【9回目お題:猫の手を借りた結果】猫妖精(ケット・シー)の手を借りた結果

 作品リンク→https://kakuyomu.jp/works/16816927861854190595


   ☆★☆   


 『猫の手も借りたい』とは、とても忙しく、誰でもいいから手を貸して手伝ってほしいことの例え――である。


   ☆★☆   


『なぁ』

「ごめん、今それどころじゃない」


 構ってほしいのか、何か用事でもあるのかどうかは分からないが、猫――ではなく、猫妖精ケット・シーが、契約主である少女に向かって声をかける。

 だが、そう返すだけでバタバタと慌ただしく動く彼女に、猫妖精ケット・シーは不機嫌そうにして、眉間に皺を作る。


 ――こいつは、ここ最近ずっと同じことをしている。


 疲れた様子で、休むことなくバタバタと動き回っている。

 今後、頭を動かすことも含め、少しでも休めばいいのに、彼女は休むことなく動き回っている。

 休まないと倒れることを示唆しても、彼女が動きを止めることは無かった。


『お前のソレ、何の役に立つんだ?』

「さあね」


 でも――と、彼女は言う。


「数人の人間と、この国の命運とかにも関わりかねないから。だから、後悔しないように、色々と準備してる」


 私も無関係じゃないから、と最後にそう付け加えると、彼女は再び作業に戻ってしまった。


   ☆★☆   


 ――人間たちが、何やら言い合っている。


 契約獣である猫妖精ケット・シーは、パーティー会場に契約者である彼女とともに入れてもらい、物珍しそうに周囲をキョロキョロとしている。

 だが、それも最初のうちだけだった。

 ある男が、これまたある少女――令嬢に、言い掛かりをつけたのである。

 婚約破棄だのいじめだの、そんなことを口にしていたが、契約主の少女はそれを冷めた目で見ていた。


「こんなの見てても、つまんないよね」


 そう言いながら、頭を撫でてくる手は優しかったが、声はどことなくこっちに向けられていないようにも聞こえた。


「こっちには、証拠があるんだぞ」

「証拠、ですか」


 そして、証言者として、少女が呼ばれた。

 ここ数日、少女が忙しかった原因――きっと、このための準備だったのだろう。

 契約主が数枚の紙を男へと差し出せば、ニヤリと男は笑みを浮かべ、言い掛かりをつけらていた令嬢だけではなく、この場に居合わせた全員に見せるかのように、その内容を示す。


 だが、契約主は特に気にした様子もなく、次に令嬢に向かって、数枚の紙を渡す。

 それを見たのだろう。深く溜め息を吐いたのかと思えば、令嬢は『これ、他に知ってる人は?』と、少女に確認する。


「あくまで、そこに書かれているのは、調べたうちの一つに過ぎません。その他、すべての事柄については、父を通じて、陛下に提出させていただきました」

「なっ……!」

「あら……」


 猫妖精ケット・シーには、あの紙に何が書かれていたのかは知らない。

 調べるのは手伝ったが、二人に手渡されたのがどの情報なのかも、少女にしか知らない。

 そんなことされたからなのか、自分の扱いに納得いかないのかは分からないが、男がわめきだし、少女は令嬢と女同士で何やら話している。


「つまり、最終的な判断は陛下がなさると」

「はい、そのようにさせていただきました。私の判断で、父や家を陥れるわけにはいかなかったので」


 契約主である少女の家は貴族ではあるが、派閥としては中立である。

 だがそこに、男が所属する派閥、令嬢の所属する派閥のどちらかと関わってしまっては、敵意等を向けられかねない。

 そのための判断でもあった。


「まあ、私は別に、どっちの味方でも無いんだけどね」


 きっと、物凄く小さな声だったのだろう。

 でも――猫妖精ケット・シーの耳には、周囲の音よりも、はっきりと聞こえた。


『オレの情報、役に立ったか?』

「そうだね。――ありがとう」


 こっそりと聞いてみれば、頭を撫でながら、同じぐらいの声量でそう返される。

 どうやら、彼女の望む結果とまではいかなくとも、面倒なことは回避できたらしい。

 そして、彼や彼女たちがどうなるのかは陛下次第――と、少女は言う。


 その後のことなんて、猫妖精ケット・シーはあまり覚えていない。

 あんなことがあったにも関わらず、パーティーは仕切り直して行われることになった。

 きらきらする会場と、いろんな音楽が流れる、多くの人間たちがいる場所――それが、猫妖精ケット・シーの印象だった。


   ☆★☆   


 ――今日は本当に大変だった。


 小さくあくびをした猫妖精ケット・シーに、少女はちらりと目を向ける。

 慣れない場所に連れてきたためか、本人(本猫?)は気づかずに緊張していたのかもしれない。


「……」


 これは、猫妖精ケット・シーは知らないことだが、忙しい中でも、その姿を目にしていた少女は、密かに癒されていた。


 猫妖精ケット・シーに休めと言われたとき、本当はそのまま休みたかったのだが、どうしても想像できる、最悪の状況だけは回避したかった。

 どうすることが最善なのかを考えた結果、情報を集めることにした。


 彼らの言動。

 令嬢の言動。

 それ以外の言動。


 猫妖精ケット・シーにも手伝ってもらいながら可能な限り、情報を集めた。

 そして、その結果が本日彼と彼女によって引き起こされた件だ。

 本当なら、結果は最後まで見るべきなのだろうが、この件に関しては放っておいても噂が出そうなので、その時に知れば良いとは思う。


「よぉ、功労者」

「あら、珍しい」


 少女は声の主に、本気で珍しそうな目を向ける。


「功労者が、こんなところに居ていいのか?」

「いいよ、別に。それに、私は功労者じゃないから」


 ただ、情報を集めただけだ。

 功労者というのであれば、有りもしない罪をでっち上げられそうになった彼女の方だろう。

 キレることなく、限界ギリギリまで耐えた彼女こそ、功労者と呼んでも良いのではないのだろうか。


「まあ、私だけじゃ、あそこまで集められなかったから、感謝かな」


 誰に、という主語は無いが、少女の視線と優しい声色で、彼女が誰に向かって言っているのかなんて、簡単に想像できる。


「それで、影の功労者様はおやすみ中?」

「そうだね。思ったより、疲れたみたい」


 少女が撫でていれば、自分も撫でたくなったのか、声の主の手が右往左往する。 


「撫でる?」

「いいのか?」

「そっとね」


 全部が全部、そうというわけではないが、この猫妖精ケット・シーの場合、起きているときは契約者である少女以外に触らせることがないため、触りたいのであれば、こうして眠っているときなどがチャンスだったりする。

 だが――


『――ッツ!?』


 何かを察したのか、飛び起きるかのようにして、周囲を警戒する猫妖精ケット・シー


「……あらら」

「……」


 少女は苦笑いするが、声の主はそれどころではない。

 せっかくの触れるチャンスが、まさるかの本猫ほんにん起床で潰れたため、落ち込みつつも、どこか恨めしそうな目を向ける。


「またいつかリベンジしてやる……」

「頑張れ」


 そう労えば、『それじゃ、呼ばれてるから』と声の主は去っていく。


『何だったんだ、あいつ』

「さあね」


 少女としては、別に話しても良かったのだが、自分まで警戒されては大変である。


「それじゃ、帰ろうか」


 パーティーの終わりを判断した少女は、猫妖精ケット・シーを抱き抱えたまま立ち上がると、最後に先生の一言を聞くと、帰宅するために歩き出すのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る