誤解?

 お祖母ちゃんを見送りマンションへ戻った私は、お隣の前を気にしつつ通りすぎる。アツヒロさんは今頃、せっせと荷解きに追われているのだろう。お手伝いして差し上げたいけれど、ストーカーの濡れ衣は着せられたままだろうから、お手伝いしましょうか? なんて訪ねて行ったら警戒されるだろうな。下手したら、通報物か……。

 考えたら切なくなるから、考えるのはやめておこう。

 それでもやっぱりお隣さんになったことを思えば、心は弾む。ウキウキと自宅へ入り、櫂君へLINEで報告しようとスマホを構えたところでインターホンが鳴った。

「はいはい、どちらさまでしょうか?」

 スマホをテーブルに置きインターホンに出ると、なんと驚きのお隣さんだった。

 ついさっきすったもんだしたカンザキアツヒロさんが、覗いたインターホンの画面に映っていて目を疑った。

 うっそ! 早速の苦情? 私何かしたっけ? 部屋の前を通り過ぎただけだよね。まさか、部屋の前さえ通るなとか言われるんじゃ……。そうなったら、もう二度とこの部屋から出られない……。窓から出入りできるように、櫂君に縄梯子買ってきてもらわなくちゃ。

 冗談はさておき、何の用事だろう? やっぱり、警察へ訴えられるのだろうか。

 返事をしてから玄関へ向かい、恐る恐るドアを開けると、なんとなく神妙な面持ちでアツヒロさんはドアの前に立っていた。

 私は、まず謝ろうと彼の顔を見た瞬間に「ごめんなさい」と頭を下げた。電車内でチラ見していたことや、会社まで着いていってしまったことをだ。

「でも、本当にこの家だけは、違うんです。さっきのは、本当に私のお祖母ちゃんで、ここの持ち主の大家で、私の祖母で、ずっと前から私はここに住んでいて。けっして追っかけてきたわけじゃなくて……」

 さっきと同じことを繰り返しているのにも気づかずに賢明に釈明していると、突然、ぷっと噴出して笑われた。

 アツヒロさんは、クスクスと笑いながらも話を続ける。

「いや、うん。俺もちょっと言い過ぎだったかもと思った。それに、思い出したんだよな」

「え?」

 何を?

 私が首をかしげていると、少しだけ照れくさそうに彼が話し出す。

「結構前に、定期拾ってくれたの、あんただよな?」

 おっ、憶えていてくれたんだ。というか、思い出してくれたんだ。

 一筋の光が見えた気がした私は、ぱあーーッと表情を明るくした。

「そうです。はい、私です。ラッシュの中の混雑にもめげずに定期を拾ってお届けしたのは、私です。それで、つい一目惚れを!」

 あ……。櫂君、わたくし川原菜穂子は、勢いついでに告白してしまいました。どうしましょう!?

 えーっと。空白の時間です。気まずいです。アツヒロさんの表情がピクリとも動きません……。

 互いに目を見たまま、私も一緒に固まってしまいました。

 私の場合は、勢い余って告ってしまったという動揺。

 彼の場合は、多分ですが……。お前、やっぱりストーカーじゃないかっ!! というところでしょうか……。

 数秒後、はっと我に返ったような彼、カンザキアツヒロさんは、ぶっきら棒に「これ。引越しの挨拶」とタオルらしき軽い箱を私に力強く押し付けると、逃げるように隣のお部屋へと帰っていってしまわれたのでした。チーン。

 櫂くーーん、どうしよぉ~。

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