第7話:Riding With The King (B.B & Eric)

 今日は、日曜日。自分のギターをソフトケースに入れ、ちょっと遠出をしている。


 場所は、いつも路上ライブを見ている沼〇駅から、東海道本線、上り方向に一駅行ったところ、三△駅を降りる。

 そこから徒歩で約20分から30分ほどで、私鉄沿線の三△広小路駅に着くんだ。

 そして、雑居ビルの中を歩いていくと、とあるビルの地下一階に今日の行く目的地、「サン・ハウス」という楽器店がある。


 なぜ、ピンポイントに足を延ばしてまで、その楽器店に行くのか?


 そう、それは先週の木曜日、路上ライブの終わりにシェリーに勧められ、教えてもらったから。



♪・♪・♪



「今日も歌ったわぁ」


 シェリーが満足そうに荷物を片付けて、一息ついでの缶コーヒーを買ってきた。


「ムー、ほれ!!」


 シェリーは無造作に、ぼくの方に缶コーヒーを投げてきた。


「ありがとうございま……あ、熱っつ!!」


 投げられた缶コーヒーをつかむと、ホットコーヒーだったので結構熱く、思わず口走ってしまった。


「シェリーは熱くないの?」


「私は猫舌だから、ア・イ・ス・な・の」


「なんだよ、だったら投げるときに『ホットだからね』とかの一言ないかなぁ?」


「おごられてる身で甘えんな!」


 シェリーは目をつぶり舌を出してアッカンベーをした。



「シェリー、ちょっと相談があるんだけれど。」


 お互い並んで座りながら話していた。


「何? そんな改まって相談だなんて、珍しいじゃん。ムー」


「実を言うと今、中学の時に買ってそのままだったエレキギターを手入れし直して、練習し始めているんだけど……」


 シェリーは『おっ!!』とした顔で、僕の顔を見入った。


「すごいじゃん、ムー。ギター始めたんだ。」


「うん、そうなんだけど、いまいち練習方法がわからいというか……」

「ほら、シェリーは歌いながらギターを弾くでしょ。しかもピックを使ったり、指を三本や四本使ってつま弾いたり……」

「だから、何かいい練習方法を知っているんじゃないかなっと思って。」


 シェリーは関心した表情で、


「よく観察してるねぇ。偉い、偉い」


 と言って、腕を組んで『うん、うん』と頷いた。


「う~ん、私の場合はアコースティックギターで、弾き語りの演奏だから、エレキギターのサイドやリードの弾き方になってくると、私もうまく伝えられないというか、的確な教え方が出来ないかな。」


「そうなんですか……」


「でも、心配することナーシ!!」

「私の知り合いで、そういうことに詳しいやつがいるからさ。そいつに会ってちょっと聞いてみるといいよ。」


「知合いですか……」


 恥ずかしながら、僕はちょっと…… うん、ほんのちょっと嫉妬した。

 シェリーが軽く、しかも笑顔で、僕に簡単に教えられる男性。

 そんなの、シェリーぐらいの歳になれば、男性の友人なんて当たり前の様にいるのは分かってる。

 けど、そう軽く言われると、それだけ親密なのかなと変な思い込みをしてしまう。

 そんな、いやらしい自分が嫌だった。



♪・♪・♪



「そう、ここの隣の駅があるでしょ。三△駅、そこから……」


 シェリーはスマホの地図アプリで、楽器店の場所を教えてくれた。


「どう、分かった?」


「なんとなくだけど、だいたい分かったよ。」


「よしよし。その楽器店に入ったら『柴崎しばざきこうへい』っていう人を呼んでもらって。私たちの間柄では『シバ』で通っているから、『シバさんいますか?』って聞いたほうが早いかもね。」


「ありがとう、シェリー。早速、今度の週末に行ってくるよ。」


「なら私からも、こんなへっぽこが行くからって連絡しといてあげるよ。」


 そう言いながらシェリーは立って荷物を持ち始めた。


「なんすか、そのへっぽこって……」


 ちょっと拗ねて見せると、シェリーは笑顔で僕の肩をたたいた。


「じゃあ、私にそう言われないように頑張んな!」


「もちろんですよ!」


 売り言葉に買い言葉だ。


「じゃ、またね!!」


 そういうとシェリーは歩き始めた。


 なにがなんでも上手くなってやると心に決めた。

 そんな夜だった。



♪・♪・♪



「サン・ハウス」と書かれてある、縦看板の横にある階段を下りていくと、そっけない扉があった。

 そこを開けると、


 カラン・カラン・カラン


 とベルが鳴った。

 ちょっとびっくりしたけど、


「失礼しまーす」


 と小声で言って中に入っていった。


 店内はこぢんまりしていて、結構狭かった。

 今まで行ったことのある楽器店といえば、ビルのワンホールいっぱいにギターやベースなどの弦楽器、トランペットオーボエなどの管楽器、中央に小さめのグランドピアノやアップライトピアノが展示・販売されていた。端には楽典や楽譜、バンドピースの本などが並んでいて、ドラムワンセットの試奏ができるスペースもあった。

 けど、ここは全く違っていた。


 ドアを入るとすぐカウンターと通路。

 カウンターの棚には、特にギターの各種部品が並んでいた。

 あと壁に値札の張っていない、きれいに手入れされてる塗装の禿げたビンテージギターが数本つられていた。


 そこを抜けていくと多少広くなって数本のギターとベースがスタンドに立てかけられていて、その奥に重厚な扉が一つあった。

 多分あの奥が貸スタジオ一室になっているみたいだった。


 店内は、適度な音量でBGMが流れていた。

 ゆっくりとしたリズムだけどギターの音は軽くドライブしていて、ソロの時は、一つ一つの音の強弱やリズムのタメが、僕の心に鋭い刺激を与えた。

 あと、歌の部分は男性の声で、とてもアグレッシブに歌われていた。

 僕にとって今まで聞いたことのないジャンルで新鮮だった。


 思わず、入り口で立ち尽くして、店内に流れている曲に聞き入っている僕に、カウンターの奥から


「いらっしゃい」


 と、けだるい声で呼びかけながら、店員さんが出てきた。


 その姿を見て、僕は一瞬声が出てこなかった。


 金髪のモヒカンで両側頭部はきれいに剃ってあった。

 まつ毛は付けまつ毛をしているのか、長く、マスカラもしているようだった。

 瞳はカラーコンタクトで濃いグレー。鼻の穴の片方と唇に、シルバーのピアスをしていた。もちろん耳たぶにも多いなリング。

 ちょっと痩せていたけど、真っ黒なTシャツにはどくろマークと『Iron Maiden(アイアンメイデン)』と派手なマークのイラストが描いてあった。


 何も話せないでじっくり見入ってしまった。


 その店員さんはねっとりとした視線で僕を見つめて、


「お客さん、なに?」


 低音で気怠く言うその話し方と身なりに、妙に僕は緊張してしまった。


「あの、すいません」

「ここで働いている柴崎さんという方にお会いしたいのですが」


 そう聞くと、パンクな店員さんは、


「あ、シバちゃんね。貴方、シバちゃんの新しいこれ?」


「へ?」


「『へ?』じゃないわよ、これって言いてるの?」


 派手なお姉言葉を言うパンクな店員さんは、右手を上げ小指を立てた。


「いや、違います、違いますよ。」

「シバさんの知り合いという方から、紹介されて来たんです。」


 僕はものすごく焦って、両手を大きく振り、すぐに答えた。


「なんだ、そうなの」

「でもあなたって、とても真面目そうで可愛いわ。シバちゃんの代わりにあたしが話、聞いてあげる」


 そう言うと、パンクな店員さんはすっごい笑顔で、僕の顔に自分の顔を近づけてきた。

 僕はけたかったけど、状況に飲まれていて、何も動けずじまいだった。


『ダメだ、この店員さんの世界に引きずり込まれる……』


 思わす自分の貞操の危機を感じてしまった。


「いや、あの、シバさんで結構です」


「ダメ、ダメ。あたしに言ってごらん、坊や」


『うわあ、参ったなあ……、これって僕、からまれてる? 狙われてる?』


 そう思っているうちに、また奥から人の声が聞こえてきた。


ようすけ、何変な話してんだ。お客さんに迷惑かけてんじゃねーだろーな!」


「ひどーい、そんないい方無し!」

 パンクな店員さんは、腰を横にくねくねしながら答えていた。


「それに本名はいつもNGって言ってるでしょ。『スピードワゴン』って言ってちょうだい!!」


「そりゃお前のバンドネームじゃねーか。ここではお前は単なるアルバイトなんだぞ。」


 そう言いながら一人の男性が出てきた。


 その方はパンクな店員さんよりも、もう少し年上に見えた。

 髪の毛も短すぎず長すぎずの長さで、軽く横に流し、目元は細長い眼鏡をかけていた。

 ちょっと面長の顔立ちは、そのオシャレなメガネと相俟あいまってイケメンと素直に言える人顔立ちだった。

 身長も高く180センチぐらいはありそうだ。

 シャツは外に出し、細身のジーンズをはいていて革のベルトのバックルもチラ見、アイアン製でカッコよかった。

 シルバーのチョーカーも似合っていて、僕が大学生になる頃には、このような人になりたいと思っちゃう様な人だった。


 その人は僕を見るなり、パンクな員さんに睨みを利かし、


「お前、またやったな。」


「ううん」


 パンクな店員さんは、いきなり超真顔になって、首を横に振った。


「嘘つけ、また手を出そうとしたろ、お前……」


「ううん」


「バカ野郎!! お客様にまた何しでかしてんだ!!」

「これで何回、お客様に逃げられているのか理解してんのか!! てめーは!!」


 イケメンの店員さんは、自分より5センチほど背の低いパンクな店員さんの首を両手で絞めて、思いっきり縦に振り始めた。


 パンクな店員さんは、モヒカンの毛がぶれないように上手に縦に頭を振っていた。


『慣れてんだなあ、このコント……』


 僕はあっけにとられつつも、案外落ち着いてその状況を見ていた。





♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

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