第22話・起死回生
激しい雷雨に打たれ、私たちは、処刑台に立っていた。数千の怒れる民衆に囲まれ、魔女と罵倒された悪夢のときに引き戻されたのだ。
もしかしたら、ここから逃げ出して女神の国へ行ったのは、束の間気を失った私の夢だったのではなかろうか……そんな思いが胸を過り、エーディを見る。
かれは小声で、
「とにかくやるしかない。前と同じ間違いをせぬよう気を付けて。大丈夫、前とは違い、女神が見守って下さっているのだから」
と言う。良かった……エーディと私は記憶を共有している。美しい女神の国から、現世へ。女神は一度だけ私たちにチャンスをくれたのだ。
◆◆◆
『この世界に存在していない筈の魔女に殺されたあなたがたは、本来まだ死んでいなかった。だから今ひとたび、生命を授けましょう。ですが、二度目はありません。もしも再び魔女が勝てば、最早この世界は女神の世界ではなく邪神の世界になってしまう……わたくしの方が消えてしまうでしょう』
『でも……戻ったところで、あの力の前には剣さえもまるで無力です。いったいどうすればわたくしたちは勝てるのでしょう?』
女神は哀しげに首を振り、
『わかりません……けれど、彼女がペンダントを本来と異なる目的に使用できたのには、何か理由がある筈……』
理由。確かに、ペンダントというアイテムを作った私すら知らないのに、邪神の力を得る方法を彼女はどうやって知ったのだろう。彼女も転生者という事が鍵なのだろうけど……。
『あのペンダントを、どうにかして取り上げられれば……』
『それさえ出来れば彼女は力を失うでしょうが、彼女もそれを判っていますから、容易ではありません。わたくしがあなたがたを生き返らせる事以外に、出来る事がもうひとつあります。それを生かして人々に、彼女に対する疑心を抱かせられれば、勝機は見えてくるかも知れません』
『その、事とは……?』
『彼女は巫女姫の力を手放した。形だけは巫女姫の座を保っているけれど、いま、巫女姫の座は不在も同然。となれば……』
私たちは女神の言葉を聞こうとしたけれど、時間切れだったようで、そこで急に眼の前は白くなり、言葉は切れ切れとしか聞こえなくなる。
『……がきっと力に』
『世界を頼みます』
◆◆◆
そうして気がつけば、処刑台の上に立っていたという訳だ。何故こんな危地に? と一瞬女神を恨めしくも思ったけれど、何かお考えがあってのこと、それに応えなければ、と気を取り直す。
「なにをしている、懺悔させられないならさっさと首を斬ってしまえ!」
アルベルト王太子の叫びが、私たちを現実に引き戻す。エーディは兄の方へ振り返る。でも、今のエーディはあの時とは違い、希望と冷静さを取り戻しているように見えた。
「兄上。彼女は懺悔すると言っています」
とエーディは言った。
「そ、そうか。では、女神へ、民へ向かい、懺悔せよ。寛大なる女神はきっと魔女にさえ慈悲を与えて下さるだろう」
「彼女は、女神と民を象徴する巫女姫に傍へ……親友であった彼女に対して祈りたいと言っております。雨の中ですが、どうかユーリッカ姫にこちらへ来ては頂けないでしょうか」
そうか、とにかくユーリッカを傍へおびき寄せてペンダントを奪ってしまえば……。でも……その後私たちはどうなるのだろう? 傍から見れば、か弱い巫女姫に暴力を振るったように思われる。
だけど、ペンダントを破壊すれば、窮地は凌げなくても世界は救われる。それに、生き返ったグレンたちが助けに来てくれるかも? そういう作戦だろうか?
不安げな私にエーディは、
「女神の最後のお言葉、わたしには解った気がする。きっと、大丈夫だ」
と囁きかける。
だけど、王太子はさっと表情を強張らせ、
「穢れた魔女の傍に、我らが至宝の巫女姫を行かせられるものか。もしや、巫女姫の身柄を盾に逃げ出そうという魂胆か。騙されるな、エールディヒ」
と返す。
「今朝も彼女はわたくしを見舞いに来てくれました! そんな事をするつもりなら、その時の方が良かった筈」
と私は叫んだけれど、ユーリッカは、
「あの時、親友のよしみで懺悔を聞いてあげようと思いましたのに、彼女は魔女の本性を見せてわたくしに掴みかかってきましたのよ。いまさら……本当に懺悔するこころがあるならば、そこからでも充分に届く筈です」
と嘘っぱちを並べて拒否してくる。
「わたくしはそんな事はしていません!」
と私が言うと、ユーリッカは悲しそうに、
「ほら、ああやってわたくしの証言まで否定してしまう……可哀相なマーリア、心まですっかり闇に囚われて。エールディヒさま、早く彼女を楽にしてあげて下さいまし」
と答える。
「ああ、なんて懐の深い」
「慈悲深き巫女姫さま、暴力を受けながらも魔女を憐れまれて」
流れは違うけれど、前の時と同じ……誰もが私の言葉には耳を貸さず、盲目的に巫女姫の言葉を信じてしまう。
だけどエーディは、
「巫女姫とマーリアの言い分は食い違っている。今のお言葉は神託ではないのでしょう、ユーリッカ姫? ならばマーリアの言う事も少しは信じてあげてはいかがか、兄上?」
と問いかける。勿論巫女姫に心酔している王太子は、
「何を言うか、苦し紛れの魔女の言葉と、巫女姫の言葉、どちらが正しいか、考えるまでもない」
と弟を睨みつける。するとエーディはあっさりと引きさがり、
「分かりました。ですが、もしもユーリッカ姫の告げる神託が誤りであれば、その時はお考え直し下さいますね?」
「当たり前だ。巫女姫の神託は絶対に間違わない」
何を今更、といった不満をありありと見せながら王太子は保証した。
「では、マーリアは結局懺悔する気はないようですので、せめてわたしが彼女を楽に邪神の国へと送り返しましょう」
そう言うと、エーディは無表情で大剣の鞘を払う。私は思わず処刑台の床に膝をついたけれど、エーディがどうするつもりなのか全く解らなくて戸惑うばかりだった。
「魔女よ、その信ずる邪悪な神の国で、永遠に罪を悔いたまえ」
何も助けが現れる様子もない。まさかエーディは魔女に操られてしまったの?! ユーリッカを誘き寄せる作戦じゃなかったの?!
焦りでいっぱいになりながら縋るようにエーディを見る。かれは済まなさそうに私の視線を受け止めた。
けれど。焦っていたのは私だけではなかった。
「お待ちなさい、エールディヒ王子!」
と処刑を止めたのは他ならぬユーリッカ。ああそうか、彼女の希望は、私とエーディに密通の罪を被せて二人とも処刑する事だった……このままあっさりエーディが私を処刑してしまっては、目論見と外れてしまう。冷静に私の首を刎ねようとしているエーディの姿に、彼女はさぞや面食らっているに違いない……。
「いま! 新しい神託が下りました! あなたは……あなたも罪びとだと……エールディヒ王子!」
とユーリッカは叫ぶ。エーディの唇の端に笑みが走った。
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