第14話:Stand By Me

「ちょっと、今日は寒いなあ」


 僕は約束の時間よりも少し早く、路上ライブの場所へ到着した。

 ギターのソフトケースを下ろし、ピグノーズのアンプを置く。

 まだシェリーは来ていなかった。


 僕はダッフルコートの襟を立て、両ポケットに手を突っ込んだ。夕方から始める路上ライブの為、手を温めておく為の手袋も準備していたけれど、まだ、ギターケースの小物入れの中だった。


 周りを見渡すと、クリスマス・イブを数日前に控えた休日からなのか、いつより人の流れが多く感じた。


 そんな中、遠くからブラウンのモッズコートを着込んでマフラーを巻いた女性が、一所懸命荷物をもって来るのが見えた。

 ギターケースを肩に背負い、片手に少し大きめのバック、反対には携帯用のガスボンベ式のストーブを持っていた。

 遠めでも“ハアハア”息を切らしてくるのが見えたので、僕は駆け足でシェリーのもとへ駆け寄った。


「シェリー大丈夫?」


「ハア、ハア、大丈夫じゃないわよ、ムー。両手の荷物、持って」


「うん、わかってる」


 僕は手早くシェリーから荷物を預かると、シェリーはほっとした様子で、


「はぁ、ほんの少しでも持ってくれると助かるわぁ」


 と呟いた。

 僕は思わずシェリーに禁句を交えた言葉を言ってしまった。


「そんなこと言ってると、あっという間にオバサンになっちゃうよ」


「なに! ムーめ!! 言ってはならんことを」


 シェリーは後ろから、僕の背中を両手でぽかぽかと連打してきた。


「ゴメン、ゴメン、謝るから許して」


 僕は微笑みながら、ちょっと背中を丸くして歩きながら謝った。


「いや、『若くて美人だね』というまで許さん!」


 シェリーはまだ、ポカポカと僕の丸めた背中を叩いてくる。

 きっと顔を見たら、笑っているんだろうなと思わせるような口調だった。



 ♪・♪・♪



 僕は自分のギターのレスポールに、サンハウスから借りたエフェクターと、ピグノーズのアンプとつなぎ音出しのチェックをした。

 昨日には電池を交換して既にチェック済みなんだけれど、シバさんから『念には念を入れて』と言われていたので、しっかりと手順を守ってチェックしていった。

 シェリーの方を見ると、シェリーも携帯用のストーブもセットし、暖が取れるように早速準備をしていた。

 そして、自分のギターのチューニング。


 こうして一番最初からのシェリーの準備する姿をマジマジと見るのは初めてで、新鮮だった。

 シェリーが自分のギターのチューニングを終わらすと、ギターを肩に担ぎ、


「ムー。まだ明るいし、お互いのチューニング合わせておかない?」


 といてきたので、


「あ、はい、わかりました」


 と、つい敬語で返事してしまった。


「なによ、変に敬語使って」


「いや、いきなりだったから、つい……」


「あんまり年上って思い、させないでよね」


「う、うん」


 シェリーはちょっとつんとした表情をすると、すぐ真面目な顔つきに代わり、


「さ、始めよ」


 というと、ギターの6弦からの開放音から音出しを始めた。

 僕は、エフェクターのスイッチを切ったクリーンな音で、同じ6弦の開放音を出し微妙なずれを合わせてゆく。

 チューニングを合わせながら、僕はちらっとシェリーを見る。

 いつもの真剣なシェリーの顔は、ギターの方を見て下を向いていた。

 綺麗な髪が夕暮れの日差しにあたって、キラキラ光っている。髪の毛一本一本がとても繊細で、風にあたる度にさらさらと揺れている。

 僕は思わず見とれてしまった。


「ムー、音まだ?」


 と急かされて自分の手が止まっている事に気が付いた。


「あ、ゴメン。3弦だよね」


「4弦。もう、なにボーとしてるのよ」


「ゴメン」


 ぼくは、一度頭の中をリセットし、もう一度チューニングに集中した。



 ♪・♪・♪



 もう夕暮れになり、シェリーはいつも通り路上ライブのスタートを切る準備を始めた。ちょうどその頃、サンハウスの店長の藤本さんや、シバさん、ワゴンさんもやってきた。その中には、僕が初めて見る女性がいた。


「よう、ムー、元気か」


「こんにちは、シバさん。みんなそろっての登場ですね」


「もう始まってるのか?」


「あ、もうそろそろですよ」


「アユムちゃ~ん、おこんばんは💛」


 そう言うなりワゴンさんは僕にしがみついてきた。周りにいた一部の人達がさっと引いてゆくのが分かり、とても恥ずかしかった。


「ワゴンちゃん、ちょっと、恥ずかしいよ」


「ほっぺに“ちゅ”してくれなきゃ離さないもん!!」


「ええ!!」


 バシ!!


「いった~い!!」


 ワゴンちゃんはそれでも離れなかった。


「陽介、公衆の面前だ。いい加減にしろよ」


 シバさんは右手で眼鏡の位置を直すと、もう一度頭をひっぱたく準備をした。

 ワゴンさんはさっと僕から離れると、気を付けの姿勢になり、シバさんに頭を下げた。


「ゴメンナサイ」


 この変わり身の早さとくじけない所。

 そこがワゴンさんの良いところなんだけど、ワゴンさんの僕に対するアタック、日に日に激しくなるなあと感じてしまった。

 ワゴンさんはまだシバさんに滾々こんこんと説教を受けていた。

 その時、サンハウスの店長の藤本さんが


「こんばんは、今日は楽しみにしてるからね。歩夢君、よく頑張ったもんね」


 というと、右手を差し出してくれた。


「有難うございます。頑張ります。」


 僕は右手を出して店長と強く握手を交わした。


「こんばんは」


 とても落ち着いた声で軽く頭を下げて、挨拶してくれた女性。

 シェリーよりも少し年上のこの人は、とても落ち着いていた。

 肩まである髪の毛は、毛先が内側に軽くカールしていて、とても印象的だった。

 すこし面長の顔は、薄めの化粧をしていたがリップはちょっと強めの赤とオレンジの中間色のような感じで、正直大人の女性を感じさせる。

 服装もファーのついた襟元のブラックカラーのダウンのハーフコート。

 中には、対照的なオフホワイトの柄のついた長めのワンピース。

 膝頭から見えるブラックのストッキングを穿いた、美しいその二の足は、少しヒールの高い、くるぶしまであるローブーツに彩られていた。


「私は、千葉ちば奈津子なつこと言います。君がシバちゃんの言っていたアユムくんね。ムー君と呼ばれてるのでしょう。私もそう呼んでいいかしら。」


「あ、は、はい」


 僕は真っ赤になって頭を思いっきり下げた。今までこんな綺麗な大人の女性に丁寧に挨拶をされた事なんてなく、どう自己紹介していいか分からなくなってしまった。


「あ、あの、僕は北条歩夢と言います。この度はCDを作っていただきありがとうございます。ぜひ聴いていってください。」


「うふふ、分かったから頭上げて」


「はい」


 改めて頭を上げると、均整の取れたそのスタイルは余計に女性らしさをかもし出していた。

 そんな千葉さんを見ていると、


「私のことは『なっちゃん』と呼んでくれればいいわよ」


 とにっこりとほほえむ。


『そんなの無理に決まってるでしょ!!』


 と思ってると、いきなりシバさんが来て、


「むりむり、奈津子さん。こいつには無理だって」

「俺だって無理なのに。ムーも奈津子さんでいいじゃんか」


「もう、シバちゃんたら。せっかく若い子に可愛く名前を言ってもらえそうで嬉しかったのに」


 ちょっとむくれた顔の奈津子さんも素敵だった。

 そうしていると店長が、


「もうシェリーが歌い始めているよ、聴きに行こう」


 と、みんなに話しかけてくれた。


 僕たち4人は店長と一緒に、いつもより多い観客の中に溶け込んだ。



 ♪・♪・♪



 シェリーは、今年最後の路上ライブとあって、いつもより熱が入っていた。

 クリスマス前なので、クリスマスソングをそのまま原曲の雰囲気で歌ったり、ジャズ風に歌ったりと、バラエティに富んでいた。

 特にワムの「ラストクリスマス」は、軽快なリズムで歌っていた。

 そして、シェリーが、


「今日は、スペシャルゲストがいます」


 と話し出す。


「ここで歌う私を知り、音楽に目覚め、ギターを始めた少年、アユムです!」


 どっと拍手が立つ。

 僕はぐっと込み上げてくる緊張を胸に、シェリーの横に立った。


 頭を下げると、僕は自分のギターを取り出し、アンプとエフェクターのスイッチ入れた。


 そして観客の正面に立ち、


「今晩は、アユムです。僕の夢はここで歌っているシェリーの横でギターを弾くことでした」

「そして今、その夢がかなってうれしいです」

「まだギターを始めて三ヶ月、今から演奏する曲しか出来ませんが、一所懸命頑張りますのでよろしくお願いします。」


 僕はそう言うと深々と頭を下げた。

 いろんな人から、


「がんばれー」

「緊張しないでね!ファイト!」


 など、応援の言葉をかけられ、緊張よりも逆に、何か嬉しくなってしまった。

 シェリーが肩を叩く。

 僕はシェリーともう一度ギターの音程と音量のサウンドチェックをし、準備を整えた。


「では、始めますね。『いつも僕のそばには、あなたがいて欲しい』そんな感じの曲です。私もそんな人がいます。気持ちを込めて歌います。」

「Ben E King(ベン・E・キング)のStand By Me(スタンド・バイ・ミー)」


 周りの空気が静まり返る。

 シェリーは静かな声でカウント取り、シェリーの軽快なギターのコードストロークと、僕の軽く歪んだギターの音が絡み合ってゆく。

 そしてシェリーは前奏が終わると、練習の時よりもより情感の入ったソウルフルな歌声で歌い始めた。

 シェリーと僕はお互い肩を並べ、リズムを二人で一緒に取る。

 まるで、僕とシェリーの身体が一つになった感覚だった。


 シェリーは、かなり歌の世界観に入っているようだった。

 ハミングや、手を広げたりして、みんなの前でパフォーマンスする。

 僕はそんなシェリーが気持ちよく歌えるように、リズミックな演奏を心がけた。

 心掛けたというより、自然とそうなっていたような気がする。

 間奏の間、僕とシェリーは見つめ合う。

 とても暖かいその瞳は、まるでお互いの意思が繋がっているように感じられた。

 そして最後のフレーズの時は、二人で息を合わせグッと歌とギターの音をためて、聴いている皆をひきつけておいて、後はゆっくりと演奏を終わらせた。


 大きな拍手と共に聴いてくれている皆から賛美の声が上がった。

 サンハウスのみんなもみんな笑顔で拍手をしてくれていた。


 僕は何とも言えない気持ちを心の中で感じながら、その場に立ち尽くした。

 そして大きく息を吸って深呼吸した。

 シェリーは僕手を取ってお互い両手を上げ、そのまま二人でお辞儀をした。


「みんな、ありがとう!! ギタリスト、アユムでした!!」


 シェリーはかなり興奮していて、シャウト気味に答えていた。

 僕は改めてお辞儀すると、シェリーの方に向かってお互い握手をし、僕はその場から後ろの方に下がっていった。



 ♪・♪・♪



 僕が機材を置いてサンハウスのみんなの所に行くと、ワゴンちゃんが抱き着いてきたり、頭を撫でてくれたりと、もみくちゃにされてしまった。

 でも、こんな思いは人生初めてで、とても幸せな気分だった。

 シェリーが、


「今年最後の曲になります。この曲を聞いて、みんなハッピークリスマスになってね!!」


 シェリーはそう言うといきなり歌い始めた。この曲は僕も聴いたことがあった。

 マライアキャリーの「オール・アイ・ウォント・フォー・クリスマス・イズ・ユー」


 観客みんなが拍手でリズムを取り、シェリーと共にこの曲を体で感じていた。


 途中、シェリーと目あった時、いつものウィンクをされてしまった。

 シバさんが思いっきり肩を叩く。

 きっと僕は、耳まで真っ赤になっているんだろうなと思った。



 ♪・♪・♪



 今年最後のライブは大盛況のうちに終わった。

 僕が今まで見てきた中で、一番観客が多かった。

 最後、みんなで雑談をした後、僕とシェリー以外は帰っていった。


 シェリーと僕は機材を片付けて、帰る準備を終わらせると、いつものように肩を並べて座り、缶コーヒーを飲みながら少し話を続けた。

 お互いの足にはブランケットを一枚かけ、その前にカセットボンベの携帯用ストーブで暖を取った。


「ねえ、ムー……」


「うん……」


「今日、楽しかったね」


「シェリー、ありがとう。最高の気分だった」


「私のおかげじゃないよ…… ムーの努力のたまものだよ」


 シェリーは両手でコーヒーを掴み、温まりながらずっと目の前を見て、呟くように語りかけた。


「シェリー、大丈夫? かなり疲れたんでしょ」

「駐車場まで僕、荷物持っていくよ」


「ううん、いいよ」

「なんか今日は夢みたい」


「そうだね」


「ムー。クリスマス・イブの日さ、夕方から時間空いてる?」


 僕はちょっとびっくりした。シェリーからお誘いがあるなんて思ってもみなかったからだ。


「うん、空いてるよ」


「……いつもね、シバや、ワゴンちゃんや奈津子さんたちとパーティーやるんだけれど来る?」

「シバとか深夜まで飲むから朝まで泊まるんだけど、出来ればアユムも……」


 何か最後の言葉はよく聞き取れなかったけれど、僕は二つ返事で、


「いいよ、僕もみんなと騒いでみたかったし、泊まりでもオッケーだよ」


 そう言うと、シェリーはパッと表情が明るくなり、僕の方を見て、


「それじゃ、24日の午後4時に駅前にいて。車で直接迎えに行くから」


 優しく微笑んだその顔には、何か安堵感を感じるような表情が混じっているように思えた。


「うん、わかった」


 僕はそう答えると、


「もうそろそろ行く?」


 と聞くと、今日はなぜかシェリーは、


「まだ、コーヒー、飲み終わってない……」


 と言いながら体を今以上に僕の方に寄せてきた。

 シェリーのその甘い言葉と行動に、僕の心臓は一気に口から出そうになってしまった。





 ♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

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