第8話・いばらの道
エーディが私を信じてくれた事は、私にとって大きな希望であると思えた。
だけどエーディは、
「わたしひとりが信じたところで、この絶望的な状況はなにも変わらない」
と暗い表情のまま。
「でも、あなたがさっき言ったような言葉で皆を説得してくれれば、もしかしたら陛下やアルベルトさまも……」
けれどかれは首を横に振って、
「人とは、都合がよく信じやすいものを信じる。ましてや神託ともなれば尚の事。厄災に喘ぐ人々にとっては、貴女の処刑は希望の光であり、それを打ち消すのは容易ではない。何しろ、後で処刑は間違いだったと判ったところで、大半の人にとっては『マーリア嬢には可哀相な事をしたが、神託だったのだからしかたがない、我々は疑う事など出来なかった』で済ませられるのだから」
「…………」
「それに、父上や兄上は、神託が間違っているなどとは絶対に認めはされない。巫女姫の神託を信じ、国事を動かすのが王家の絶対的な務めだとお考えだから。わたしは、貴女が魔女と聞いて耳を疑い、『もし何かの間違いだったらどうするのです』と口にした。だが、『巫女姫の神託を疑うとは何事か』『王家の人間として恥を知れ』と父上に罵られただけだった」
「そんな……さっきあなたが言ったように、巫女姫といえども人間なのに。未曽有の厄災続きであの子も疲れ切って、神託を取り違えてしまったのよ、きっと……本当の魔女は他にいるのかも知れないわ」
私の心中は本当は言葉ほど綺麗なものじゃない。力を失い傷ついた様子だったあの子を本当に心配していたのに、そんな私を訳のわからない状況に追い込み、魔女と罵り笑っていた。そのことに対する怒りと悲しみが、複雑に渦巻いている。
でも、それをいまエーディにぶつけてもどうにもならない。だから、いまは歯を食いしばるしかない。
「……そうかも知れない。そうだとすれば、貴女を処刑したところで、国の状況は何も変わらない。その段階になって初めて、ユーリッカ姫が自らの過ちに気づかれたところで、何もかも手遅れだ……」
「そんな、どうにかならないの?!」
「…………」
エーディは難しい顔で考え込んでいたけれど、やがて顔を上げて言った。
「そうか……本当の魔女を見つける。貴女の無実を証明し処刑を取り消させるにはそれしかない」
「ああ、そうね!」
確かに、他に本物の魔女がいるのに私を処刑するのはあまりにも理不尽だ。それに、国難は日々深刻化している。本当の魔女が見つかれば、私の無実を晴らすとともに国が救える。
「貴女の言葉で思いついた。これなら、神託は部分的に間違っていただけで根本は正しいと父上もお認めになるだろう」
「よかった!」
「待ってマーリア、喜ぶには早い」
「え?」
「処刑は明日なのに……わたしたちには、本当の魔女を探し当てる術などなにもない」
「…………」
そう言えばそうだ。魔女だと断定するには、神託以外に何があるというのか。そして、神託を受け取れるのは巫女姫だけ……。
「もう一度、もう一度ユーリッカにお願いしてみては……」
思わずそう言ったけれども、すぐに私の脳裏にはあの時ホールで断罪された私を見下ろし、『貴女が嫉妬と思い込みでひとのものを盗ったりするからこうなるのよ』と言い放ったユーリッカの不思議な笑みが甦る。あの子は何故だか、私を憎んでいるのだ。私には、あんな憎悪を向けられる覚えは何もないのに! 私は知らぬ間に唇を噛みしめていた。エーディも顔を顰めて、
「いや……あの方は貴女の有罪を確信されているご様子だ。恐らく、時間を無駄に費やすだけになってしまうだろう」
「……」
親友だったのに……何でも気兼ねなく話せる大好きな友人だったのに。どうしてあの子は、前もって私に事情を話さなかったのか。何の話も聞いてくれずに、魔女だと決めつけてアルベルトさまに先に話してしまうなんて。私が魔女だと思ったからって、私が残酷に処刑される事に何の胸の痛みもないの? 話し合えば、こんな事態にはならなかったかも知れないのに。それとも、私は話す価値もない相手とでも思ったの? エーディが『時間の無駄』と言ったように、あなたもそう思ったの? 巫女姫の立場から一方的に私の尊厳を踏み躙って……話し合う機会を奪ってしまったユーリッカ。何があなたをそこまで駆り立てたのか?
「マーリア。望みの薄い賭けになってしまうが……先代の巫女姫セシリアさまに事情を話し、助けを請うのはどうだろうか」
「セシリアさま」
先代の巫女姫セシリアさまは、今は恐らく四十代。たしか7年前に、当時十歳だったユーリッカに巫女姫の座を譲位されて、いまはラムゼラの大神殿で神官長として過ごされている筈だ。とてもお優しい女性で、巫女姫を降りた後はたくさんの結婚話があったのに、それらをお断りされて、日々祈りを捧げ、神官を導く生活を送っておられると聞いている。
確かに、セシリアさまのお言葉なら、ユーリッカも突っぱねは出来ないだろうし、陛下も無下にはなさらないだろう。そしてセシリアさまなら、神託の意味を取り違えるとはどういうことなのか、お解りになる筈。今はもう直接神託を受ける力はなくても、魔女かどうかを見定める事もお出来になるかも知れない!
「ああ、それはとてもいいと思うわ。でも……」
セシリアさまの住まわれる大神殿は決して近くではない。普通に行けば、二日はかかる距離。なのに処刑は明日……。
「マーリア。わたしが何としても大神殿に駆けつけて、セシリアさまをお連れする……間に合うように」
エーディも私の不安に気づいたようだけど、かれは力強くそう言った。
「エーディ。行ってしまうの? わたくし……怖い。もしも間に合わなかったら……」
「この命を賭けても夜半までに神殿に到着してセシリアさまにお目通りを願う。そして昼前までにはお連れして戻り、とりあえず処刑の時間を延期するよう父上に話していただこう。そして、それからだ」
そう言われても、道中に何があるかわからない。足に傷を負っているのにそんなに急いで、もしも不慮の事故でもあったら? 私はたったひとすじの光明を失ってしまう……。
怯える私に、エーディは力強く両肩を掴んで、
「これしか道はない。これですら、微かな希望としかいえないが……」
そうかも知れない。唯一私を信じてくれたかれに託すしか、今の私には道がない。
「……わかったわ。待つわ、あなたを……」
「傍にはグレンを置いていく。覚えているだろう? 子どもの頃からわたしの従者だった……今はわたしの片腕、副騎士団長だ。かれは信頼していい。貴女は拷問で重傷を負った風にして上の階で待っていて」
そう言うと、かれは自分の騎士団長のマントを、背中の破れたドレスを纏った私をすっぽり包み隠すようにかけてくれた。
「貴女は失神して、これ以上拷問は続けられなかった事にするから」
そして、軽々と私を抱きかかえた。
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