波乱 1

 身の入らない一日がやっと終わり、みんなそそくさと会場のある六本木へ足を向け始める。

「うちらも行こうか」

 声をかけて私が席を立つと、何故か誇らしい顔つきで櫂君はすっくと立ち上がる。そうして、私の隣に、スイッと並んだ。

「はい。菜穂子さん、行きましょうか」

 何が彼をそうさせているのか解らないけれど、やたらと気張った様子で櫂君は私の隣を歩く。

 どこかの俳優軍団かと思わせるほどのりりしい顔つきで、まるで私をエスコートするかのごとく歩き出す櫂君は少し面白い。

「櫂君。なんか、今日は変だね。大丈夫?」

 笑いをかみ殺しながら訊ねたら、それには気づきもしない。

「それは、菜穂子さんのせいですよ」

 凛々しい顔そのままに、櫂君は隣の私に笑顔を向ける。

 余りに男前な顔つきで言われると、からかわれているようにしか感じないのは何故だろう。

 それにしたって、私のせいって何よ。このヘアスタイルは、やっぱり失敗だったってこと?

 それとも、こんなヒールの高い靴を無理に履くなってことかな?

 なんにしても、すべては今更だ……。

 朝から私を見て固まったり、かと思えば拗ねたり、凛々しくなったり。よくわからない挙動不審な櫂君の顔を覗き込むと満面の笑顔を返されてしまい、どうしてかきゅっと心臓が反応し、思わず顔を背けてしまった。

 よくわからない自分の心臓に対して、首をかしげてしまう。

 あの笑顔を見続けたら、何かとんでもないことになりそうな気がする……。

 顔を背けたあとは、とても軽快とは言えない足元を飾る8センチヒールへ視線をやった。少し慣れてきてフラフラとはしないものの、やっぱり歩きにくいには違いななく。ちょっとでも油断したら、転んでしまいそうだ。

 折角のイメチェンだったけれど、今回は失敗かな……。でも、ヘアスタイルは、神崎さんが褒めてくれたよね。似合ってると言われたあの瞬間を思い出すと、頬が緩んで仕方ない。それに、綺麗だとも言ってくれた。むふふふふ。

 あぁ、思い出しただけで顔がにやけてしまう。


 挙動不審の櫂君を従えて、会場のある六本木へと向かった。高級感バリバリの会場であるホテルに着けば、ドアマンから丁寧に挨拶をされて恐縮至極だ。

 会社が借りた会場のクロークにコートを預けて中に入ると、すでに半数以上の社員が集まっていた。

 みんなちゃんと仕事してからきたのだろうか? と疑いたくなるくらいの素早い集まり方だ。

 会社行事とはいえ、楽しみなんだろうな。美味しい料理やお酒もたくさん出るだろうし、ゲームもあるもんね。

 会場内に設置されたテーブルには、目にも鮮やかな料理の品々が並び。私の大好きなお酒も種類は豊富のようだ。それに、カクテルやなんかは、専門のホテルマンがついて、作ってくれるようだ。

 それを見ただけでも、テンションが上がるというもの。

「そういえば、今年のビンゴの景品。一等は、なんだろうね?」

 会場の雰囲気を眺めながら、どの辺りに座ろうかと首を巡らせる。

「去年は、確かやたらと大きな、高性能のマッサージチェアーでしたよね」

「それって、貰ってもちょっと困る系だよね。物はいいんだろうけど、場所取るし」

 苦笑いを浮かべると、櫂君も笑う。

「僕が当たったのがホットプレートで、まだ良かったのかもしれないです」

 景品の話をしながら開始時間を待っていると、甘ったるい声の女の子が近づいてきた。

「藤本くーん」

 淡いピンク色のフレアスカートをひらつかせてそばに来たのは、確か櫂君と同期の女の子だ。

 そばにいた私をスッとかわして櫂君のそばに行くと、甘えるようにデレデレし始める。

 今日も素敵だね、とか。そのネクタイ似合ってる、とか。一緒の席に座ろう、とか。

 とにかく可愛らしい声音を作ったフレアスカートの彼女は、櫂君のそばにピタリとくっつき離れない。

 そうこうしているうちに、他の女の子たちも櫂君のそばに寄って来て、私は案の定というように、その輪からはじき出されてしまう。

 櫂君はとえば、わらわらと寄ってくる女の子たちの円陣の中に紛れてしまって、弾き出された私の視界からほぼ姿が見えなくなってしまった。

「櫂君てば、イギリスの掃除機より吸引力凄いじゃん」

 一等の景品は、吸引力抜群の掃除機なんじゃないだろうか?

 自らの、くだらない思考に呆れて溜息を零す。

 櫂君を囲う会が突然催されてしまい、私はその輪の中に入っていけない。というか、入る気にもならないのに、なんだかのけ者扱いされたようで、とっても気分が悪くなってしまった。

「何よ、何よ。先輩を放置してくれちゃって。なんだかんだ言っても、櫂君だって女の子たちに囲まれてしまえば、悪い気はしないってことよね」

 はじき出されてしまった先輩のことなんて、眼中なしですか?

「女の子たちと、勝手にパーティーを楽しんでくださいよ。私は、一人後ろの席でお酒に溺れていますから」

 聞こえもしないのに僻みっぽく零して、私は一人その場を離れる。

 人気者の櫂君だと知っているけれど、どうにも胸の中がモヤモヤしてならない。

 それに。輪の中から弾き出された瞬間、実はフレアスカートの彼女がまるで勝ち誇ったような表情を私に向けて、ニヤッと笑ったのだ。なんとも、嫌な感じじゃないだろうか。

 フレアスカートひらひらちゃんの態度にぷんすか怒りながら、並んでいる料理をぷらぷらと見て歩く。どの料理もとっても美味しそうなのに、さっきまで浮かれていたはずの気持ちが下降し始めていた。さっきのフレアスカートひらひらちゃんが、感じ悪く私を見たからだろうか。

「早く始まらないかなぁ」

 上がりきらないテンションで、ぼそりと洩らす。

 一人取り残されて、手持無沙汰のように腕時計に目をやると、ようやく会場のざわつきが治まりだした。どうやら、パーティーが始まるみたいだ。

 前方の舞台に社長が現れ、大きな拍手が沸き起こる。

 社長はとっても気分がよさそうな顔つきで、皆さん大いに楽しんで下さい。的なことを長々としゃべったあと、漸くパーティーが始まった。

 ホテルマンによって注がれたビールを早速手にして、私は後ろの方の空いている席へと着く。

 六席ある丸テーブルには、既に誰なのか一人腰かけている人がいたけれど、気にせず席をおいて私も座った。

 櫂君は、まだ彼女たちに囲まれているのか、戻って来やしない。

 先輩を放置とか、ホントあとで説教だからね。もうっ。

 一人侘しく 会場の雰囲気をなんとなしに眺め、グラスを傾ける。

 そんな私とは対照的に、周囲はとても賑やかだし、楽しそうだ。

 同期だった子たちを探して、会場巡りでもしてこようかな。広報のエミちゃんは、どうしてるかな? 

 広報の人たちが集まっていそうなところを目だけで探っていたら、同じ席に座っていた人が声をかけてきた。

「あれ? 川原?」

 よく見ると、同じテーブルに座っていたのは、たまに営業会議の席にいる同期の佐藤君だった。

 全く気がつかなかったよ。

「あ、どうも」

 軽くぺこりと頭を下げると、佐藤君は自分のグラスを手にして私の隣に移動してきた。

「へぇ~、ヘアスタイル変えたんだ。感じが変わってて、気づかなかったよ。綺麗になったじゃん」

 なんとなく値踏みするような視線に感じるのは、気のせいだろうか……。

「そりゃ、どうも」

 佐藤君の社交辞令に、適当な返事をしてグラスに口をつけ一気に飲み干した。次は、何を飲もうかな。

 口元についた泡をテーブルに置いてあったお絞りでおさえていると、佐藤君が必要以上に身を寄せてくる。

 会社の経費と思ってか、まだ始まってそれほど経ってもいないのに、佐藤君の顔はすでに赤らんでいて、きっともう何倍も飲んでいるんじゃないかと推測された。

「……ねぇ。何杯目?」

 佐藤君から距離をとるように、席をまた一つ空けて座りなおす。

「ん~。……何杯だったかな? なかなか始まんないから、つい進んじゃって」

 ヘラヘラと笑いながらも、空けた席をまた詰めて隣に腰かけてきた。

 ただの酔っぱらいと化している佐藤君に絡まれるのも面倒で、席を移動しようとしたら、「まー、まー」なんて言いながら手を取り引き留められた。


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