第18話「やはり、シャワーは暖かい」

 歩いてる途中エルフィンは、この村が小さい、と言っていたが決して小さいとは思えない。

 きっと小さいと思うのは周りが全て森に囲まれてるせいで閉塞感があるからだろう。

 

 俺は緑に囲まれたその世界を見渡す。


 と言ってもわかる事なんてたいしてなくて、家が木製だ、とか農耕をやってるとか、思ったより人間が多い事とか、牛を飼ってるとかそのぐらいである。木製の柵の中に十匹ぐらいの牛が、三人の人間によってなんかいろいろやられてる。


「──って牛!?」


 あからさまに変な声が出てしまった。


「牛? が、どうかしました?」


 首を傾げてエルフィンが訊いてくる。


「いや、牛なんて何年ぶりに見たかって思って。ほら、第三地区では……って伝わらないか。ええっと、俺がここに流れつく前に住んでた所だと牛ってもう絶滅したって言われてたんだよ、あの災害で全部いなくなったってさ」


 言って、彼女の様子を伺うとなんだかとても辛そうな顔をしている。さっきまでの楽しそうな雰囲気とは対極だ。


「災害……あの災害で私はこの腕を無くしたんです」


 少しして口を開いたエルフィンの第一声はそれだった。


 ああ、悪いことしちゃったな。あの災害なんて言葉、口にするんじゃなかった。


「ごめん」


 素直に謝ったが、彼女は首を何度か横に振ってまた元の笑顔に戻った。


「いいの、私達は災害が起こった事実しか知らないから、たぶんあなた達よりは傷は浅いもの」


 達? 言葉の節々におかしな点が何個かあったから訊こうとしたが、その気持ちは彼の登場によって掻き消えた。


「エルフィン、今日の調子はどうだい? 今日はなにやら着飾ってるようだけど何か用事が……っと、客人でしたか」


 灰色の髪を耳の辺りでばっさり切ったショートカット、黒い瞳に黒い礼服を纏った大人。

 

 ちょうどエルフィンぐらいの身長の彼は、後ろにいた俺に気がつくと、にかっと笑い、丁寧に自己紹介をしてくれた。


「この村の長をやっております、歯藁です。まだまだ威厳ばかり足りない村長ですが、今後ともよろしく」


「あー、ミコト、弥琴颯真です。うーんと……あのこの村に来るのは初めてで、ここに流れ着くまでは第三地区で剣闘士として生活してました。それで、あーっと……」


 言葉に詰まった俺を見て、歯藁さんはスッと手を出した。その表情からして、見苦しかったから、ということではないらしい。


「だいたいわかりましたので無理して言わなくてもいいですよ。つまり貴方はミリさんの知人、という事ですね」


「え──ミリを知ってるんですか!?」


 まさか出てくるとは思っていなかった人名に一瞬心臓が跳ね上がる。

 

「ええ、つい何時間か前に森でドロドロになった少女が彷徨っているのを発見しましてね。ああ、安心してください、今は家でお茶を飲ませて落ち着かせていますよ」


「ああ、ぁああ……良かった……」


 意図せず呼吸が深くなる。きっと思っていたよりも心は張り詰めていたんだろう。歯藁さんの言葉を聞き終わると自然に言葉が漏れた。


「彼女も随分と貴方を探している様子でしたので、今からでも家にいらっしゃいませんか?」


 彼は八重歯を見せたにかっとした笑顔を崩さずに提案する。

 言うまでもない。俺はエルフィンが飛び上がるぐらいの大声で答えた。


「お願いします!」



 ◇◇◇



「ソウマ……生きてる……お化けじゃないわよね……」


 村の中心に位置する歯藁村長の自宅、二階建ての広々としたログハウスの扉をくぐると、ソファで毛布を肩に掛けて茶を啜るミリの姿があった。

 俺はその姿をみるやすぐさまミリに駆け寄ったが、ミリはというとずっと俺が生きてる事が夢だと思い込んで、鼻水をすすり、号泣しながら、何度も頬を引っ張ったりしてここが現実だと確認を続けていた。


 それも五分とやっていると、ミリも疲れたのか、それとも俺の頬がやけに赤くなっていることに気が付いたのか、涙を拭いて、いつものミリに戻っていた。


「よかった……私を守って死んじゃったのかと思って、それで……いっぱい探したのに見つからなくて……」


 と、思ったが俺を見つけた安心感からくる感情は五分程度では溢れたり無いようで、言葉を紡ごうとするたびに涙がそれを遮る。


「いいよ、大丈夫。わかったから、もう大丈夫だから、俺は生きてるから、ほら、お茶飲んで落ち着いて、座ってていいから」


 なんだかこんなに泣かれるとこっちまで泣きたくなっちゃうけど。ぐっとこらえて俺はミリを近くのソファに座らせた。

 それから、村長さんの家のシャワーを借りて全身の汚れを落としたわけだけど。


 暖かいお湯が体に触れた途端、俺の感情も溢れちゃったのはここだけの話である。

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