奴隷迎合 - The Servant avobe Slaves

紙谷米英

The S.A.S. 【1-1】

~The Servant above Slaves~


【1】


 眠りを知らぬ都市では拝めぬ青く澄んだ空に、半月が無数の星々と輝いている。植物の死滅した広大な荒れ地。一般に砂漠と称されるこの土地の一点、吹き抜ける激しい気流で堆積した小高い砂丘の稜線に、西洋人ふたりが息を潜めていた。

「チャーリーよりアルファ・ワンへ。所定の位置に着いた」

 片割れが顎先のマイクに囁き、もう一方は狙撃銃に装着した熱探知スコープの映す像に目を凝らす。しばらく間が空いて、アルファ・ワンの返答が男のイヤープラグへ伝達される。

〈アルファ・ワンよりチャーリー、他に異常はあるか〉

 通信機で暗号化された男声に、男は無感情で応じる。

「ネガティブ、事前情報以上の事は何も。テントが八つ、二列で設営されている。一つだけ、他のテントから離れた位置に建っている。それから、幌張りのトラックが三台。立哨が四人。士気はお世辞にも高く見えないね、呑気なもんだ」

〈そんなろくでなしでも、銃弾ひとつで俺らをアッラーに謁見させてくれるんだ。しっかり見張ってろよ〉

 チャーリー――砂丘の二人組の前方には、言明された通りの光景が広がっている。縦横百メーター程の平地に、地面と同色の四角いテント群が整然と並び、内ひとつが他と隔絶して構えられている。区域の四隅では、警衛が小銃を無気力にぶら付かせていた。

 砂丘の二人組へ軽口を発した男は、彼らの位置から数百メーター離れた窪地にいた。巨大な岩が散在する月影に、男まみれの集落がひっそりと営まれている。湿った窪地で、四台ののオフロード車輛が物々しい円陣を組んでいた。ヘッドライトには分厚い布が被せられ、そのものの機能を意図的に殺されている。現代の遊牧民と言われれば、そんな気もする。だが、そこには山羊ならぬ四輪バギーが複数停車し、男衆は杖の代わりにアサルトカービン(歩兵銃の銃身を短縮したもの)を手にしている。軽口の男は、装甲を施したランドローバーの運転席で、衛生通信機に繋いだマイクへ語り掛ける。

「アルファ。チャーリーが位置に着いた。目標に動きはあるか」

 『アルファ』とコードを振られた作戦本部が、芯のある官能的な女声で応じる。

〈アルファより全部署へ。上空よりチャーリーのIRストロボを確認した。敵影は四つのまま変わりない〉

 彼女の言う「上空」は文字通りの意味ではなく、地上数千メーターを飛翔するUAV(無人航空機)の熱源映像を指す。監視映像には、高熱を発する人間が白い亡霊の如く映る。同士討ちを避ける為、同盟勢力は電池駆動のIR(赤外線)灯を明滅させるのが通例だ。天上から愛国者とならず者を区別するには、それしか術がない。

〈各チーム、命令があるまで待機せよ〉

 冷淡な女声が通信を切る。運転席の兵士はヘッドセットを外して助手席――指揮官の席で車載機銃の整備に腐心する男へごちた。

「まさか今度もハズレじゃないでしょうねえ、ボス?」

 通信担当は眉根を寄せ、無臭のボディシートで顔の砂を拭きつつ語を継ぐ。

「既に三回も空っぽが続いてる。これ以上は、部隊の戦意に関わる」

「俺ら現場はお上の使いに走って、やつらが手に負えない用件を片付ける。それだけだよ。水は残り少ないんだ、文句で舌を回すんじゃない」

 指揮官たる小隊長は部下をなだめすかし、銃の点検に目を光らせた。依然と唇を尖らせる舎弟――ダニエル・パーソンズ伍長は、その若さ故に際立つ戦果に飢えていた。目に見える収穫とは、敵勢力の重要人物の拿捕である。彼らはここ二週間で三度、敵の巣窟を襲撃したが、何れも価値ある目標の存在は確かめられなかった。

〈チャーリーより全部署へ、孤立したテントで動きがある……テントから誰か出てきた……左足を引きずってる。間違いない、『ズールー』だ〉

 砂丘の偵察班からの通知に、集落の全兵士――十四人に緊張が走った。各自が銃の点検に躍起になり、装備品が正しい場所にあるかと確認作業に駆けずり回る。昴るアドレナリンの抑制に、小隊長はチョコレートバーの封を切って齧り付く。日中の熱気で溶けたチョコレートが、口周りをべとべとに汚す。その顎に、ぎざぎざの傷跡がのたうっていた。

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