第四章:未来師の国

 きのえ




 城の外を眺めると、そこには、いつも通りの光景が目に入る。見飽きることはないが、長く見たいというわけでもない。

 眼下には、民衆たちが明日のわが身のために働き、将来のために勉学を育んでいた。バカにするつもりなんてない。

 ―――――むしろ、バカにされるべきは私の方だ。

 少し力をかけてこの窓から飛び降りれば、悩みにふける必要性なんてないのだが……、もしもそのようなことをすればきっと民衆は驚くことであろう。彼らは私のことをあまり知らないはずだ。ヒカリという少女の自殺と受け止めず、きっと未来師者の自殺と受け止めるはず。そうなれば民衆はきっとパニックになるはずだ。この国の終わりが近いと。多くの人にとって私はヒカリではなく、未来師者なのだから。

 ――――もしかしたら、本当に終わりが近いのかもしれないけどね。

 少し身を引いて窓から離れる。自殺はする気が起きない。仮にするとしたらいつになるのか、楽しみなものだが、少なくとも向こう10年は私が何らかの可能性で死ぬなんてことはないである。それ以降のことに関しては視えないのだが、不安に思うつもりもなかった。

 こうなってくると、私は暇をどのようにつぶすかが重要な要点となっている。どうせ私の仕事などないのだから。

 部屋を出て地下室の方に向かう。やや重い扉を開けると、そこには数人の兵士がトレーニングを行っていた。

「ヒカリ様、どうされましたか?」

 私に気が付いた兵士がすぐに襟首を正して私に向き直る。小さく微笑んでみせる。

「暇だからきただけです。邪魔なら帰りますが」

 ナイフ形にほられた木刀を見せながら説明をする。いつものことだ。

「いえいえ、邪魔だなんてそんな。おい、だれかヒカリ様のお相手をしろ!!」

 部隊長が声をかけるとすぐに兵士が一人やってくる。彼の武器……というよりは、この部隊の武器は短剣らしい。その腕はどれほどのものなのか。もちろんだが、練習であるため、用いるのは木刀である。それでも怪我をしては大変なのでしっかりとプロテクターを付けたうえでの手合わせということになる。

 兵士も、まさか私を傷つけるわけにはいかないだろうとやや緊張感も持っていただろうけど、それは最初のうちで、最近では殺気こそもたないが、それなりに本気でやりあってくれている。

 意識を集中させて、先を見ていく。もちろん、相手もこちらの考えを理解しているので、そう簡単には手を出し来ないだろう。だから、最近では私が先手を打つことが多い。そもそも、純粋な力量勝負であれば、私が勝てる未来などないのだから、どのようにしてが大切だ。

 まずは下段からの突き。それを剣でいなされることをので、剣でいなされる力を利用して、同方向に回し蹴りを決める。だが、それが致命傷になるほどの威力は持っていない。構わないが。多少なりとも意識をそらせることはできたのだ。すぐに距離を取られてはしまうのも想定内。

「さすがですね、ヒカリ様」

「うぅん……、やっぱり筋力をつけるべきかな」

「いえいえ。最初の下段突きも知っていたからこそいなせただけですか、ら!」

 喋っている最中での攻撃。通常であれば完全に不意をつくものであるが――――。

「素晴らしいです」

 上段に振り下ろされた剣を、私はナイフで受け止めていた。ただし、筋力差のせいで少し腕にダメージは受けた。やはり、ココが課題点である。弱点を克服すべきか、それとも特技を伸ばすべきかは悩みどころ。

「っと」

 下段蹴りで距離を離させる。一瞬、距離をとるということに、意識を向けさせたのちに、お腹めがけてナイフを突き刺し、それを受け止められるコースを予知したうえで、ナイフを持つ手を開放。拳を兵士の目の前で寸止めする。

「これで、一本取ったという感じですかね」

「まいりました。その奇襲は読めませんでした」

「いくつものパターンを考えただけです。それに、もしもこれで仕留められなかったらナイフを手放してしまっている以上、致命傷は避けられませんよね」

 正直ただ顔面を殴っただけで勝ちを確信できるわけではない。試合であるならばこれで終わりであろうが、本当の闘いではこの程度では終わることがない。それに一対一というわけでもないので、マルチに戦えなければ意味がないのだ。所詮、私の戦闘術は奇襲の特化をした自己防衛のものでしかない、ということだ。

 その後、一緒に簡単なトレーニングをして汗をかく。彼ら、プロの指摘はさすがであり、技術的な面はもちろん、必要最低限の筋肉のつけ方とそれら習得のための、効率的な方法を教えてもらう。

 充実した時間を過ごし、礼を述べて自室へと戻る。

 汗が体にへばりついていて気持ち悪い。大浴場にまで行く気にもなれなかったので自室にあるシャワーを浴びることにする。それでも十分以上の広さを持つシャワーだ。

 冷たい水を頭上からサンサンと浴びると、嫌な汗と熱気を奪い取っていく。特に胸の谷間が蒸れているのか、そこを通っていく水が妙な気持ちよさを与えていく。この水の動き一つ一つの動きを予測をすることも十分に可能ではあるが、さすがにこれだけの量を追うのはかなり疲れてしまう。というより無理に行おうとすれば頭痛と吐き気が体を襲うことであろう。

 これを完全に読み取ると、脳がパンクを起こしてしまうことは避けられないことは明白のうちだ。

 シャワーだけだと体が冷えてしまうので、ぬるめのお湯に設定して体を温めてから、浴場を出た。

 ふかふかとしたタオルが気持ちよく、髪の毛の水を綺麗に吸い取っていく。

 もう一度眼下の町並みを見る。少し眠気が襲ってきたが……。

「ヒカリ様、よろしいでしょうか?」

 トントントンとノックがなされる。よろしいかよろしくないかで言えば、脳が睡眠を求めている以上よろしくないのだが、この使用人が悪いわけではなく、嫌がると彼女にも悪い。彼女にもお仕事がある。そもそもこうなることをきちんと予知しておけという話でもあるのだから。

「どうぞ?」

「ありがとうございます。実は、ラディス様からヒカリ様にとあるお客様のお相手をしてほしいとのご命令が下りましたので、お知らせに参りました」

「客人の?」

 私に対しての客人ということではないと思うので、何かしらの厄介ごとか、危険が付きまとうことが予想される事柄なのだろう。

 それならば、私ではなく兵士を付き添わせた方がいいだろうが、何か私でなくてはならない理由があるのだろうか。今現在では分からない。

「それで、どのような人で?」

 眠気を抑えて尋ねてみる。その答えは少しだけ、私の予想を超えていた。

「どうやら浮遊呪術師の方々らしいです」

「呪術師?」



 きのと




 小さな客間に案内される。そこには十代半ばの男女が二人並んでいる。彼らが呪術師ということであろうか。

 勝手な想像で、呪術師と言えば老齢の人間を予想していたが、思いの外若い。

「来たな。お二方に紹介しよう。わが公国の第21未来師者のヒカリです」

「ヒカリです。それで、ラディス様、この方々は?」

 呪術師二人組の向かいに座る、第4未来師者、ラディス様に問いかける。わざわざ第4未来師者が相手をしていることも驚きの一つだ。

 ほかに人間がいなかったのか、それとも重要な話をしているのか。どちらにしろ私が呼ばれたのだから、状況を伝えられた後は私が後を請け負うということになるのであろう。

「この方々は浮遊呪術師の旅一座、クロネコの方々だ。この国には観光で訪れたようなのだが……、浮遊呪術師ということもあり、我々に起きている状況を打破できるのではないのかと考えこちらにお連れしたわけだ。その起こっていること、についてはまだ説明はできていないのだが、私はこれから仕事がある。ヒカリ、彼らに説明と、もしも仕事を受け入れられるならば案内も頼む」

「わかりました。ラディス様、あとは私にお任せください」

「あぁ、頼むぞ。というわけで、レイさん、シンさん。あとはこのヒカリが詳しい仕事の話を行います」

 レイとシンというのが、この二人の名前らしい。呪術師の力でどうにかなるような問題なのかわからないが……とりあえず私に面倒をみさせるつもりらしい。

 一応私もだいぶ下級とはいえ、公国の未来師者という立場があるため、国としてはそこまで他者に対して失礼にあたるわけでもない。

 ラディス様が扉を出られたのを見送ってからもう一度二人に礼をする。

「改めまして、第21未来師者のヒカリです。クロネコの、レイさんとシンさんですね」

 呪術師という存在がどういう存在なのかは今一つつかめない。そもそも今回の件が本当に彼らで解決できるのかは、はなはだ疑問ではある。これで無駄骨を折らされたのなら。

 ————別に構わないか。どうせ暇をしているだけなのだから。

 彼らにとっては申し訳のないことではあるが、暇つぶしに付き合ってもらったとでも思おう。

「まだ、ラディスの方からなにもお話はされていないのですよね?」

「詳しい内容は何も。伝えられたのは、ヒカリさんの方からお話をしてくださるということ、そして困った事態が起きているので極秘で調べてほしい、だから浮遊呪術師にたよりたいということ、この二点ですね」

 話のさわりぐらい伝えておけばいいのにと胸中でこき下ろす。説明のためには、まずは私達未来師者について理解をしてもらった方がいいだろう。

「では、お話します。私たちと、この国の話を――――呪術のレイさん」

 その言葉で、にこやかな笑みを浮かべ続けているが、レイさんは方眉を上げる反応をして、となりのシンさんは警戒のまなざしを灯す。

 今更だが、このレイさんは延々と笑みを浮かべ続けていて、安心感をもらうよりも先に少々不安な感じになってしまう。

「失礼ですが、私どもの挨拶をどこかで聞いていたのですか? 先ほど初めて私たちのことを知ったかのようなご様子でしたのに」

「その質問には半分はい、と答えておきます。確かに、あなた方のことを知ったのはたった今です。しかし、未来にこのような挨拶をされることを予知したため、このような答えにさせていただきました」

「未来?」

「そのあたりも含めてご説明をさせていただきます」

 召使のものが運んできた紅茶を一口飲んで喉を湿らせる。この国で産まれて育つ私にとってはごく普通のことであるのだが、他国のものにおいては私達が驚くべき存在であることを理解している。いまだに警戒を解かないシンさんに安心をさせるために深く椅子にもたれかかる。この状況であればいきなり襲い掛かることもできないということがわかるだろう。

 とはいえ、まさか公国の未来師者本人が直接襲い掛かってくるとは思われていなかもしれないので、そこから考えるとあまり意味がないのかもしれないけど。まったく何もないよりかはマシかもしれない。

「この公国は私達未来師者が統治をしております。そもそも、未来師者とは未来を予知する能力を持つ者の総称です。どうしてこのような能力を有するのかは不明ですが、遺伝的に私たちの家系のものが稀に発生させるのです。そしてその未来師の能力、及び技能に応じて数字が割り当てられ、第1~21まで存在をします」

 つまり、私はその中でも最低の人間であるということだ。一応未来を見る能力を有している為、未来師者と名乗ることになっているが、実際のところただただ厄介な人間なんだろうと勝手に予想をしている。

「先ほど呪術技師と言い当てたのはこの力で?」

「そうです。通常ならばこのような使い方はしないのですが、話を円滑にするためには能力を披露しておくべきだと判断いたしました」

 未来師者の能力が嘘ではないということの証明がこれで簡単にできる。もちろん、盗聴を行うなどで、言い当てることもできるのだが、わざわざただの旅人にそこまで面倒なことをして、いたずらを仕掛ける必要性などあるまい。

 ゼロではないだろうが、小数点以下の可能性を求めるだろうか。

 呪術師がどのような考えで行動をするかはわからないため全てが推測――――いや、憶測の域をすぎないが。

「そこに問題が起きたのですか?」

「そうですね。その前に」

 私は部屋を出て、門番代わりの使いの者に話しかける。少し抵抗こそされたが、国にとって大切な情報を話すため、彼らが間違っても耳に入らないように少し遠くの場所へと移動させる。

 私に何かあってはこの人間の首が飛びかねないのは確かであるが、そのような未来がないことを伝えたうえで、あなたが罰せられることもないこともついでに伝えることで、ようやく移動をしてくれた。

「失礼しました――――。この国では未来師者たちが未来を視て、これから何が起きるのかを予知をしていくことで、統治を行っています。そこに行き当たるまでには様々な歴史があるのですが、それはまた、必要ならば後程。その未来予測は一桁第の未来師者であるならば100年ほどにも及ぶそうです。しかし、ここ数年、10年から先の未来を視ることが出来なくなってしまったのです」

「ヒカリさんも?」

「ふふっ」

 小さく、自虐的に笑う。その笑みをどのようにとらえたのか彼らはさらに訝し気に顔を覗き込んでくる。一桁台なら100年といったのだから最低値でも10年は視られると考えるのが普通だろう。

「先ほど言いました通り、私は最低の数字を割り当てられた未来師者です。その未来を視る能力は、通常ならば少なくとも、30年は未来を視られるものなのですが、私が視られる未来は十数秒がやっとです。一応未来が視られる能力は有しているというわけで、未来師者を名乗っていますが、一般人とほぼ変わりません」

「なるほど、それは失礼をいたしました」

 そもそもこれで未来師者ともいえるのか。正直未来師者の恥さらしとして殺されても文句言えないのだが……そこまで過激ではないということなのだろうか。

 それどころか、邪険にされてはおらず大切にされている。その節があるため、余計にやるせなさも出てきて、自尊心も低まるばかりだ。

 頭を下げるレイさん。一方シンさんはいまだに一言も発していない。普段からおしゃべりはあまりしないのか、それとも何かを観察しているのか。

「ちなみに、このことは口外禁止でお願いします。未来を見通せなくなったというのはこの公国においては非常に大きな問題なのです。民衆に知れ渡れば大きな疑念を抱かせることになります。それは未来師者による統治が出来なくなり我々の地位が危なくなるという点以上に、むやみな血が流れるということも意味しています」

「なるほど、それでギルドに頼むのではなく浮遊呪術師である我々にということですか」

 人々に隠し事をしているようで申し訳ないが、これは上層部が決めたことなので私が口をはさむこともできない。この未来を視る力が弱まという状況を知っているのは私達未来師者と、そして一部の側近のみ。先ほどまで、ともに訓練に興じていた兵士たちも知らないことであろう。

「いえ。それで、どうでしょう。この10年先の未来が視えなくなったこの現象、クロネコさんはお受けしていただけますか?」

「えぇ。我々で力になれるかは現時点では不明ですが、お受けいたしましょう」

 レイさんの頷きを受けて、私はこの依頼どのように転ぶのかを楽しみに思いながらほくそ笑む。

 ――――いつ気づくのかな。この国の異常性。




 ひのえ




 この国の状況を完璧につかむために、彼らが案内を頼んだのは意外にも歴史博物館であった。最初はなぜかと疑問に感じたのだが、理由を尋ねると、問題発覚のためにはその国の情勢を深く知ることが大切なのだということを知らされた。そのため私からも伝えられることを伝えていくために、展示物プラスアルファで解説も加えていくことになった。

 博物館自体は残念ながら休館日であったが、公国からの依頼ということで通してもららえることになった。残念ながらと言ってみたがむしろ、ゆったりと案内できるということを考えるとプラスであったおうにも思える。

「その昔、この国が公国ではなく王国だった時代。長らくとある王朝による統治が行われていました。王朝による統治の重要なパーツとして私達未来師者がいたということも追記しておきます。しかし、セイル4世はその権力におぼれ悪政をひき、多くの反感を買ったのです。また、未来師者の反乱を恐れた彼は、増えすぎた未来師者を意味もなく殺そうとしました。同時に未来を視る能力を乱用し、自身の利益を得るためだけに用いました。そのせいで多くの未来師者が亡くなってしまいます。そのようなことを続けていますと、とうとう反乱がおきます。今から300年前の出来事です。未来師者ユーストリアをリーダーとした革命が起き、優れた未来師者であった彼の行いにより、見事セイル4世を討つことに成功をいたしたのです。これがその時にユーストリアが使ったとされる銃です」

 博物館であることもさることながら、未来師者である私がうかつに出歩いていることも本来ならば問題に値する。

 だが、未来を視ることが出来ないというさらに大きく、デリケートな問題であり、王宮内でもこのことを知っているものが少ない今、彼らを安全にエスコートできるのは私しかいないというのも事実である。それに、私ならば慢心などではなくある程度の賊ならば、返り討ちにする自信もある。

「なるほど、そうして王政ではなく、未来師者という貴族による統治、という意味で公国と名を変えたわけですか」

「政治も国王による絶対王政から、民主制に変わりました。未来師者が口をはさむこともありますが、基本的には民衆から選ばれた代表者が国を動かしています」

「なるほど……。シンは何か気になることがありますか?」

 彼は隣の女性に問いかける。別の展示物に目を向けていた彼女は振り返り私の瞳をじっと見つめる。

「……一つ質問。未来を視る行為というのは常に行っているの?」

「いえ、意識を軽く集中させる必要性がございます。そもそも、未来視を行うということは今、目の前の状況刺激に加えて、もうひと場面の刺激も頭脳に送り込まれることになります。ずっとこれを行っていれば……脳の要領がパンクを起こしてしまいますよ。私レベルの未来を視る能力でも、数十分にわたり使い続ければ頭痛は免れません」

 そのため、十数年先の未来を見通す際は瞳を閉じて意識の集中。すべての感覚をシャットアウトするというプロセスを踏む必要性がある。瞑想のようなものだ。

 しかし、完全に現世から切り離してしまうと自身がどの時空を見ているのかを忘れてしまい、戻ってこれなくなることもあるため、注意が必要だ。今までにそういった現象に陥り、そのまま栄養失調で亡くなった未来師者もかすかながらに存在をしている。

「ただ、自分のことも含まれるので自慢に聞こえるかもしれませんが、未来師者は多くの情報を処理する能力、観察眼は養われている場合が多いです」

「……もう一つ。その未来師は例えば自分が死んでしまった後のものも見ることが出来るの?」

「可能です。未来を視る能力というのは自分がそのあと見る光景を映す、というものではなく、このままの未来で何が起きるのかを完璧に把握する能力なのです。ですので、例えば今から十年後に大きな災害が起きて、未来師者たちが全員亡くなる、ということも考えられません」

「そもそも、災害が起きていたら未来師者はそれを未来予知できますものね」

「はい、予知はできます。現に今までも、数度大規模な火事や地震などの自然災害を事前に予知しております」

 だからこそ不思議だともいえる。10年後に世界が滅んで、存在しないから視ることが出来ないという状況ならばまだ納得もできるのだが、あくまで見ることが出来ないのは10年後以降なだけである。

 それは常に更新をされ続けているから昨日までは視れなかった未来を、今日は視ることが出来るという状況を作り出していることから理解がされる。仮にそうでなとしても何の前兆もなくこの世界が、なくなるとは考えにくい。10年後まで未来師をできるものによると、その世界はごく普通のありふれた世界でしかないのだという。

 私達なぜそのような結果になっているのかを解き明かすことが出来なかった。

「これは……その後に起きた災害ですか?」

「はい。今から150年前に起きた大地震です。地震そのものの被害は実は少なかったのですが、その時の起きた大火災が町中に広がりました。それ以降、火災に関してはかなり気を付けてはいるようです」

「……どういうこと?」

 私の説明に眉を顰めるお二方。

 ここで気が付くことが出来るあたり、公国のものでなく、よそのものであることがわかる。

「どういうこと、とは……?」

 私はとぼけるでもなくごく普通に問い返す。大火災の写真をどのようにとったのかということであれば、王宮内の専属のカメラマンが記録用として保存したものだ、という答えでしかない。そもそも、その説明は写真の下に乗っているために尋ねる必要性もないはずだが。

「もう一度お尋ねします。未来師者は未来を把握し、災害なども予知できるんですよね?」

「えぇ、可能です。ちなみに、今から8年後に震度6強の地震が起きる予定です。死者はおよそ1200名。倒壊した建物自体は少なかったのですがライフラインの供給が遅れ、そこで発生した流行性の病気が主な原因です。この災害の教訓からライフラインの設備がなされていくこととなります」

「……そんなことを言っているんじゃない。なぜ、予知をしているのならそれを?」

「あぁ、そういうことでしたか」

 私は歩みを進める。少し話が長くなる可能性が高いため、腰を据えての話がよいだろう。

 歴史博物館の展示コーナーから少し外れたところにある、椅子に腰を掛けて何から話したものかと思案する。

 兵士との訓練の後ということもあってか疲労が体を襲いかかってきていた。一時は忘れていた眠気もまた訪れてくる。

 二人は私のことを注視している。が、なにかしら気づいた事があるのか、少しづつ瞳孔を大きくさせていってる。

「先ほどのコーナーでありました通り、私達未来師者の能力を不正に使った為に、この国は大きく荒れました。こんなことは二度とあってはならない……。そのために法律で決められたのです。未来師者の能力で得た情報を使い、と」

 逆に言えば歴史に残らない程度の改変なら許されるということ。私の戦闘技術はこの、未来予知を使い、未来を改変しているわけだ。それならばある程度の技術さえあれば、相手をいなしていくことなど簡単だ。

 ただでさえ、未来師者の目というのは特殊で、情報を素早く処理できる能力を有しているからこそ、ちょっとした動きも見逃しにくい。

「では、大きな災害を予知しようが、犯罪を知ってもなお、何も動かずにいるのですか」

「法律がそうですから。私達未来師者は決して未来を変えない。未来の歴史を変えない。今のあなた方は気づいていますね。この依頼のばかばかしさを」

「……私たちに依頼をした時点。ううん、未来を視たその時点で、その依頼の結果すら視えていたはず」

「本気で解決をしたいのならば、その時点で解決できていますね。そこに呪術師たちの力添えが必要なのだとしても、能力で見た結果を私に伝えていただければすぐさま対応できたわけですから……」

「あっ、断っておきますと、私はこの依頼がどのような着地をするかは知りません。未来師者である私は一応未来を知る権利はあるのですが、いちいち確認をしていないので」

 いままで白々しさを自身でさえ感じる演技を続けていたが、今回ばかりは本当である。

「わかりましたか、この国の異常性を」

 笑って見せる。真剣な顔を作る彼らはどのような態度をとればよいか少し迷ってみせた。数十秒しか未来を視れない私はこの後どうなるかを知ることはできないのだから。





 ひのと




 少しこのあたりを散策、そして国民の声を聞きたいという二人の願いに従い、私は近くの喫茶店で休みをもらうことにした。さすがにそこまで人と近づくと、私が第21未来師者のヒカリであることに気が付かれる可能性がある。

 仮に気づかれたとしても、問題がない、とはいえないが、騒ぎになるのも嫌なのでこうしてゆっくりしているほうがいい。

 喫茶店の窓から外を眺めていると人々はいつもと同じ日常を繰り返していた。彼らの生活をうらやむ気持ちもある。

 彼らは明日雨が降るのか晴れるのかもわからず、そもそもいつ死ぬのかもわかっていないというのに、毎日を必死に生き抜いている。必死に、と言ってみたが、苦しんでいるわけではなく楽しそうに暮らしている。ここの喫茶店マスターにしたって、楽しそうに常連客と会話を繰り広げていた。

 対して、私達未来師者は明日が突然の雨であると知っていても、その未来の中で傘を持っていなければ傘を持って行かない選択を行うことだろう。

 未来――――。それは不確実なものである。セイル4世はその不確実性を使い、未来師者を私的利用していき、未来を変えていったのだ。

 ある意味賢いやり方ともいえる。正しい能力の使い方なのかもしれない。

 普通ならばどうにかして未来をよりよいものに変えようとするだろう。私はこのままいけばで65歳と47日で、急性の心臓病で亡くなることが決まっているらしい。ただ、それは10年後以降も視えていた時の話であり、未来が視えなくなるというアクシデントがもしかしたら影響を与えているかもしれない。その場合は長くなっているのか短くなっているのか。

 しかし、これを知っているのは未来師者である私たちと国政にかかわるものなど、少数の人間に限られている。

 私は未来師者を名乗っていながら実際のところ未来を視ることが出来るのは、かすか数十秒に過ぎない。通常であれば、ちょっとした予知能力程度でしかなく、常時発動することが出来るわけでもないので、この立場でなければ私も彼らと同じ人生を歩んでいたところであろう。

 いや、一応未来師者の一族であることからそれなりの上級貴族ではあるかもしれないが、自身の死ぬ年齢までは分かるまい。

「未来……か」

 私は小さく呟く。私の人生はこのままいけば、誰と結婚し、誰と暮らしていくか、そして、落ちていくかがわかっている。もちろん、変わっている可能性があるが、だとしてもとりあえずむこう10年は変わりない人生を歩んでいるはずだ。

 カランカランという音が響く。目線を合わせて彼ら――――クロネコの二人に合図を送る。

「お待たせをいたしました」

「いえ、特別待っていませんよ」

 思考にふけっていたため暇だと思っていなかったのは事実であるし、待つというのは、いつまでというものが理解していればそれほど苦痛ではない。終わりが見えているかみえていないかの差というのは重要である。彼らと別れる前に一時間ほどということを言っていたのでそれを目安にしていればよかった。

 もしも私がもっと長く未来を視る能力を持っていれば、より正確な時刻を把握できていたことであろう。

「……ねぇ」

「はい?」

 未来師者である私に、このようなタメ口で話す人物など久方ぶりだ。上位の未来師者はフランクなため口というよりかは、上からの言葉である。心までみえていないので、もしかしたら馬鹿にするニュアンスが含まれているのかもしれないが、それは憶測というものだ。

「……あなたはこの国のことを異常って言った。あなたはこの国をおかしいと思っているということ?」

「冷静な判断です。私はこの力を用いて暇な時間――――まぁ、私は未来を見通すことがほとんどできないのでほとんど暇なんですが――――退屈を何とかつぶしたいと考えるんですよね。しかし、本を読むにも飽きが来る。その結果、最近ではここの兵士と訓練を共にしていました。そこで待ち受けていたのは、未来を少し視てそれを大きく変更させていく、そしてまた未来を見て修正を行っていくというもの。そもそもこの程度の未来を視る能力の使用なら問題ないので、このような戦い方にしてみればと私に提案してくれたのがとある兵士隊長です」

「未来を細かく変える、ですか。それによって未来が大きく変わるということはないのですか?」

「もしも細かく未来を変えるという行いが、例えば革命や大きな事件などにかかるのならば未来が変わりますが、それは未来につながる事柄である場合だからです。しかし、訓練と銘打っていれば、訓練が終了をすればその時点で未来へのつながりは途切れます。もちろん完璧に切れるわけではありませんが、それがほとんど世界に影響を及ば差なければ意味がありません。バタフライエフェクト、なんて言葉がございますが、正直言いましてそのような可能性は限りなく低いということをお伝えします」

 バタフライエフェクト。蝶の羽ばたきがどこか遠い国で竜巻と変わる現象。転じて些細な行いが未来にどのような影響を与えるかがわからないことを指している。だが、私達未来師者はそもそも、未来を視えている為にその些細な行いも観察ができているし、それによって未来が変わるかどうかも視えている為問題がない。

「話がそれましたね……。しかし、兵士との訓練を通して感じたのは、未来を変える行為により、本来とは異なる結果を生み出す可能性があるということ。その結果、誰かの命を救うことが出来るかもしれないということを私は知りました。だからです、私がこの国の異常性と伝えたのは」

「……逆に言えば、それを知るまでは異常とは思っていなかったということ?」

「少なくとも私はこれが普通だと思っていました。未来を変えるなんてとんでもないと……それがこの国の教育でした。しかし、思うんですよ。そもそもセイル4世への革命が成功した要因は未来を変える行いなんですから」

「……つかめてきた」

 シンさんがつぶやくと懐から何かを取り出す。危険物ではないことが明らかだ。

「これは?」

「こちらは『真銀の宝玉』というものです」

 それは、指輪のようであるが、あしらわれた石は不可思議な色をしている。ルビーやサファイアといった宝石の類ではないのは明らかだが……、それなりに宝石を見てきたつもりである私も初めてである。

「この中央にあしらわれているのはアメジストという紫水晶でございます」

「アメジスト……それ自体は知っておりますが、これはアメジストというには少し」

「えぇ、細工をしております。真銀と名が表しております通り、この水晶のあちこちには銀を装飾しております。そして、この指輪は人々の疑念に反応をいたします」

「そしてこれが反応をした姿、ということですか?」

「その通りです。この国の多くを占めている疑念がはっきりと表れています。そして、未来師者であられるヒカリさんすらも疑念を抱いている有様……。もしかしたら、多くの未来師者が同様の疑念を抱いてることでしょう。自身の力に疑問を抱くものが本来の力を発揮できるはず等、ございません。ただし、話を聞いている限り、疑念を抱いていたとしても、その疑念の正体まではつかめていないでしょうが」

「それが、未来を見通す力が劣っている理由」

「その通りでございます」

 なるほど、それならば、私はどうなんだろうか。私は未来師者でありながら未来をほとんど視ることが出来ない。疑念を抱いてからその力が薄まっているというわけでもあるまいが……、そうであったならば自身の力のなさをそれのせいにできたのになとも思う。

「少し見させてもらってもいいですか?」

「どうぞ」

 指輪を手に持ち蛍光灯に透かしてみようとする。その瞬間だった。

 腹のうちからやってくる猛烈な酸っぱさ。胸の気持ちわるさ。瞳から涙が零れ落ちそうとなる。

 カランカランと指輪を落としてしまう。その指輪が強い光を帯びている。

「ヒカリさん?」

 異変に気が付いたレイさんの声がなるが、私は席を立ち急いでトイレに向かう。はしたないとは思うが吐き気がどうにも収まらない。

 深く呼吸を繰り返してなんとか吐き気は収まるが、それでも胃液が少しこぼれたのか口の中が酸っぱい。洗面所にそれを吐き捨てて水で洗う。

 一体何が自分の身に襲ったのかと思いながらふらふらと彼らのもとに戻る。敵意はなかったし、彼らの反応から今回の行動は偶然に過ぎなかったように思うけど。

「し、失礼しました」

「いえ……。確認ですが、ヒカリさんは未来が少ししか視えないのですよね?」

「はい。そうですが……」

「なるほど。それもつながりました」

 納得をしているが私にとっては意味が分からない。この異変も全て理解できるものがあるのだろうか。

 まさか、本当に彼らが悪さを仕掛けたのか。

「……あなたはとても、霊現象に好かれやすい体質」

「えっ?」

「……この指輪は疑念の塊。通常であれば大したことないけど、ごくまれにいる、霊現象に好かれやすい人に触れると、この疑念がまとめて襲い掛かって、感情によって押しつぶされることになる。それこそ、きちんとした訓練を積んだ呪術師でもない限り、そうなる」

「な、なるほど……?」

 完璧に理解したわけではないけど、一応頷く。私は幽霊に好かれやすい人間ということでいいだろう。

「今回はそれが極端に現れましたが、普段からこの効果はあったのです。つまり、人々の小さな疑念の集まりが、未来師者に向けられ、その中でもそういったものを引き受けやすいヒカリさんが未来を見る力を阻害させられていた。反対に言えば、ヒカリさんがいるからこそ、それらを引き受けていたために10年までは先を見れるということです」

 私のおかげで? 首をかしげたくもなるが、少し考えてみると私を未来師者として配属させている理由もよくわかる。ここで囲っていれば、未来を視る力はある程度保守をし続けられるのだから。きっとこの結果を未来で見たからこそ、私を生かしているともいえる。ただし、そうすると私を生かしている理由が未来を視たからになるため、未来の改変をしていることになるが……。どうなんだろうか。真意ははかりしれない。

「対策をすることが出来るのですか?」

「いえ。一時的にこの疑念という感情を消し去ることが出来ます。しかし、それは本当に少しの間だけ。いずれまた人々の心に残った疑念がこの国を包むことでしょう。そして残念ですが、ヒカリさんにこびりついた疑念は、呪術師たる私どもでも葬り去ることが出来ません。もう、その疑念はヒカリさんの一部となっています。もしかしたら、そういった疑念と同化をしているからこそ、ヒカリさんはこの国が異常と気づけたのかもしれませんね」

「なるほど……」

 どうしたものかと迷う。この問題を根本から解決するためには未来改変を今後行っていくことを表明することになるが、それをよしとしない勢力も出てくるだろうし、きっとそれを行うとどこかでまた未来師者を悪用するものも出てくることであろう。何が起きるかわからない。

「……でも、このままの方が私はいいと思う」

「シン、さん?」

「……未来は視えない。だから私たちは今を生きることが出来る。何が起こるかわからないからこそ、私たちはいつも、頑張ることが出来る。呪術師も、謎を解き明かし、全員で生きていくことが出来るようになる」

 未来が見えないからこそ面白い。私もそれは感じる。細かく未来を変え続けた時、一瞬だけ未来が全く見えなくなる瞬間が訪れる。その時に相手の動きを深く観察しつつ、未来をしたりするのは、楽しく感じた。

 未来予想図を自分で作るのは楽しい。

「お二人とも、少しよろしいですか?」

「なんでしょうか?」

「霊体に好かれやすいという人物は、やはりただのデメリットになるのでしょうか?」

「個人だけで見ればデメリットになる可能性が高いです。しかし、集団で見れば、今回のように一人にデメリットを押し付けることが出来ますし、私達呪術師の視点からしても、その人物が不調をきたしたり、その人物を依り代にした召喚術が可能になったりと、メリットにもとらえられます」

 メリットもある。私も誰かのために役立てるということだ。

 ここで未来の視えた生活を行うのと、そうでないものと。

「クロネコさんはこれからも旅を?」

「そうですね。どこにたどり着くのか、目的が何のか、全てわかりません。暗闇の中を歩み続けます」

「そのに私はなれますか?」

 勇気を踏みしめて尋ねる。一瞬面くらった表情を見せる二人。

「未来の視えないことの楽しさ、そしてつながりを私は知ることが出来ました。しかし、この国にいる間はどうしても未来とかかわらずにいることが出来ない。かといって単身で出かければ、私のような箱入り娘などすぐに殺されてしまいますし、霊体に好かれやすい体質である以上、こういった現象に巻き込まれてもアウト。ですので、クロネコさん。あなた方についていかせてはくれませんか?」

「つまり、この国から逃げ出すということですか」

「はい。こういっては何ですが、私はそれなりに戦闘技術もあります。箱入り娘といいましたが、家事は一通りできます。教養もあると自負しておりますし、十数秒の未来が視えるという力は危機管理という面に関しては役に立つと思いますが」

「……レイ、どうする?」

 シンさんは私の言葉を聞いて、判断をあおるように彼を見た。レイさんは悩むように顎に手をやる。

 心臓が高くなっている。平静を装っているのがやっとだ。いつもならここで未来を視るところであるが今は我慢をする。未来が視えない恐怖が面白さに変わっていく。

「あなたはここにいれば、確かに利用をされるだけではありますが、安泰であります。もしも疑念が気になるというのであるならばあなたの身を守る道具もお渡しいたします。それでも、私どもについてきたいのですか?」

「はい、そうです。ここで利用されるぐらいならば、クロネコさんに利用される方が、幾分かマシ――――いえ、嬉しいです。幸せになるかはわかりませんが、楽しさはそちらの方が上でしょう」

「少し失礼。シン」

「……うん」

 小声で会話を繰り広げる。どうするを決めるということらしい。

 数分の時。そして。

「わかりました。今回の私たちの依頼は成功とも失敗ともとれぬ結果でしたから。報酬としては普段は受け取らないのですが、今回は特別です。あなたを――――ヒカリさんを受け取ることにいたしましょう。ただし、クロネコの旅路についていけないと判断した場合は容赦なく切ることになりますが」

「えぇ、お願いします」

 そのきどった物言いに笑みが隠せなくなる。思わず出た笑いをそのままに向ける。レイさんもまた視線を向けた後、少しだけ眉根を寄せる。とはいえ、微笑みはキープされたままだが

「しかし、そう簡単にこの国から逃げ出すことが出来るでしょうか」

「簡単でしょう。未来を視ることが出来るのであれば、私がこの国から逃げ出そうと画作していることも視えているはずです。もしもそれを防ぎたいのならば私とクロネコさんを会わせなかったはずです」

「しかし、こうなることを知ったうえで逃げ出す前に捕らえようとしているというのは?」

「それもないでしょう。一兵卒程度であれば私は簡単にこの国から逃げ出すこともできますし、そもそも捕らえたら私は死ぬつもり……いえ、自殺します。そうなれば、今まで私がため込んできた疑念が解放されるわけですよね。未来をもっと視ることが出来なくなる。つまり、この国にとって一番賢い選択は私を追わずにそのままどこかへいかせて、この国の疑念をそのままどこかへやることですよ」

「なるほど」

「……洞察力、高い」

「未来師者、ですから。では、いきましょうか、レイさん、シンさん」

「えぇ」

「……うん」




 つちのえ




 未来を見通す力を持っているから、過去のことを考える機会というのは少なかったように思う。焚き火と、そしてレイ君たちの寝顔を見ているからか、そんな過去のことを思い出していた。焚き火というのは不思議で温かさと同時に怖さも感じる。

 そういえばだが――――私が65歳で亡くなるという運命は変わっているのだろうか。長生きしたいとは特別思わないが……長くなっているのか、それとも……。

 そもそも私が逃げ出すことが予測済みならば、あの65歳設定もまた本当だったのか微妙なところだ。65歳までは大丈夫なんだから余計なことはするなというくぎさしを一応行っていたのかもしれない。ここはいくら考えてもわからないところである。

「私は光になれたのかな」

 弱音を吐いているわけではない。しかし、気になりはする。

 私の力でどうにかなった出来事というのは少ないと思うし……わからぬところである。

 あの国では結局、私の予想通り誰も止めることなく、国を逃げ出すことが出来た。その後については分からないが、いまだに10年先しか視えないのか、私が不在になったことで加速をしているのか、それとも未来師者である私が疑念を抱いていたために加速をさせていたからなのか……。

 不思議なものである。

 クロネコの二人との関係は悪くないと思う。いつの間にか溶け込めるようになっていた。これも未来が視えないからこそといえよう。もし、未来が視えていたらそんなことでドギマギすることもなかったと思う。

「……ヒカリねぇ」

「ん? シンちゃん。起こしちゃった?」

「……うぅん、なんとなく目覚めただけ」

「そっか」

 あえてそれ以上のことは言わずに再び焚き火に視線を返す。

「シンちゃん。今は楽しい?」

「……うん。いつ死んでもいいぐらい」

「そうだね」

 私も頷き返す。これはネガティブな感情からくるものではなく、あくまでもポジティブな意味でだろう。いつ死んでもいいぐらい、現状に満足をしている、つまりはそういうことだ。

 しかし、同時にやり残したこともある。まだまだこの世界を見たい。箱入り娘だった私が箱から旅立ちたい。

「さてと、そろそろ寝ようかな」

「……お休み」

「お休み」

 焚き火を消して私も寝袋に入る。今日はなぜだかよく眠れそうである。よく眠れるかどうかの未来を視たわけではないが、なんとなくそう思うのだ。

 最後にまた、私のもといた国を思い出す。彼らに恨みはない。むしろここまで成長させてきたことに感謝すらしている。だからこそ、どこかで未来師者による統治がなくなることを願っている。

 私の過ごした国に――――幸せを。

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