2-5

 街の門を抜けた。夜の門は閉じられているのだがオルソンが手配をした。司祭の仕事は信仰だけじゃないらしい。

 馬に乗り、廃墟の旅籠を目指す。森の中だった。木々の枝が邪魔をして月明かりだけでは心もとない。松明を焚いたが、それも十分ではなかった。だがこの旅はずっとこんな調子だ。寒さを凌ぐための外套がはためく。先を行くのはアンナだった。

「道は合ってるのか?」とエリオットが聞いた。

 馬を叩いて追いつき、並走する。

「お前はどこか知ってるのか?」

 アンナが言った。

「知らない。何も知らない」

「無知なまま心配だけする人生は楽しそうだ」

「あんたが教えてくれなかった」

「物欲しそうな顔してればなんでもかんでも手に入るとでも? そんなこと言っていいのは美人だけだ。お前はどうだ? 汚いおっさんだろ。犯罪だぞ、口に気をつけろ」

「もうやめてくれ。これ以上は耐えられない。自殺する」

「二度と私に意見するな」とアンナが言ったところで、馬の手綱を緩めたことに気づいた。

 エリオットも足並みをそろえる。

「どうした?」

 完全に馬を止める。だがエリオットにも何が起きているのかはわかっていた。

 気配がした。

 人間の気配だ。

「お客さんだな」とアンナ。

「あんたの友達か?」

「お前の友達かと思った」

「ってことはこれから友達になるのか」

 囲まれていた。

 前後左右、伸びる木々の後ろから黒い影が出てくる。

 枯葉を踏む乾いた足音。暗闇に潜ませている息遣いが、エリオットとアンナに向かって密集していく。月の光を反射させたのは黒い影たちが持っているナイフだった。

「あちゃー、凶器持ってるよ」

 エリオットは天を仰ぐ。「絶対に友達になれない奴らだ」

「お前ら私たちを殺す気か?」

 アンナの物騒な質問。

 誰も答えない。

「あんたにしては間抜けな質問をしたな」とエリオット。「そうに決まってる」

 見渡す。動きや音から察すると確実に五人はいる。

「お前が三人だ」とアンナ。

 松明を渡された。受け取る。

「残りの二人は?」

 エリオットが言った。

「残りは四人だ」

「たくさんだ。嬉しいね」

「行くぞ」

 アンナが馬の脇を蹴った。暴走した馬が突っ込む。アンナは飛び降り、闇に紛れた。誰かを鈍い殴る音。まず一人か。

 今度はエリオットに鋭い足音が迫ってくる。松明を持っているからいい的だ。

「クソ。そういうことかよ」

 アンナからの宿題は三人。脇の剣を抜いて、飛び降りた。相手が来る。松明を振り、距離を詰めさせない。揺らめく炎に照らされ、一瞬、暗闇に汚い顔が浮かぶ。無精ひげ、一重の細い目。これで顔がどこにあるかはわかった。

「悪いな」

 首を斬る。鮮血が噴出した。暗闇で迫ってきていた足音が止まった。目は慣れている。いくら暗闇でも全てが見えないわけじゃない。

 前に一人。もう一人は後ろだろう。挟み撃ちだ。

「賢いな」

 エリオットの実力を知って、間合いを広げたのがわかる。エリオットは松明を持って回転する。前後を取られていた敵二人が、左右に対峙するように身体を翻した。今度はこっちからゆっくりと間合いを詰める。まずは左の奴だ。

 敵の足元が照らされた。

「そこか」

 さっき落とした顔を蹴り上げた。敵は身を翻して避ける。だがそのおかげで動作を一つ分損をしている。エリオットが先手を取った。首を落とす。

「二人目だ」

 右にいた奴が迫ってきた。もうすぐだ。斬撃を剣で受け止める。向こうはナイフだ。軽い。片手で、松明を顎にぶつけた。相手は思わず顔を摩りながら、後退。一気に詰めて、首を斬った。

「一応、元死刑執行人なんでね」

 エリオットは、首のない死体の横に落ちている松明を拾った。エリオットは素手での喧嘩は滅法弱いが、武器を持てば一味違う。剣、斧、鞭、ノコギリ、槌、罪人を処すためあらゆる武器に精通していた。

「終わったか?」

 アンナが姿を現した。

「俺は生きてる。そっちは?」

「全員、殺した」

「物騒な女だ」

「土産だ」

「頼んでないぞ」

 ナイフを放ってきた。足元に落ちる。橙に染まる刃。モロウ・リー盗賊団の意匠が刻まれていた。

「パントに裏切られたのか」

 周りに並んでいる死体はモロウ・リー盗賊団。目的は簡単。エリオットとアンナの暗殺。

「かもな」とアンナ。「友達を作るは難しい」

「約束してた旅籠には行くか?」

「必要ないだろ。きっと誰もいない」

 アンナが言った。頬に返り血がついている。「それよりもパントの店だ。奴に話を聞きに行くぞ。そっちのほうが展開が早そうだ」

「はい。来た道を帰りましょう」

「随分派手に殺したんだな」

 アンナが首なし死体三つを見て言った。「慈悲はないのか」

「あんたから慈悲なんて言葉を聞くとはな」

「私は、首は斬らなかった」

「引き千切ったんだろ?」

「よくわかったな」

「マジかよ。気分悪くなったわ」

 馬に乗った。街へ戻る。

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