The S.A.S.【10-6】

 任務を建前とした虐殺の二週間が終わり、連戦に汚れた車輌が軍事都市への帰路を辿る。道中を通して、新人らは初の実戦に興奮冷めやらぬ様子であった。古参連中の瞳に、光は戻らなかった。彼らは一〇〇に達する死体を捧げようと、失った戦友と心の平静が戻らない現実を悟った。小隊の大半が満身創痍に至り、数日前の俺みたいになっていた。ダニエルは不甲斐ない上司のお目付役を、変わらずに続けてくれた。可哀想な舎弟はハンドルで車輌の舵を取り、部隊運営のままならない小隊長の扱いに気を揉んでいた。事実、この遊撃任務の最終的な判断は、俺の兄と舎弟に懸かっていたとしても過言ではない。とにかく、基地へ戻ったらビールを小隊と支援部隊に奢り、積もる話を聴き回らねばなるまい。覇気を失ったベテランが、新人らの若気に勢力を取り戻す可能性だってある。

 夕暮れ時の基地は活気に溢れていた。何重もの検問の内側で米兵が腕立てに勤しみ、でっぷりとした坊主頭の伍長がよく分からない動物を丸焼きにしている。海賊版のDVDを売る現地民の屋台で、白人兵士が値切りに頭を下げていた。「ノーゥ!ユウハフトゥペエイ!」店番の子供は一歩も譲らず、持てる英語技能を総動員して値札を指差す。二ドル九九セント、買ってやれよそれくらい。和気藹々を体現する米軍の小集団を脇目に、マークの存在が恋しくなった。

 結局、この一箇月にマーク・ラッセル・ペイジの連隊加入は為されなかった。如何なる逆境にも耐えられる彼の忍耐――鈍感なだけかもしれないが――があれば、この内部離散の危機を乗り切る光明を見出せるやもしれないのに。

 マークは精神面のみならず、肉体も他に抜きん出た戦士であった。七・六二ミリ弾を使用する汎用機関銃を好み、アフガニスタンの急峻な山岳でも息ひとつ切らさぬ健康優良児だった。彼の機関銃が放つ弾幕は固定砲台と呼んで差し支えない密度で敵を圧倒し、所属するグリーンベレーでは『お喋りマシンガン』の二つ名で通っていた。補充要員に不足を感じる訳ではないが、心の拠り所を押し付けるのはお門違いであろう。ヒルバート・クラプトンは、いつだって女々しいのだ。

 ところがどっこい、今日からそんな暗澹たる日々とはおさらばだ。アメリカ様に間借りしている車庫へランドローバーとバギーを収めると、小隊の面々は各々のベッドで荷物の整理を始めた。俺は上層部に提出する書類仕事と報告を簡潔に片付け、その足で兵站部門へビールの催促へ出撃する。敵から鹵獲したルーマニア製AK――ちょっとしたレア物だ――と引き替えに入手したビール籠を兵舎に届けると、ちょっとした狂乱が起こった。ベッドで眠る隊員も一瞬で寝床を跳び下り、我先にと瓶詰めされた麦の恵みへ突っ込んでくる。興奮する気持ちは分かる。でも小隊の指揮官を突き飛ばして床に転がしたままっていうのは、よくないんじゃないかなあ。

 ビールを確保した連中は、綺麗に二つの派閥に分かれた。知性を捨てて騒ぎ立てる若造と、傷心の古参連中だ。適度なアルコールが会話を促し、多少なりとも彼らの精神が癒える事を祈った。空のビール籠を片付けてシャワーで身体を洗い流し、少しはましな姿になってから、俺も私物のドライジンをちびちびやる。時刻は十九時を回っていた。大事な荷物の到着予定が、二時間後に迫っていた。

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