魔王が世界を征服してもいいのか?

魔王の再誕

prologue

第1話 月の女神と魔王

 光が一切感じられない真っ暗な闇の中。

 世界を作りし神々の一柱。『冷酷』と『破壊』を司る月の女神タナリアは、自身の目の前で微かに光る一つの魂に語り掛けていた。


 ──君をここに呼んだのは他でもない。一つの頼み事があったからなんだ。


 彼女の目の前に存在しているその矮小な魂は、彼女の身から発せられる神格に怯んだ様子もなく、ただ先を促すかのように明滅を繰り返す。


 ──ふふ。そう先を急かさないで欲しい。僕はね、君のような存在をもう幾千年も待ち続けていたんだ。


 互いが互いの姿を確認出来ない中。月の女神タナリアは、目の前で微かに灯るだけの明かりのような魂に恍惚とした表情を向けていた。


 ──分かった、分かったよ。僕も君を怒らせるのは本意じゃない。


 明滅を素早く繰り返す魂の姿に、月の女神タナリアは、どこから話そうかと思い悩む。


 ──あぁ、そうだね。君には最初から聞いて貰いたい。そう、最初から。


 そう言って月の女神は語り始めた。


 一つの世界がどのようにして生まれたのか。


 そして、なぜ彼女は幾千年も一つの魂を待ち続けたのか。



 ◇



 昔、昔。遥か、なんて言葉が気の遠くなるような昔の話さ。


 僕らの父神である創生神は、ある時一つの世界を生み出した。


 それがラグナリウムという世界さ。


 そして父はその世界を管理する為に、まずは『創造』を司る姉神と『破壊』を司る僕を生み出した。


 その後、姉神であるフレイアは数多の神々を産み落としたよ。


 豊穣神、戦神、死神、邪神……。


 それはもう、ありとあらゆる神をね。


 正直、そんなに沢山造って大丈夫なのか、とは思ったんだけど、僕は何かを壊すことしかできなかったからね。あんまり意見を言う事は出来なかったんだ。


 その後も姉神は狂ったように色々なモノを作った。


 数万年もそんな調子で作り続けるもんだから、ある時僕は聞いたんだ。


 「どれだけ作れば気がすむんだい?」ってね。


 そろそろ、僕の方で世界維持の為に何かを壊すのにも限界が来ていたんだ。


 そしたら、姉神はこう答えた。


 「新しいモノを作るまでよ」って。


 その時気付いたんだが、彼女は『創造』であって『創生』ではない。

 要は、「既存のモノは幾らでも作れるのに、なぜ私が新たにモノを生み出せないのか」って事だったんだ。


 なんて傲慢なんだって呆れたんだけど、そう言えば、彼女は『傲慢』も司ってるんだったって気付いてからは関わるのをやめたよ。


 もう、どうにでもなれ。って感じだったから。


 それからどれくらいだろうか。


 僕達、分類としては"闇"とか"夜"、"負"なんかに区別されるような、そんな弟妹神達と世界の行く末について話し合っていた時に、突然姉神が多くの神々を率いてやって来たんだ。


 「月の女神タナリアとそれに従う無知蒙昧な悪しき神々よ、陽の下にて何か弁明する事はあるか」って。


 言い掛かり、なんてレベルじゃないよ。


 僕も含めた弟妹神達は、生み出された権能に従って真っ当に役割をこなしていたし、弁明も何もその当時に他にしてた事は、気に入ったモノにちょっとした加護と言う名の力を与えていたぐらいだったから。


 神である僕達が力を貸さなければ、マトモに生きれないくらい酷い世界だったって言うのもあったんだけど。


 そう言い返したら、姉神であるフレイアは嘲笑し、声色高らかにこう断言した。


 「正義には悪が必要なのよ」って。


 全くもって何を言っているか分からなかった。

 とうとうトチ狂ってしまったんじゃないかって心配したんだけど。そうじゃない。


 彼女は生み出していたんだ。


 新しいモノを。


 『勇者』と言う名のオモチャを。


 そして、正しく狂った・・・・・・思考の元、彼女が生み出したはずの弟妹神や、果ては僕なんかまでを正しい悪・・・・にしようとしていた。


 自分が生み出した『モノ』が、如何に優れているか見せびらかす為に。


 傲慢もここに極まれり、だよ。


 そこからはもう殺し合い。


 何で兄弟姉妹を殺さなくちゃいけないのか。

 何で兄弟姉妹を殺されなくちゃいけないのか。


 最終的に残ったのは僕と姉神と少しの兄弟姉妹達だけだった。


 何もかもが滅茶苦茶で、彼女が作ったはずの『勇者』なんかカケラも残っちゃいない。


 僕の方も力なんてろくすっぽ残っちゃいなかったよ。


 何せ、その背に父が最初に生み出したラグナリウムを守っていたんだから。


 破壊神が何かを守るなんてどんなに皮肉が効いている事か。


 でも、彼女も疲労していた。このままじゃ自らの身が危ないくらいには。


 だから僕は提案したんだ。箱庭であるラグナリウムで決着をつけようと。


 彼女は僕の提案を受け入れた。


 自分のオモチャが負けるだなんて思ってもいなかったんだろうさ。


 だから僕は、泣く泣く死した弟妹神達の亡骸を依り代に、自分の力を少し入れた虚ろな王を作り上げた。


 これを、姉である君の勇者クンと箱庭で競わせるというゲームでどうだい、と。


 それが魔王の始まりさ。


 生きとし生ける世界には須らく闇がある。そんな者達のオアシスになれるようにと、最後の拠り所になれるようにと。多大なる力と多くの冷酷さ、そして、少しばかりの慈悲の心を持った虚ろな王を作り上げた。


 勿論。勇者なんかには負けない程度に力を込めて。


 でも無駄だった。


 僕が眠ったと同時に姉神であるフレイアは、率いていた神達を使って残りの弟妹達を散り散りにした。再生が酷く困難なくらいに。

 そして、僕を封印した。加護と力の源を断つために。


 傲慢なんてものじゃない。彼女は愚かしいまでの狂神だよ。


 そうして僕が気付いた時にはどうしようもなくなっていた。


 "夜"は彼女の眠る時間で、"闇"が体を休める時間じゃなくなっていたし、僕達は悪しき神々という扱いだった。


 既にラグナリウムは彼女の箱庭になっていた。


 僕が目を覚ましてから生まれた魔王も、初代には遠く及ばないから彼女が生み出した勇者クンに早々にやられた。


 まぁこれは、魔王の側が愚かだった事が原因だろうけど。


 そんなこんなで、僕はその身を縛る封印と共に待ち続けた。


 作り変えられた箱庭を壊せる者を。


 魔王として、生きとし生ける"闇"達を癒せる者を。



 ◇



 ──と、まぁこんな事があった訳だ。


 そんな風に月の女神タナリアが語り終えた時、目の前の魂は小さく上下に揺れていた。


 ──まさかとは思うけど、寝ていたんじゃないだろうね?


 その声に、魂はゆっくりと明滅を繰り返し、左右に揺れるように動いた。


 ──まぁ、いいよ。とにかくね、"魔王"というのは、言わば"夜"であり"闇"なんだよ。暗闇でしか生きれないモノ達のオアシス。


 月の女神タナリアは、目の前の魂に語るようにして紡ぐ。


 ──どうかな? "魔王"になってはくれないだろうか。勿論、僕は干渉しない。好きに生きてくれて構わないよ。


 ここに来て漸く、彼女の前で何をするにも明滅するだけの存在であった一つの魂は行動を起こした。


 その魂は、最後の最後にこう問いかけたのだ。


 ──なら、"魔王"が世界を征服してもいいのか?


 暗く深い地の底から這い出てくるような、腹の芯に響くかのような思い重圧を伴って響いて来たその声に、月の女神タナリアは微笑みを返した。




 ◇



 そして、それを確認したからか、月の女神タナリアの前に今の今まで存在していた一つの魂はいつの間にかその姿を消し、その光の全く感じられない暗い闇の中には彼女だけが残されていた。


 ──ふふっ、くふふっ。あぁ、いいよ。いいんだよ。君の好きなようにすれば良い。


 一人残された彼女は、その真っ暗な空間の中で一人呟きながら姉神の事を想う。


 ──フレイア。君は直ぐに気付くだろう。また鴨が来た、と。ふふっ。だけどね、今回の魔王は今までのとは訳が違う。


 笑う、破顔う、嗤う。


 ──僕が使いこなせなかった『冷酷』の権能。そして、僕の代名詞たる『破壊』の権能。彼は、その二つを生身である魂に刻んで、声一つ漏らさなかった。


 月の女神が、太古の女神が。


 ──あぁ、そうさ! 今の僕は神格があるだけのハリボテ。だが、それがなんだ?


 愉悦に、喜悦に、唐突に。


 ──この時をずぅっと待っていたんだ。漸く、僕の望みが叶う。彼が叶えてくれる。あぁ、新たなる魔王よ、我が権能の全てを受け入れし者よ。我の望みを叶えたまえ。


 一人、咲う。


 ──汝の未来に昏き祝福を。

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