第11話・因縁

「どういう、意味……?」


『あんたの首と、あんたの白馬の王子様、エールディヒの首は、並べて城門に飾ってあげる。それが、あたしへの親友からの最高の婚約祝いになるわ!』


 ユーリッカの私への憎悪の深さは今更ながら身震いするものだけれど、それよりも、『エールディヒの首』という言葉に私は衝撃を受けた。


「なにを言ってるの。何故エーディが? 仮にもかれは王子なのよ。わたくしの拷問を放棄した事が露見したって、いくらなんでも斬首になんかなる訳ないじゃない」


 私は言い返すが、それは半分は、自分の恐怖を鎮め、焦りを抑えようとする為でもあった。ユーリッカだってそれくらいの事は解っている筈。なのにわざわざそんな事を言い出すのは、なにかがあったのでは、という恐れが膨れ上がって来たから。

 そんな私のこころを見抜いたらしく、ユーリッカは煽るような笑みを崩さず、焦らすようにじっと私を黙って見ていたけれど、急に話題を変え、


「あのひと。ずっと貴女の事が好きだったのよ。鈍い貴女は気も付かなかったみたいだけど」

「? 何を言ってるの。わたくしとエーディはきょうだいみたいなものよ。それより、質問に答えてよ!」

「きょうだい? だけど血が繋がったきょうだいではないわ」

「わたくしはエーディの兄上と結婚する事が、出会った時には既に決まっていたのよ。そんな感情を持てる筈がないでしょう」


 私の言葉を聞いたユーリッカは、笑みを消す。緑の目にこもったのは憎悪と言うより怒り。


「決まっていた? 周囲から与えられた役目をただこなす事を当然としか思わないのなら、貴女は結局、運命の操り人形。貴女が自分のものと思い込んでいる感情なんて、自分のものではないのよ」

「わたくしは押し付けられて嫌々婚約した訳ではないわ。わかったような事を言わないで」

「十にもならない小娘だったあんたに何がわかっていたのかしらね。まあいいわ、それはあたしも同じだったから……巫女姫にと期待を受けて、それが自分の運命だと、やりたい事だと思い込んでいたのだし」

「思い込み? 違うでしょう? 巫女姫は国で一番尊敬される素晴らしい存在。小さい頃から貴女はそれを目指し、セシリアさまの下で研鑽を積んで、その地位を得たんでしょう?! わたくし、覚えているわ。巫女姫譲位の儀式のとき……貴女のその緑のひとみがどれ程清らかで神々しく、そして誇り高く輝いていたかを!」

「そうね……いっそ、あの時のまま、何も疑う事も知らず無欲のままでいられたら、その方が良かったのかも知れない。でもあたしは知ってしまった。恋を……人の欲を。世界の歪みを」


 ふっと、ユーリッカの雰囲気が変わった。怒りから……憐れみ……に?


「貴女……アルベルトさまを愛してるの?」

「婚約者ですもの、愛して……いたわ」


 いまは、愛している、と言い切る自信はないけれど。本気で私を鞭打とうとした彼を思い出すと、仮に全ての誤解が解けて彼が謝罪してくれたとしても、もとに戻れるとは思えない……。

 だけど、ユーリッカは、そんな私の言葉を否定する。


「婚約者だから愛していた? それは愛じゃないでしょう? ひとは、愛するから婚約するもの」

「それはっ、一般ではそうかも知れないけれど、王太子殿下ですもの、色恋で相手を決める訳には行かないわ。何を言いたいの、貴女」

「婚約に関しては、そうでしょうね。愛そうと愛すまいと、貴女は彼と結婚するレールに乗せられていた。だから聞いたの、愛してるのか、と。でも、返って来たのは頓珍漢な答え。要するに、あなたは、愛とはなにか知らないのよ。だから、簡単に、譲ろうなんて発想になる」

「わたくしは貴女の為に……」

「その偽善者面が気に入らないと言っているのよっ! やっぱりあんたはただの運命の操り人形。なのに、エールディヒを、アルベルトさまを、他の様々な人生の楽しみを与えられて……あたしが欲しいものをあんたはぜんぶ持っている。あたしは空っぽのまま、あたしの為にはなんにもしてくれない女神に祈り、その力で奉仕させられる毎日を送っていた。あんたに密かに王太子が好きだと言ったのは嘘よ。嫌いじゃないけど、誰でもよかった……この運命から、あたしを救い、楽で幸せな暮らしを与えてくれる人ならだれでも。でも、本当の愛を知らないあんたには見抜くことも出来なかったわね」

「そんな……貴女が、巫女姫がそんな嘘を吐くなんて思わないわ」

「単純で善良で誰からも好かれて……わたくしが努力してつけている仮面をあんたは素顔に出来る。そんなあんたが憎かった。そして、そんな自分も憎かった。だから、あたしの為にはなんにもしてくれない女神を捨て、邪神の手を取ったのよ!」


 禍々しくも狂おしい、緑の瞳。私は声も出なかった。ユーリッカがこんな風に思っていたなんて……。


「あたしの人生はあたしの為にある。あたしはあたしの為に、選択し、幸福を掴みとると決めたのよ。その為なら、誰にも容赦はしない」

「でも! それなら、巫女姫の座を降りて誰かに譲れば良かったじゃないの! あなたの人生はあなたのものでも、その為に国中を災いに巻き込んでいい訳がないわ」


 何故いま、こんな話をしているんだろう? 私は、ユーリッカの憎悪の理由を知り、それをほぐす糸口をつかむ為に対話に踏み切ったのに。

 『運命の操り人形』という言葉は私の心にちくりと刺さった。そうだ、私は元々『悪役令嬢』として転生した。なのに、その役割を果たさずに、ゲームヒロインと仲良くしていた……だって、その記憶が甦ったのは昨日の事なんだから。でもそのせいで、このシナリオは大きく狂おうとしているのだろうか? 私の頭の中には情報が錯綜し、ぼんやりとした記憶の欠片が、合わないパズルのピースのように散らかるばかりで、どれもがぴったりと来ていない。


「それは出来なかったのよ……あたしもまた、運命に縛られている事には変わりはなかったから。でも邪神があたしに手を差し伸べてくれたの。あたしは女神から解き放たれた」

「やっぱり……貴女が魔女だったのね」


 遂に言質をとったと思ったけれど。彼女の、勝利を確信した笑みは変わらない。もう言いたい事は言った、とばかりに彼女に纏わりついていた怒りの炎は潜み、代わりにあの嘲るような口調で答えてきた。


「そうよぉ。何を今更? あ、あたしがぼろを出したとでも思ったぁ? でもね、貴女が何を言っても無駄。大切な婚約者に裏切られて傷心の王太子はあたしの言いなり。魔女を処刑する事で国が救われる、という希望を与えられた王や民衆だって、もう冷静に話を聞ける状態じゃないの。どうぞ、「巫女姫が魔女だと自分で言った」と皆に言ってみなさい。斬首どころか八つ裂きにされるわよぉ。うふっ、それも見ものかもね?」

「……っ、それで、エーディは、エーディはどうなったの。まさか貴女に……」

「安心なさい、まだ死んではいないわ。でも残念ねぇ、いくら待ってもかれは助けに来ない。折角たったひとつの希望を持てる方法を思いついたのに、そのせいで可哀相にねぇ」

「どういうこと」

「邪神の力は最高! 何だって自分の為に使えるわ。あたしはセシリアの元へ先回りしてあの女を殺したの。そして、もう暫くしたら、女神の新しい神託を出すのよぉ。『第二王子エールディヒは魔女マーリアと密通していた。魔女の力を借りて、先の巫女姫セシリアを殺害した犯人。エールディヒに魔女の首を刎ねさせた後で、かれも処刑せねばならぬ』と、ね」

「そんな! やめて! かれはただ、わたくしを信じてくれただけなのに!」


 私は悲鳴をあげていた。私自身が、身に覚えもない罪で断罪された時と同じように。だけど。ユーリッカは、やはりあの時と同じように、あたしを見下ろし、にやりと笑うばかりで。


「あたしは一度は救いを与えたのよ? あんたを捨て、あたしのものになるなら助けてあげると。でも、かれは断った。自業自得だわねぇ」

「お願い、やめて。どうしてそんな酷い仕打ちが出来るの? わたくしはもうしかたがないとしても……エーディにまで罪を被せないで!」


 私のせいでエーディが。誇り高い騎士団長、緋のマント、理知的な銀の瞳。父と兄と民の為に尽くせる事が誇りと熱く語っていたかれが、私のせいで、魔女と密通しセシリアさまを殺した罪人に?


「かれの事はまだ間に合うでしょう? 何でもするから……お願い、お願い!」

「ん~そうねぇ……」


 私の必死の嘆願は、魔女の心を動かしたのか? ユーリッカは可愛らしく小首を傾げる仕草をした。今までに、談笑しながらよく見た仕草……でも今の緑の瞳には、憎しみを映したままで。


「じゃあとりあえず、土下座でもしてもらおうかしらぁ? 誇り高いマーリアちゃん」

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