クジ運最悪な俺が作る最高の人生

あやぺん

クジ運最悪な俺と未来からきた少年少女

ちょっと視点を変えたら世界は変わる


 それが俺の答え


***


「あーおかえり」


 俺の素晴らしい金曜の夜に訪れた、珍妙な小さな来客。というか不法侵入者。ごく当たり前にソファに座って、俺の聖書バイブルドラえもんを読んでる男子。隣で体育座りをしているのはキャプテンを読んでる女子。少年は白い髪に赤い瞳。アルビノってやつだろう。顔立ちからして日本人じゃない。少女は黒髪ロングのこけしヘア。こっちはどう見ても日本人。二人とも小学5年生とかそんぐらい。


 つまり、誰だこいつら。


  散らかった部屋にいつも通り疲れた体で帰宅したらこれって、ドッキリかなんかか?確かそんなテレビ番組あったな。珍妙怪奇な事象を提示してからかう、はたから観ると笑えるバラエティ。乗ってやるか素直な反応をするかどうするか。


  床に散乱した漫画。テーブルに広げられた常備食のタッパーは無情にも空。ベランダに干してあった洗濯物は畳まれていなくてもベッドに積まれている。小雨が降ったので取り込んでくれたらしい。遠慮は無いが悪い子では無いようだ。そういう設定?


「あのさ君たちここで何して-……。」

「思ったより老けてんな!」


俺の言葉を遮ると、少年は叫んで俺の足元までやってきた。生意気な口調に似合う猫みたいな丸いつり目。メチャクチャ楽しそうな笑顔。


「少年。目上の人にそんな-……。」

「おっさん凄いから良く聞けよ!」


 またまた言葉を遮られた。ソファ座っていたトモがゆっくりと立ち上がり少年の隣まで移動してきた。ぎこちなくて足が悪そうな歩き方。


 俺はスーパーで仕入れた缶ビールの入ったビニール袋を握ったまま、キッチンとリビングの境に棒立ちしていた。何から聞いて良いか判断不能。働きすぎて頭がおかしくなったのか俺。


「おめでとうございます。あなたは・・・・・・世界の救世主に選・・・・・・ばれました!」


 少年の発言は用意された台本を喋らされているかのうに棒読み。少女がこれまた演技くさい拍手をした。普通は驚くとか馬鹿にするとか色々あるんだろうが、俺の脳裏には別の単語がよぎった。選ばれる、選択と聞くと条件反射のように浮かぶ単語。


「リアクション薄っ!おっさんもっとこう、ナンダッテ⁈とかハイハイくだらないとかこうあるだろ?ドラえもんが現れた時ののび太を見習えよ!」


 もの凄いふくれっ面で少年が地団駄を踏んだ。


「それより教えてくれ」


 俺はスーパーの袋から出した黒い星の描かれる缶ビールを開けようとしたが、開けられなかった。またか。


「それより?」


 少年が首を横に倒した。続いて少女も真似した。


「俺が救世主に選ばれた理由ってさ」


 今度はつまみにと買ったミックスナッツの大袋を出して開けようとした。やっぱりか、と一度手を止めた。


「理由?クジ……だよ」


 少年の発言に俺はうな垂れた。プルタブの無い缶ビール、チャックのついてないミックスナッツの大袋。俺はポケットからコンビニで貰った期間限定のスピードクジを取り出した。


「何それ?見せて!見たい!何それ!」


 何の変哲もないスピードクジにキラキラした羨望の眼差しを向ける少年。愛嬌たっぷりで眩しい笑顔だったので素直に渡してやった。しかし、ここまでくると笑うしかない。


「商品か応募券が当たります?んー、よし開いた!」


 ペリペリとスピードくじを開けた少年が手元を不思議そうに見つめる。


 白紙。


 俺は腹を抱えて笑い出した。救世主にクジで選ばれるはずだ。何せ俺の運はとてつもないからな!


***


 ハズレなしのクジを引けば必ず白紙を引き、御神籤おみくじは常に大凶、ビンゴに穴は現れない!


 自他共に認めるクジ運最悪の俺が引き当てた救世主の役目。今までの運気は全部このため、人生最大の大当たりにしてやるからな!


 ヤケクソ気味に笑い続けた俺の足がった。


「おっさんってよりジイちゃんだな」


 足を抑えて蹲うずくまる俺の前にしゃがんだ少年が、悪戯っぽく、そして嬉しそうにニッと歯を見せた。


***


 クジ


 正負や順番などが割り当てられる対象を、情報をあらかじめ与えずに選択させること。

情報は見えないように封入されていてもよく、選択の後に無作為な手段で内容を割り当ててもよい。


 通常、くじ引きの確率はくじを引く順番に関係なく平等。


 確率保存


 通常、平等


 平等・・・・・・


 でも俺は28年間生きていて人生で当たりを引いたことがないぞ!どーなってんだよ!「俺は三億円でも十億円でも当てられる男だ!」と毎年買っている年末宝くじに番号が記載されていた事はない。解せぬ。


 しかしついに俺の時代がきた!やっぱりそうさ、ハズレばっかりなんてあるはず無い!俺のおそろしいまでの最悪のクジ運は、ビッグチャンスのためにあるんだ!


***


 カメラも無いし「ドッキリ!」なんて看板も出てこないので、俺はコンビニへ戻って夕飯を仕入れる事にした。告げられた言葉はあっさり受け入れる。なぜってくじ運の悪さから珍事ばかり目の当たりにして出来上がったサッパリ男。顔も塩顔、それが俺。


「なあマジで信じるの?」


 ノブの方が半信半疑そうである。未来から来たという少年少女は、俺のスーツの裾を握ってキョロキョロ物珍しそうにコンビニを眺めていた。


「おー信じる信じる。帰ったら聞いてやるよ。あーあ腹減った。ったく未来からやってきてもいいが俺の飯を食い尽くすのは許せん。没収!」


 折角の彼女の手料理を食らわれた俺はちょっと怒っていた。ノブが買い物カゴに入れようとしたポテトチップスを奪って棚に戻す。


「あー!」


「あーっじゃない!ったく厚かましいなお前は。トモを見習え」


 前言撤回。腕にお菓子を大量に抱えているトモに俺は顔を引きつらせた。ノブが感嘆の眼差しをトモに向けて俺を見上げて笑った。


「太っ腹!じゃあ俺も!」


 買い物カゴにはお菓子の箱と袋が山積みになった。そしておにぎりも弁当も無かった。残ってたのは俺が嫌いなパスタだけ。結局お菓子と飲み物しか買わなかった。白紙のスピードクジを店員に見せ結果、納豆巻きをゲットした。これが俺の夕食。クジ運が悪くても俺はちょっとラッキー。というか納豆巻きはどこから出てきたんだ?


***


 夕食は楽しいお菓子パーティー。小学生の頃姉と弟とホラー映画を観ながら、毛布に包まって騒いだ夏休みを思い出す。今と同じようにテーブルにお菓子を並べていた。俺は缶ビールでノブとトモはコーラで出会いに乾杯した。


「で、未来からきてくじで選ばれた救世主の俺に何させたいのお前ら?」


 まだそんなに信じていないのだが、信じている方が未来は明るい。なぜって単純に面白そうで楽しいから。この状況は疑うよりも信じた方が絶対得。しかし金は減った。


「よくぞ聞いてくれた!」


 ノブがコーラのペットボトルを握った右手を天井に伸ばしてベッドに登ってピョンピョン跳ねた。俺はノブの太腿を叩いた。


「それはダメだ。やるならソファな」


 俺はちょっとマナーには煩いぞ。ルールは独断と偏見だけどな。


「頭かたっ」


 不服そうではあるがノブはソファへ飛び移った。ちっとも言うことを聞かない甥っ子とは違って聞き分けは良いようだ。


「ある人と結婚するとその子供が世界を救うんだ!キミはそういう遺伝子配列だ!おめでとう!」


 スッと立ち上がったトモの目がピカリと光った。空中に映画でよく見るような映像が現れる。遺伝子の螺旋がクルクルとミラーボールのように回った。未来からきたのは本当のかもしれない。


「やっぱり信じてなかったんだろう。トモはアンドロイドなんだぜ」


 得意げにトモを指差したノブ。


「アンドロイドかあ。それで何?ノブは俺の子供とか?」


 タイムマシン物のお約束話だろうと俺はノブを見上げた。目を丸めてポカーンと口を開けてノブはしばらく停止した。


「何で分かるの?」


「お前ドラえもん。僕のび太的な」


 俺って頭良いだろうとドヤァと胸を張る。ただの当てずっぽうなのにノブは尊敬の眼差し。世界を救う子というには違和感がある。

見た目は特殊だが中身はただのガキにしか思えない。


「で、"救世主を作る救世主"に会いに来た俺の未来の息子は、俺に何させたいの?」


 もうすぐ結婚予定の俺には猫型ロボットは必要ない。猫といえば藍子あいこ。そういえばノブの目は藍子あいこにそっくり。ではノブの外国人オーラはどこから来たんだ?


「何も。普通に見てるだけ。見守りにきたんだよ。もうすぐ結婚するんだろ」


 説明したかったことを俺が奪ったせいか、ノブは不貞腐れている。つまらなそうにソファに腰掛けてテーブルの皿の上にタケノコ型のチョコを並べた。おまけに「キノコの時代は終わりだ」と小芝居をはじめた。


「運命の女は別にいる!その人と結婚しろとかじゃないのか?」


 俺はキノコ型のチョコを箱から掌に出した。ノブの小芝居に参加しようと準備する。


「今の人でいいよ。母ちゃん俺を産んですぐ死んじゃうんだ。他の人なら死なないかもしれない」


 寂しそうに萎しおれるノブ。トモが優しく頭を撫でた。同情しているような表情で黒い瞳には親しみ強い光。これがロボット?


「それだとお前生まれないじゃん」


「未来の俺がセワシ理論って言ってた。だから大丈夫!」


 俺の指摘にノブは自信満々の笑顔で答えた。未来の俺。大人のノブ?大人ノブには陰謀めいた匂いがする。なんか全然大丈夫じゃなさそう。勘だけど。


「俺このままここで暮らすんだ。父ちゃんがもうすぐ死んじゃって一人になるから帰らない」


「は?」


 仁義なきタケノコ対キノコ戦争!と思って、たけのこ型のチョコの前に並べる予定だったきのこ型のチョコが、俺の手から溢れてコロコロ転がった。トモがチョコを拾って口に入れた。これで本当にロボットなのか?


「タイムマシンを作って会いにきた未来の俺が教えてくれた。それでここに連れてきてくれた。だから俺もう帰らない。父ちゃんと一緒に暮らす」


 さっきまでの威勢は何処へやら、ノブはしょぼんとソファから降りてカーペットの上で体育座りになった。隣にトモが同じように座った。


「どうした?未来に何があるんだ?」


「これから先の俺の人生は全然楽しくないんだって未来の俺が教えてくれた。俺も見た」


 涙目の上目遣いで俺を見つめてノブが震える声を出した。


「父ちゃん事故死するんだって。もうすぐ死んじゃって俺は一人ぼっち。しかも最終的に監禁されるんだって!悪い企業に!そんなの嫌だ!」


 支離滅裂。俺が救世主の親って話は何処に消えた。ノブが未来に帰らないとヤバイんじゃないのか?


「じゃあタイムマシンでその事故を止めれば良いだろ。両親は死なない、世界も救われて幸福ハッピー


 俺が軽く言った瞬間、この世の終わりと言わんばかりにノブが泣き出した。


「直せないバグのせいで事故の日に"だけ"行けないんだって!ピンポイントでそこだけ!」


 さすが俺の最悪なくじ運の遺伝子。予想と違う話になってきて俺は途方にくれた。


「俺、こっちで努力して立派な科学者になるから父ちゃんと一緒にいたい。帰りたくない!」


 うわーんと泣き出したノブと、涙を流さずに泣き声も出さず、でも泣いている表情のトモ。大人ノブは何考えているんだ?時代がズレても世界を救うには支障が無いのだろうか。それとも世界を救いたく無いのだろうか。俺、いきなり子持ちになる訳?藍子あいこは受け入れてくれるだろうか。


 ピンポーン。


 インターホンが鳴ったのでモニターを確認すると藍子あいこだった。タイミングバッチリじゃん!と思ったが藍子あいこは夜勤じゃなかったっけ?見たことのない険しい顔をしている。俺が玄関まで行って扉を開けた途端、藍子は勢いよく靴を脱いで寝室へと続く廊下をズカズカ歩いた。非常に珍しいくらい怒っている様子に面食らう。


「本当だ……」


 藍子がノブとトモを見つめて小さく呟いた。トモを見つめていた藍子のくりくりとした大きな猫目にみるみると涙が溜まった。


「子供がいるなんて聞いてないよタカちゃん!しかも浮気してるなんて!裏切り者!」


 藍子は鞄から何かを取り出すと俺に投げつけた。左手の薬指から俺の努力の結晶が床に叩きつけられた。藍子はクルッと背中を向けてアパートから出て行った。床に広がったのは写真だった。俺が女の子を抱いてニコニコ笑っている。よちよちハイハイする女の子を眺めている。トモにそっくりだ。何だこれ?それから俺が顔の見えない長い黒髪の女とラブホに入る姿。そういう写真が沢山。どうやって撮った?


 どっかの誰かに濡れ衣を着せられて、自慢の嫁を手に入れるはずが婚約破棄されそうな俺。絶対許さん!しかし一体誰の陰謀だ?心当たりとしては俺のロクでもない両親に藍子の半ストーカー幼馴染。いや違う。こんな写真を奴らが作れるわけがない。大人ノブだ。クジ運は悪いが俺の勘は鋭い。


 こうして理由不明だが藍子あいこと別れさせたい大人ノブ(決めつけ)と、藍子あいこと結婚したいクジ運最悪な俺の仁義なき戦いは幕を開けた。


 最初にした事は……!


 ノブと映画を観て床で寝た。

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