第19話・最期のとき

「? 土下座を知らないの? まあそうね、王子様ですもの、土下座する機会なんてなかったか」


 ユーリッカはまだ、私が思い至った事には気づかないらしい。即ち、土下座を知っている私もまた、彼女と同じ転生者であるという事に。


「わたし個人の事なら、なんだろうと貴様の言う通りにしよう。わたしが原因だと言うのなら、わたしにその忌まわしい力で仕返しをすればいいではないか! だから、女神を解放し、民を苦しめるな。マーリアやわたしの部下にこれ以上手出しをしないでくれ!」


 だけど、エーディの懇願をユーリッカは鼻で笑って、


「馬鹿ね、自分で自分の弱点を並べ立てて」

「なんだと?」

「仕返しっていうのはね、本人にするよりも、そいつの大事なものを傷つける事の方が効果的なのよ。まあ今更聞かなくても、あんたの弱点がそこな事くらい解ってるけどね」


 そう言い放つと、私の方に向き直る。

 一方、私は必死に考え続けていた。私はユーリッカが転生者だと気づいたけれど、彼女はまだ私もそうだとは気づいていない。この事を何とか現状打開に生かせないものかと。

 だけど、彼女が記憶を取り戻したのは二年前。私は昨日。しかも私の記憶ははっきりせず、私の作ったゲームだというのに、何故こんな事になっているのかさっぱり解らない。おまけに彼女はゲームヒロインで私は悪役令嬢。分が悪すぎる。


「マーリア。エールディヒがあんたを好きであたしを振ったせいであんたは死ぬ。皮肉なものね。かれがあたしを受け入れて、あたしがお綺麗な巫女姫のままでいれば、あの友情ごっこもずっと続けていられたのに」

「ごっこ? たしかに、貴女が邪神の徒に成り果てたのにも気づかなかったわたくしは、貴女の親友の資格がなかったのかも知れない。でも、子どもの頃からの友情は本物ではなかったの?」

「どっちだっていいわ、そんな事。言ったでしょう、あたしとあんたは対比だと。あんたは邪魔な悪役令嬢。あんたのせいであたしは幸せになれない!」

「そんなの逆恨みだわ! わたくしは何もしていない!」

「うるさい!」


「マーリア!」


 ユーリッカの魔力の刃が私を襲う。目には見えないそれを敏感に察知したエーディは、咄嗟に身を挺して私を庇う。剣で斬ったようにかれの背が切り裂かれ、血飛沫が舞う。かれは呻いたけれど、私を離そうとはしない。


「やめて、ユーリッカ! エーディが死んじゃう!」

「ふん、今更。広場で八つ裂きにされる覚悟をしたんでしょ? 騎士たちが余計な真似をしたから生への執着が湧いちゃった?」

「余計な……真似だと……。わたしの部下たちは全てを投げ出す覚悟で!」

「執着して何が悪いの。わたくしはエーディと生きたい!」

「無駄、無駄! 力のある者が生き残るのよ!」


 ユーリッカの哄笑と共に、穢れた魔力の刃が嵐のように舞う。だけどエーディはしっかりと私を抱きしめて庇い、すべてをその身に受けた。銀の髪を伝って私の頬にかれの血が滴る。


「エーディ、いや、死なないで!」

「マーリア。貴女こそ、生きてくれ……」


 そう言うと、エーディは、どこにそんな力が残っていたのかと思う勢いで立ち上がり、ユーリッカに体当たりする。油断しきっていたユーリッカは避けきれずに壁に叩きつけられた。


「痛いわね! 悪あがきはやめなさいよ!」

「マーリア、逃げるんだ! 別れた部下たちと落ち合え!」


 エーディは最後の力を振り絞り、目にもとまらぬ速さで立てかけてあった愛剣をとると鞘を払い、ユーリッカの心臓めがけて振り下ろした。きっと反撃されると判っていても、私の逃げる時間を稼ぐ為に。でも、私の足は動かない。エーディの気持ちを無駄にしてはいけないと……生きないと、と思うけれど、でも、かれを置いて一人で逃げるなんて出来る訳がないじゃない!


 果たしてユーリッカの胸元の直前で剣はぴたりと止まる。


「――――!!」


 彼女の魔力によってエーディの剣はくるりと向きを変え、そのままの勢いでエーディの胸に突き立った……。


「いやあーーーっ!! エーディ!!」


 私は絶叫する。エーディは蒼ざめゆっくりと私を見た。


「マー……」


 私の名を呼ぼうとしたけれど、最後は唇の震えだけで言葉にならない。そのままがくりと膝を折り、かれは駆け寄った私の腕の中に倒れ込む。


「エーディ! ひとりぼっちにしないって、約束したじゃない! こんなの嫌! ねえ、わたくしを見て。生きようって言って!」

「…………」


 泣き叫ぶ私にエーディはなにか言おうとしたけれど、口の中に血が溢れて噎せただけだった。何も伝えられないと悟ったかれは、最後に視線を別の方向へ投げた。


「……なに?」


 視線の先には、何か光るものが落ちている。ユーリッカの……ペンダント? さっき剣に引っかかって飛んだらしい。

 もう一度かれに目を戻すと。銀の瞳には既になにも映ってはいなかった。


「いや!!」


 私はかれに縋り、短く刈られた髪を振り乱して幼女のように泣き喚いた。ぜったいにひとりぼっちにしないって、私の慰めになるならずっと傍にいるって、言ったじゃない! 嘘吐き、嘘吐き……!


 ユーリッカはにやにやして私の嘆くさまを眺めているようだけど、もうどうでもいい。魔女、悪魔……さっさと私も殺せばいい。


「あはは、順番が狂っちゃったわ。あんたを先に殺してかれが嘆くところを見る予定だったんだけどねぇ」

「どうでもいいわ。さっさとわたくしを殺せばいいでしょ!」

「そうね。あまり長い間姿を消している訳にもいかないしね」


 そう言うとユーリッカは腕を上げる。私は目を瞑る。もういい、仕方がない、今度は転生なんかしない。エーディと女神の国できっと会える……。

 だけど。中々攻撃は来ない。薄く目を開けると、彼女は慌てた様子で自分の胸元を探っていた。

 ……あのペンダント! あれがユーリッカの魔力の源なんだ。エーディは最期にそれに気づいて、私に伝えようとしていたのだ。

 あれを奪わなければ。彼女をこのまま野放しにして死んでしまっては、多くの人が不幸になる!


 けれど、私がそれに手を伸ばした瞬間、彼女もまたそこにペンダントが落ちている事に気づいた。指が触れ合ったけれど、それを拾い上げたのはユーリッカのほう。


「ああ!」


 と私は絶望の叫びをあげる。


「あたしの勝ち! 残念でした!」


 まるでゲームに勝った子どもみたいな無邪気な声を上げると、彼女の掌から魔力の刃が放たれる。それは真っすぐに私に向かって、私の心臓を貫き……私はエーディの上に倒れた。


「あははは! やったわ、運命に勝ったわ!」


 薄れゆく意識のさいごに、私は魔女の笑い声を聞いた……。

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