大胸筋の剣闘士(グラディエーター)

kulnete

第1話「剣で闘う者達」

「あー暇だ暇」


 そう言い持っていた剣を空へと放り投げた。それはふぁさっと辺り一面の緑へと落ち、見下ろす空はまるでペンキで塗ったかのような水色で染められている。


「あんたは暇じゃないでしょーが! ほら剣持って。ソウマで最後なんだから早くしてよね」


 長い黒髪を持つ彼女は俺に落ちた剣を持たせると一人、天にまで届く、次元門の方へと歩いていった。

 

 ここは新東京都第三地区、適合手術に失敗した【欠陥者ディフェクター】達が送られるところ、通称ゴミ箱だ。


 世界中を巻き込んだ大戦から二年、天からの災害【エネミー】の出現などによって、世界の人口のほとんどは死滅してしまった。もちろんそれは日本にも当てはまる。

 日本で生き残った人間は全て東京、すなわち日本の首都に集まった

 そして食糧難や権力の差で日本の首都である東京は第一地区、第二地区、第三地区へと三つに分かれてしまった。

 第一地区は権力を持った糞どものエリア、第二地区は一般人のエリア、そして第三地区は一般人よりも更に下最下層のエリアで人が人とも扱われないそんな人間達が暮らすエリアである。

 

 そして俺は第三地区の人間。

 適合手術に失敗した【欠陥者ディフェクター】。

 

 そんなかわいそうな俺が今いる所は、最低の第三地区の中でも一番緑がある場所、第三地区ギルド次元門広場(通称、広場)だ。

 

 ここは第三地区では唯一の一面が芝生で覆われた地域でありそれ以外の地域は、全てがカラカラの砂や、ひび割れているコンクリートなどで覆われている。

 町並みなんてものはあまりにも貧相である。

 

「悪い悪い、すぐ行くよ」


 彼女の言葉を適当に流し立ち上がると、俺は銀色に染められた剣を右足に着けている鞘に収め、未知なる【エネミー】を倒すべく次元門に足を踏み入れた。

 

 ◇◇◇

 

 次元門を潜った先にあるのは広場からそのまま続いたかのような一面の草原、地平線まで永遠に続いていくような圧倒的な翠。

 そしてそんな場所には不釣り合いな小型の【エネミー】。


 【エネミー】とは、日本の首都東京を3つに分ける原因になった生命体だ。

 姿形は個々によって異なり人型だったり角が生えていたり尻尾があったりと種類は豊富だ。そしてそれぞれの個体にはランクが付いておりそれは弱い方からF~SSSと分かれている。

 

 そして今、俺の前で四つん這いになっているのはその中でも最低ランクFのエネミーだ。

 大型のものになってくると何千人もの軍勢で討伐隊を組んで行ったりもするが、これほど小型であれば15才の俺でも討伐するのは容易い。


 さっきしまった剣を鞘から引き出し目の前にいるエネミーに向かって突きだし構える。

 するとエネミーは剣の存在に気づいたのかその四つの足を振り乱しながら一直線に走り出した。

 

「ふっ……」


 俺は走って来るエネミーを見つめながら息を吐く。


 エネミーの動きに規則性はなく滅茶苦茶な動きである、だがしかし向かってきている点がここであるのならやることは一つだ。思うが早し俺は剣を後ろに構え体勢を低くする。

 突如として飛び上がったエネミーに向かって流れるような剣筋で今まで溜めていた力を一気に解き放つ。

 そして向かってきた力をそのままに俺の剣によってエネミーは真っ二つに切り裂かれる。


 ……なんてことはなく。


「イヤァァァァ! やっぱ無理ィ!」


 俺は飛び込んで来るエネミーに背を向け一目散に駆け出していた。

 

 逃げた理由はただ一つ。恐いんですよ、はい。

 このエネミーは顔はブタで体は狼というキメラ型だ。俺は小さいとき近所の犬に腕を噛まれてからと言うもの、見事に動物恐怖症になった。虫は大丈夫なんだが。

 なにもエネミーはキメラ型(動物)だけではない。虫型や無機物型、そして液状型などがあり、俺の場合は、それでなければ100%の力を発揮することができる。だが今目の前にいるのはまさしくそれ、全く以て俺の専門外だ。あぁもうほんと恐い誰か助けてくれよー。

 

 俺が悲壮感MAXの顔をしてただひたすらに逃げ回っていると、遠くから大地を駆け抜け音が聴こえて来る。

 その音は徐々にこちらに近づきバキィィイン! という金属音がしたと思うと獣の断末魔が辺りに響き渡った。 

 

「なんて顔して逃げてんのよっ! 私がいないとほんとダメダメね、ソウマは」


 右足の下にはさっきのキメラ型エネミー、右手にメイス、頭部を除いた部分を金属製のアーマーで包み黒髪をなびかせる彼女はにやにやとした笑みで俺に向かってそう言った。

 そしてそれに呼応して俺も声を放つ。

 

「おぉ、ミリ助かったぜ」



 ◇◇◇◇



「はいっ! クエストお疲れさまでした! それではギルドカードの提出をお願いします」


 クエストカウンターにいる受付嬢の洗礼された高らかな声が鼓膜を揺らす。

 さっきのエネミーを倒してから早5分、俺とミリは新東京都第三地区中央ギルドの下級エネミー専用クエストカウンターの前に戻ってきていた。


 このギルドと言うものは、もはやエネミーを狩るための奴隷と化した俺たち第三地区の住民に仕事を与えてくれるすなわちハロワ的なところである。15才でハロワとか悲しいがこの状況では仕方ないとしか言いようがない。


 そしてここは荒廃した第三地区からすると一つ浮いているような所でもある。もちろん物理的ではない。

 まず大きさからしてあり得ない。天井のある建物の癖に野球場が2つは余裕で入ってしまうようなロビーなのだから。しかもなぜか床は第三地区では手に入れることは不可能なはずの大理石で出来ていて天井までの高さなんてSランクのエネミー(20メートル超)が自由に行動できるだけの大きさはある。

 廃屋だらけのこの第三地区でこれだけのものがあると目立ちすぎる。


 バーを思い起こさせる長い木の板で仕切られたクエストカウンターに俺は白い、ミリは黄色いギルドカードを置く。

 それを受付嬢の白い手が流れるように近くに置いてあった機械へと吸い込ませる。


「えーと、Fランクのエネミー30体の討伐クエストでしたね。クリアが確認出来ましたので報酬の30Zをどうぞ!」


 Fランクエネミー一体で1Z、それを30体だから30Z単純な計算だ。ここでのお金の単位は日本であるのにも関わらず円ではなくZである。


「はぁ」


 あまりの少なさに俺とミリは溜め息を溢した。あれだけやって30Z、パン一つが5Zであるから二人で一日1食だとしても三日しか持たない。俺が逃げないで戦えばいいって? それは俄然無理な話だ。恐いものは恐いこんなのは常識だからだ。

 すみません嘘です。ごめんなさい反省はしているんです。


 お金を受け取ったミリがコイン状の銅色に染められたプラスチックを音にもならない音で30枚空の財布へと追加する。

 ここら辺は別に電子マネーとかの方が早いんではないかと思う。だがそんなこと下級市民それも討伐者ハンターのクラスに値する俺が言ったところで何の影響力もないのでそんなことは口にしない。


「次はギルドカードに討伐数の変化を書きますのであちらの機器の―――」 


「はいはい、分かってますよ行きます行きます」


 受付嬢が話をしている間に逃げてしまおうと足を反転させた矢先俺の耳はミリに掴まれていた。


「とかなんとか言っちゃってーどーせ今回も逃げるつもりだったでしょうが」


 唖然としている受付嬢を置いておいてミリは俺に話しかけてくる。もちろん笑顔で。

 俺は知っているこの笑顔の時のミリの怖さを恐ろしさをこの顔のときは言われた通りにしておくのが吉だ。何よりも今大切なのは体だからな。


 討伐数のチェックは俺の嫌いなものNo.3だ、こればっかりはミリに負けちゃうからなぁ。だからいつも通り逃げようとしたのに……。

 まぁでも気になってる部分もあるっちゃあるけど……。


 耳を掴まれた俺は渋々ずらっと横並びに設置されたATM型の機器の前に立った。

 これは【ランクチェッカー】と言う自分の討伐数によって算出されるランクを確認するための物だ。


『ギルドカードを挿入してください』


 ランクチェッカーから発せられた女性のアナウンスに従いしかなーくギルドカードを差し込んだ。


『読み込み中……読み込み中……ギルドカードの更新が完了しました。』


 【ランクチェッカー】から俺のギルドカードが出てくる。出てこなければ良いのに。そう思いながらも恐る恐るギルドカードの裏面を確認した。



 ランク【F】討伐者ハンター弥琴颯真みことそうま 

 合計討伐数1066体

 キメラ型・120体 

 虫型・372体

 無機物型・291体

 液状型・283体


 分かってはいたけどランクに変化はなく、俺のランクは最低ランクのF。やっぱり見なきゃよかった。

 でも変化しているところはあった、キメラ型の討伐数が30だけ増えていたのだ。俺が精神的に倒せないキメラ型のエネミーだがミリとパーティーを組んでいるためかミリの討伐したキメラ型の数も俺に加算されている。よって前回までの討伐数が90だった俺が120になったと言うわけだ。ほんと頭が上がらないっす。


 そしてそれは俺がランクチェックが嫌いな理由の一つでもある。俺の討伐数のほとんどがミリとパーティーを組んでからの物でそれもミリが討伐した数で溢れている。

 俺のプライドはズタボロである。なんで俺なんかとミリはいつも一緒にパーティーを組んでくれるのだろうか。ありがたいけどなんか悲しい。ただ単に幼馴染みってのもあるだろうがやっぱり分からない。


「やっぱりランクは変わってなかったよ」    


「気にすることないわ、これからよこれから! じゃあ次は私の番ね」


 そう言うミリは【ランクチェッカー】にギルドカードを差し込む。読み込み、そしてステータスの更新が完了しギルドカードが出てきた。出てこなきゃ……これはもういいか。


「やったわ! ランクがDになったの! ほら見てみて!」


 カードを手に持ち嬉しそうにピョンピョンと跳ねるミリ。


「わかったわかった、落ち着けってほらみしてみろ」


 ひらりとギルドカードを裏返し俺はミリのギルドカードの裏をみる。



 ランク【D】鎚矛使いメイサー乾美璃いぬいみり 

 合計討伐数10127体

 キメラ型・5352体

 虫型・531体

 無機物型・4282体

 液状型・962体


 俺と比べるまでもない程の討伐数だ。キメラ型以外ならば俺だって倒すことは出来るがミリは俺の得意分野でも討伐数を遥かに上回っている。それでも虫型と液状型の討伐数が他のキメラ型、無機物型に比べて低いのは、やはり女の子なんだなって安心する。虫とかヌルヌルってのは女の子の敵だもんな。


 ちなみになぜ俺とパーティーを組んでお互いに討伐数が加算されるシステムなのにミリの方が討伐数が多いかって? それは簡単。強いってのもあるがミリは俺よりも早くハンターを始めたからである。俺がハンターになったと聞いて今までのパーティーと別れて最近(数ヶ月前だが)俺とパーティーを組んだのだ。前のパーティーにいた方が確実にZを稼げたと言うのに、ミリはバカだなぁ。


「ハイスゴイデスネー。オメデトー」


「なんでそんな他人行儀で棒読みなのよ。殴るわよ」


「へっ! これだから最近の女子はダメなんだよなぁすぐ殴る殴るって君はボグッ!」


 しまったついいつもの癖で煽ってしまったと思ったときにはもう遅く。脳天をかち割られるかのような痛みに俺は悶絶する羽目になった。


「もぅ、ソウマはコツコツ討伐していけば良いのよ。その……わわっ、わ私と一緒に!」


 どうやらさっき俺を殴った鎚矛使いメイサーの彼女は慌てているようだが俺はそんなことは気にせずギルドカードを裏返しその表面を見る。そうなんだかんだ言って少し気になっていた【ステータス】を。

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