第25話:Here I Go Again

 目が覚め、僕はゆっくりと身体を起こす。

 そして、頭の中がクリアになって来た所でベットから起き出し、カーテンを開けると、眩いぐらいの朝日が僕を迎えてくれた。

 窓を開け、少し肌寒い新鮮な空気に入れ替えると、大きく背伸びをしながら深呼吸をした。


『とうとう来た。今日、シェリーに会える』


 僕の頭の中は、その事で一杯だった。


 机の上には必要な機材がバックの中にすでに入れられていた。

 スタンドに立てかけられているギターは、じっと僕の事を見つめていた。


『早く歌わせてくれ!』


 と、うずうずして仕様しょういといった感じだった。

 僕は、すっとギターを取ると、肩に担ぎながら机の椅子に座った。

 そして、軽くスタンドバイミーを弾いて自分で歌う。

 気分転換にと、岡部先生から歌詞の発音を教えてもらい、弾き語りが出来るよう、こそっと練習していたのだ。

 今では、スムーズに歌いながら演奏できる。


 ♪:Darling darling stand by me

   Oh, stand by me

   Oh stand, stand by me, stand by me:♪



 ♪:ねえダーリン、僕のそばにおいで:♪


 僕は目をつぶりながら、大きな声で歌い始めていた。



♪・♪・♪



 シェリーが来る時間のまだ2時間も前と言うのに、ほぼ全員がクロスロードのホールに集まっていた。

 この人だかりの中には、岡部先生や楓もいる。

 岡部先生は奈津子さんと何やら楽しそうに話をしていた。

 やっぱりバンド経験者たちは、馴染むのが早いみたいだ。


 サン・ハウス店長の藤本さんは、マディさんとまだお昼過ぎだというのに、既にカウンターで飲み始めていた。

 藤本さんはビールをジョッキで、マディさんはウィスキーをグラスにロックで飲みながら、話をしていた。

 カウンター奥の小さなCDデッキには、BB・キングのアルバムを小さな音で流しながら雰囲気を楽しんで様ようだった。

 BBのノリの良いブルーズが、僕の耳にも心地よく聞こえてくる。

 ……全く、完全に僕はこの人たちに洗脳された様だ。

 そう思うと、自然とにやけてしまう僕が少し可笑しかった。


 カウンターの方を、そんな事を思いながら見ていると、楓が僕の手を引く。

 楓はちょっと上目遣いで、


「ここがライブハウスなんだ」

「結構ステージと席が近いっていうか、一緒だね」


 と、きらきらした目で僕に問いかけた。


「うん、開店時間に来た時もあったけれど、すごい音量でね、びっくりしたよ」


「そうなんだ」


「でもみんなとても熱くノッていて、一体感が凄かったよ。」

「小さい頃、楓のピアノ発表会見に行ったことがあるけど、それと全然雰囲気違ってびっくりしたよ」


 僕がクスクス笑いながらそう言うと、楓はちょっとふくれっ面で、


「あたりまえじゃない! それ位分かるわよ」


 と言いながら、ぎゅっと僕の左手を握ってきた。


「え?」


 そう思った瞬間だった。

 ワゴンちゃんが、


「こら! そこの浮気者!!」

「ダメじゃない、シェリーちゃんの居ないうちに他の女の子と仲良く手を繋ごうとしちゃ!」

「カエデちゃんも誘惑しないの!!」

「私も本当はとっても手を繋いだり、抱きしめたり、キスしたり、夜二人っきりになって翌日の朝、二人で朝日を浴びたりしたいのを我慢してるのに!!」


『な、なに言ってるの? ワゴンさん!』


 と僕は妄想し過ぎのワゴンさんのセリフにびっくりしていると


「えへ、バレちゃったか」


 と、楓は苦笑いをして僕の手を放し、ワゴンさんの所に行った。


 楓に一月の下旬頃、


「一度サン・ハウスという楽器店に連れていってほしい」


 とせがまれた事があった。

 僕は、ちょっとドキドキしながらも、サン・ハウスに連れていき、いつものメンバーに紹介した。


 初めは、ワゴンさんと楓は険悪な雰囲気だったが、ワゴンさんが楓の


『僕への好きな気持ちと決意』


 を聞いたとたん、いきなり泣き出しながら楓を抱きしめて、


『私わかる~!!カエデちゃん、いつでもつらい時には此処においで。もう私たち親友よ、というよりアユム奪還作戦の戦友よ!!』


 といきなり仲良しになってしまったのだ。

 この二人がタッグを組んでしまった事により、より一層僕の貞操の危機が迫ってきたような気がした。



♪・♪・♪



 僕は、ゆっくりとカウンターからホールへと全体を見まわした。

 集まったみんなが仲良く話している雰囲気を見ていると、なぜか幸せな気分になれた。


「どうした、アユム。ボーとして」


 シバさんが話しかけてくれた。


「いや、初対面の方もいるというのに、みんな溶け込むのが早いなあと思って」


 僕はニコニコ笑いながら話した。


「そりゃそうだろ、みんな音楽経験者なんだから」

みんな、ムーのただ一筋な思いに共感しただけなんだよ」

「今日は思いっきり、演奏楽しまないとだめだぜ」


 シバさんはそう言うと、軽く拳を僕の胸に当てた。


「じゃ俺、岡部ちゃんの所に行ってくるわ」


「シバさん、変な誘惑しないでくださいよ」


「邪魔するなよ、アユム。やっと俺にも春が来たような予感がするんだ。」

「お前はとっくに春が来てんだからな! 分かったな!!」


 シバさんは僕の方に、指をさしてそう言うと、まっしぐらに岡部先生の所に行ってしまった。

 まあ、一緒にいる奈津子さんが上手くかわしてくれるだろう。

 岡部先生の所には柿崎さんも混ざって話をしていたらしく、シバさんの


「柿崎! 何先輩をさし置いて先に手を出してんだ!!」


 と言いつつ、柿崎さんに飛び蹴りを入れていた。


『全くシバさんは……』


 僕はそんな姿を見て、笑いながらもあきれていた。


「シェリーと出会わなければ、こんな雰囲気も味わえなかったんだろうな」


 しみじみと心の中でその言葉を噛みしめていた。



♪・♪・♪



 シェリーがクロスロードの扉を開ける。

 奥に入り、カウンターでゆっくりウイスキーグラスを傾けているマディに、挨拶をしていた。

 その後、話が一段落した所で、マディさんにこれから何があるのか、いているようだった。

 その瞬間とき、マディさんがおもむろにステージに向かい、ウィスキーグラスを上に挙げた。

 それに合わせて、ドラムロールが始る。


 今日、善意で手伝ってくれている、チーフスタッフの木島さんと、もう一人の方が、スポットライトの操作とミキサーを担当してくれていた。


 ドラムロールが終わると同時に、シェリーの元バンドメンバーとワゴンさん、そして僕が照らし出された。


 シェリーはただ茫然として、僕たちの方を見ていた。

 開いた口を閉じることも出来ず、ただ両手で口を押えるだけだった。


「お久しぶり、シェリー」


「え、ええ?!」


 シバさんや奈津子さん、柿崎さん、ワゴンさんはクスクス笑い出した。

 そして、客席で立っている店長や楓たちを見て、シェリーはただ呆然とするのみだった。


「なんでみんな…… いるの?」


「シェリー、みんなシェリーの為に集まってきたんだよ」


「嘘、奈津子さんや柿崎君まで……」


 柿崎さんがドラムチェアから立って、スティックをシェリーに向けて、


「あたりまえや! 勝手に俺らの思いまで持って東京に行ってもらったら困るで!! ちゃんと了解えないとな!!」


「そうよ、ハナ。いつまでも私たちは一緒、常に現在進行形よ。分かって?」


 シェリーはただ立ち尽くし、両手で口元を抑えたそのままの姿で、ただ涙だけが零れ落ちてきた。そして両手を目元に挙げて涙を拭きながら、


「なんで、なんで……」

「う、うえ、ヒック、ヒック」

「うううううう」


 とうとう本格的に泣きだして、しゃがんでしまった。


 シバは、アユムの肩を叩いた。


 僕はギターをスタンドに置いて、シェリーの元までゆっくり歩いて行った。


「シェリー……」


 シェリーの左側に、寄り添うように片膝をついて、しゃがみ込んで泣いているシェリーの肩に手を置いた。


「アユムに合わせる顔、無いよ……」

「ずるいよ、アユムのバカ」


「シェリーがいきなり居なくなったからみんな驚いたんだよ」


「うん」


「でもね、みんな怒ってなんかいないよ」

「シェリーに、『これからのプロの道を歩むシェリーへのエール』に、そして、『僕自身の此れからの決心』を聴いてもらう為に、曲を準備して練習したんだ」

「聴いてくれるよね」


「うん」


 シェリーは、小さな女の子のように、涙を拭きながら、ただ頷くことしかできなかった。


「これが歌詞。ちゃんと和訳あるからしっかり聴いてね」


 シェリーはその歌詞カードに書いてあるバンド名と曲名を見てかなりびっくりしていたようだったけれど、もう僕は何もかずにその場を立ち、ステージへと戻った。


「今日は沢山の人が、シェリーのプロへの門出の祝福の為、集まりました」

「今から演奏する曲目はWhite snake(ホワイトスネイク)のHere I Go Again (ヒア・アイ・ゴー・アゲイン)」

「シェリーにとっては、今ここから新たに一歩前に踏み出すという意味が込められた歌詞になると思います。そして僕にとっては、今から一人でしっかり歩みだそうと言っている様な歌詞だとも感じています」

「これから離れ離れになっても、僕たちは絶対に別れません」

「それでは、聴いてください。ヒア・アイ・ゴー・アゲイン」


 最後の言葉を言い終わると、ドラムスティックのカウントが始まり、その後にオルガンの音色のキーボードの前奏が始待った。

 優しく、この空間の空気を鎮めるかのように。

 そしてアユムは数と息をのみ、歌い始めた。

 呟くように。そう、愛おしいシェリーにまるで語り掛けるように歌い始めた。キーボードはオルガンの音色で奏でられていて、メロディーが盛り上がるにつれてギターのクリーンで煌びやかなアルペジオが入ってくる。

 そして一気にサビに入った時、ギターはオーバードライブの音に代わり盛り上げてくる。

 歌詞の2番目も終わり、ギターソロはワゴンさんとのツインギターのハモリが始まる。ゆっくりとしたメロディックなソロ。

 エンディングはサビの部分がドラムとベースの強いリズム、荘厳なオルガンの音色のキーボード、そして迫力とブルージーさを出すギター。そしてマイクを両手で固く握りしめて歌い切るボーカル。

 そのすべてが絡み合うヒア・アイ・ゴー・アゲインは、繰り返し、繰り返しこの歌詞を伝えてゆく。


 ♪:もう一度自分の力で旅だとう

   たった一つしか知らないこの道に

   放浪者のように

   一人ぼっちで旅をするのが俺の定め


   俺は決心したんだ

   もう無駄には過ごさないと

   もう一度、もう一度歩き始めよう:♪


 そして曲の最後には演奏と共に、歌も静かに終わりを告げた。


 静まり返るステージ……


 皆がこの曲に吸い込まれていた。


 パチパチパチ


 どこからともなく拍手が始まる……

 そして、聴いていた皆が大きな拍手と共に、ステージに立っているメンバーを讃えていた。


 シェリーは思いっきりステージの方に駆け寄った。一目散に。一所懸命に。


 アユムはギターを床に置き、思いっきり駆け込んだシェリーを抱きとめた。

 床に置かれたギターは小さなノイズを発しながらも抱き合う二人を見つめていた。


 二人は何も言葉を発することはなかった。ただ抱きしめ合い、見つめ合っていた。


 そんな二人には、言葉を交わすこと自体が野暮のようにさえ感じる。


 そして、アユムと見つめ合うシェリーは、


「……もう離れられないわ……」


「……そうしたのはシェリーだよ……」


 そう言い合うと、ゆっくりとお互いの唇を重ねた……



♪・♪・♪



 あっという間の約1時間だった。


 シェリーが居なくなってからは、時間と言うものがこんなにも残酷なものだとは思いもよらなかった。


 でも、今は、


「もうこんな時間?」


 と、時が過ぎるのは早いと思っても、不安がる事などは何一つ無かった。


 シェリーも、1時間という短い時間の中でも、来ていた人達と沢山話が出来たみたいで、とても嬉しそうだった。


 もう、出発しないといけない時間になる。

 僕は、荷物などをクロスロードに預けて、最寄り駅の沼〇駅までシェリーを送ってゆく。

 皆がクロスロードから見送ってくれていた。


 初めて手をつないで歩く。

 しかし、付き合って何年も過ぎたカップルのように、歩く速度から手の振りまで、お互いのリズムを知り合った者同士の様に歩いて行けた。


 沼〇駅まで付くと、その改札口入り口で僕らは止まった。


「もうここまででいいわ、アユム」


「うん、わかった」


 でも、なかなか繋いだ手が離れられない。


「私がいないからって、ほかの女の子に手を出しちゃだめよ」

「まあそんな甲斐性は無いと思うけどね」

「あ、でも楓って子には要注意だわ!!」


「ワゴンさんはターゲットには入ってないの?」


「うふふ、 忘れてた」


 クスクスと笑い合う二人。


 強く、今までよりも強く握り合うその手は、僕とシェリーのハートを繋ぎ止める鎖を象徴していた。


 そんな手も、次第に、静かに、離れてゆく……


 完全に離れた二人は、お互い真剣な顔つきに代わっていた。


「待っててねシェリー」

「僕は必ず駆け上がってゆくから」


「分かってるわ、いつまでも待っているわ。アユム。」


 軽く抱き合った後、シェリーは駅の中に消えていった。


 僕はそんなシェリーの後ろ姿を静かに見守っていた……


 ♪:僕(私)は、いつまでも愛してる

  必ず再び会う、その日まで。永遠に……:♪


 お互いの心は、そう歌い合っていた……





♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪






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