The S.A.S.【11-1】

【11】


 ブリジットが中東に戻って、一週間が過ぎた。街では治安維持部隊の兵士が日々死傷し、本土でやもめが涙を流している。近代は減少の一途を辿っていた戦死者数は、湾岸戦争を契機に上り坂を辿る。ロシアの前例を鑑みない米国は、中東からの撤退案を棄却した。道連れを食った英国は、砂の牢獄へ兵士を増派した。奴隷の戦争介入は法で禁じられているにもかかわらず、我々は非正規のメイド兵を頼るまでに追い詰められていた。

 だが、悪い事ばかりではない。朝方にほの暗い兵舎で目を覚ますと、連隊の枕元にはMRE(携帯糧食)が配給されている。兵舎の食糧事情全てをブリジットが管理し、兵隊の心身の安定を慮っていた。同じメニューが連続して供される事はない。気落ちした者にはチョコレートを配り、塞ぎ込んでいる兵士の存在をベン・アーリー内科医へ伝達する。俺の監察医として本国から出張したベンであったが、想定を超えたPTSD患者が連隊に発生したせいで、しばらくはサウジに拘束される羽目を喰っていた。本人は緊張でボケ防止になると哄笑していたが、第三世界に神経を蝕まれないか懸念が募る。

 ブリジットの介入は、部隊の健康管理に止まらない。元より現地の通訳として雑務を振られていた彼女は、連隊による現地部隊の訓練に重用された。出国前に座学を受講しているものの、我々のアラビア語は片言止まりだ。非公式のSAS入隊以来、彼女は単なる通訳ではなくなった。旧ソ連製のAKMを携えて現地兵に指導を行う、極めて優秀な戦闘教官だ。自分の銃を提げて基地を闊歩するあの子は、低いたっぱと眠たげな美貌を除けばプロの歩兵に違いなかった。

 されど、傍からすればブリジットは得体の知れぬ部外者でしかない。過酷な選抜訓練とそれに連続する継続訓練を耐え抜き、血涙を流して連隊のベレーを手にした新米が苛立っていた。陸軍の規則通り髪を団子にせず、何食わぬ顔で兵舎に寝床を構える彼女を、快く思わない輩がいるのは明らかであった。事前に予想出来ていた不和ではあったが、端から身内がしゃしゃり出るのも禍根を残す。しばらくは動静を見守る姿勢でいると、状況は勝手に進んでくれた。仲間から聞いた噂では、どうやらブリジットへ個人的に嫌みを垂れる、背中を突き飛ばすという程度の低いちょっかいを加えていた新入りがいたらしい。そのしつこさが、ブリジットさんの逆鱗に触れた。振り向き様に頬桁へ良い打撃を貰い、そいつは口内を三針縫う憂き目に見舞われた。おまけにその後の三日間は、配膳担当の彼女からベジタリアンメニュー――品質改良の為された現在でさえ廃棄物扱いのMREが供された。可哀想なやつ。その報せを聞いた小隊長は、ちょっと誇らしかった。

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