The S.A.S.【7-5】

 冗長過ぎる講釈を垂れたが、帰還兵らの再起不能を決定付けたのは執念深いベトコンでも、高火力を誇るAK47でもない。一年の孤独を堪え忍び、傷付いた同僚とのグループセラピーも設けられず、じっくりと感傷に浸る猶予も与えられなかった国家の奴隷へ、果たして何が手向けられたか。無益な戦いに疲弊した少年らの心を殺したのは他ならぬ母国民、恋人、彼らの家族であった。米国の歴史上、過去に前例のない事象である。拠り所と見出した勲章に唾を吐かれ、「人殺し」と蔑まれ続けた帰還兵は、自らを外界と隔絶した。自らの傷を晒し舐め合う権利を奪われた彼らは、誰にも助けを求めず、ただひっそりと命を絶つ。愛したアメリカから、自分を忘れ去られる為に。

 これが、ベトナム戦争におけるPTSDの真相だ。先の戦争による潜在的なPTSD罹患者は、百五十万人いるとされている。その病魔が、目下うら若きブリジットの身に迫っている。やにわに脂汗が額に生じ、手許の電解質飲料のボトルを飲み干す。新兵に必要なのは、親しい同僚と信頼の置ける上司、そして社会の温かな理解である。いつの時代も変わらない、不変の事実だ。

 形式上とはいえ、現状ブリジットは軍に籍を置いている。だが入営以来の同期と呼べる存在はなく、英国社会からは見栄えのする奴隷としての認識しか持ち得ない。状況を鑑みると、彼女の殺人行為を正当化してやれる大人は限られてくる。自惚れた話だが、仮に俺がブリジットを否定してしまえば、あの子は生きる力を失うやもしれない。あの子が俺を中東まで追い掛け、危険な作戦への介入を決した魂胆とは。……明白だ。誰よりも彼女の出生と思想を知る、唯一の存在――ヒルバート・クラプトンの死を恐れるが為だ。

「おいおい凄い汗だぞ。熱でもあるのか?」

 コーラの瓶を手にしたダニエルに、ボディシートを差し出される。それどころではない。汗で滑る手で携帯電話を取り、親父の番号を呼び出そうと指をわななかせる。ちくしょう、操作がままならない。

「おや。ヒルバートさん、お呼びだよ」

 苛立ちつつ舎弟の指差す先へ首を向けると、ニーナが兵舎の玄関口に佇んでいた。苦い固唾を飲み下し、姉貴の誘導でベッドを立つ。凛とした美貌に、一年で一度見られるかの陰が差していた。ちくしょう、向こうから来やがった。

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