1-2 私の名前は

「あっ、はい…」


ユイはおずおずと返事をして、すぐに振り向いた声の主を見る。


髪は赤く、毛先が腰近くまで伸びた真っすぐなポニーテール。長髪だったが、センター分けされた前髪は頬まで伸びていた。

赤いチュール地のミニワンピの上に、袖の無い黒エナメルの服(襟付きかつ閉じる部分は腹部までで、そこから先は前後含め鋭く四つに分けられている)を重ねて着ている。腰には剣と思しき鞘。

背は高いが、見た目は一六、七歳ぐらいか。


元の人形とは似ても似つかぬ、且つ人間と大差ない容姿だったが、直感的に結衣はわかった。

彼女が棚のビスク・ドールだ。


ここは、と聞こうとすると彼女は指で制し辺りを見回す。


ただならぬ異様な張り詰めた沈黙。


しばらくすると押し寄せる足音と、音と共に現れる藁人形のようなものの大群。

そして大きさは人間大。


『やはり敵地、不運…!』



襲われる。ユイが危機を感じた瞬間、


『失礼』


「えっ、ちょ…」


ユイの視界がぐらりと変わる。

次の瞬間ユイは、左手で足元が掬われ右腕の上に頭がある_____いわゆるお姫様抱っこで抱えられ、彼女は猛スピードで走っていた。



「えっ、これ、ねぇ」


『逃げ切ります、王宮まで』


「王宮?」


息一つ切らさず彼女は言う。ユイは自分の鼓動が高鳴り、頬が紅潮しているのが解る。


彼女の靴はローヒールのロングブーツも黒エナメルで、上端には赤いリボンがあしらわれている。

膝から先までも黒エナメルのアームカバーで覆われていたが、掌は完全に素手だった。


遠ざかる唸る声を聞きながら、ユイは彼女の顔を捉えた。自分の紅潮は収まりつつある。


精悍な顔立ちだった。

目は深く濃い緑で、形は切れ長。細面も相まって、気を使っている訳では無いが、素材が良いといった感じの美形だ。

きりっとした表情には、厳格さも感じさせる。


例のエナメル服には胸元に丸い飾りが付いており、それとは別に、首からは六角形と雫形を掛け合わせたような首飾りが下げられている。


遠ざかったと思った草の音は大群の跳躍で一気に近づき、数で完全に取り囲まれる。


大群にじりじりと攻められ、ユイは彼女に下ろされる。切れ長の彼女の瞳が、更に鋭く険しくなった。



『…初めてですが、止むを得ません』


何をと聞く前に声が上がり、


『"フレイム"』


抜刀され、ペンダントが光り二人の前に炎があがる。


『ブレイジング・バーニング!』


抜かれたレイピアから炎が広がり、火の輪が二人を囲うように広がる。


一気に輪の太さは増大し、人形達の身体は燃え、辺りに何もいなくなる。

地面にはただ、小さな灰色の物体が残っていた。


「…魔法?」


『みたいな物です』


燃焼物特有の焦げ臭い匂いも残さず、現れた炎は瞬時に消える。


『申し遅れました、ユイ様』


彼女は一礼して向き直る。


『スカーレット・ローズ。

お察しのようですが、ビスク・ドール、あのドールに宿る魂。並びにドール戦士です』


「スカーレット・ローズ…」


ドール戦士が何たるかは解らないが、スカーレット・ローズの名は覚えた。

しかし名を反芻する間もなく、彼女はまたもやお姫様抱っこで、しかも先程と全く同じ速度で走り出す。



「あの、もう大丈夫なんじゃ…」


『なりません。いくら主君の命でも、安全地帯まではこの体勢で』


「だからってこれは恥ずか…」


『私からの懇願です!!』


そんな大層な言葉をかけるな。

そのまま彼女はユイを抱え、安全地帯もとい目的地____王宮まで駆け抜けていった。

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