第8章

8-1

 夜になる。二度目の雪が降り始めた。

 なだらかな兵陵が続く。重なる丘の切れ目に、壊れた屋根が見えた。裸の黒い木が並ぶ。星空が見えない。黒く染まっていた。音のない場所だった。

「村――。なのか?」とエリオット。

「もう人はいないんだろうな」

 アンナが言った。

 近づいた。かつて村だったらしい場所へ入っていく。

「ここでいいのか?」

 エリオットが言った。

 人が消えてどれくらい経つのか。捨てられた家屋、壊れた納屋、木材、雑草、雪と土が溶けた泥。

「ここだよ。あたしはこの村にいたんだ」

 デイジーが言った。

「あたしの生まれた村もなくなってた」とニーナが続く。「魔導の才能があったから、小さい頃に役人に連れられて街の学校へ行ったの。それから大学を辞めさせられるまで一度も戻れなかった。辞めた後、戻ったら村はなくなってた」

「それで今度は毒にやられたのかい。あんたも大変な人生だねぇ」とデイジー。「まぁここはそういう国さ」

 ミッドガルド生まれのエリオットにはない感覚が、サウスターク生まれのデイジーとニーナにはあるらしかった。

「ここに戻るのは初めてか?」とアンナがデイジーに尋ねる。

「そうだよ。一度もここには来なかった」

「そういえば誰かが待ってるはずじゃなかったのか? デイジーを引き取る信頼できる人ってのが」

 エリオットは釜の中に話しかける。

「そんなのは端からいないよ。その男ってのはラグナルで、あいつは後から私たちに合流するつもりだったのさ」

「だがラグナルは見当たらないぞ」

 アンナが言った。

「そういうこと言うなよ」とエリオット。「少しは考えろ」

 たぶんラグナルはもういない。

「両親が殺された場所は?」

 アンナがいった。黒い髪に粉雪が付着している。

「この先だよ」とデイジー。「この先さ」と繰り返す。「この先にある納屋だよ」

「あぁ、そこか」

 柔らかな光を空に放つ場所があった。明らかに自然の発光とは思えない。

「あんたの両親が死んだとこ、わかりやすくていいな」

 エリオットが言った。「あれなら迷わない」

「ねぇ、口の利き方ってもんがあるでしょ?」

 ニーナが言った。「もっと慎み深い言い方しなよ」

 アンナがこれみよがしに笑みをこぼしていた。

「お互い様だ」とエリオット。

「意味わかんない、その言い訳」

 ニーナがむくれる。

「とにかくアントーニオはあそこだろ」

 あの光は惑星の書を使っているからに違いない。

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