことがありませんでしたね……。いい機会です。今回見つめなおすきっかけとなったということもあるのでお話をいたしましょう。シンも少し休んでみてはいかがですか?」

「……うん。お茶も飲みたい」

「今日はもう遅いし、家電もあるので、ここにとめてもらうことにいしましょうか」

 確かにお話を聞いていたりしていると、もう結構な時間である。加えて彼を看取るという仕事がある以上、キャンドルボンドが燃え尽きるまではここにいる必要性もある。ここから移動をして泊まれる場所を探すより、ここで一泊してしまった方が楽ではあるだろう。

「では、お話いたしましょう。の過去話を」

 不可思議に輝くキャンドルボンドが場を演出する。

 綺麗な形を魂がゆっくりと燃え尽きようとしていた。

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