第十三錬成 娼館にて、自動人形と

 近年、錬金術から、化学者と科学者と呼ばれる人種が派生した。

 その中でも特に秀でた、森羅万象、この世のすべてを解き明かそうとするものを〝碩学者せきがくしゃ〟と呼ぶ。


 彼らは選ばれたものの叡智であった錬金術を解体し、万人が理解できる法則へと貶めた。

 また、魔法と呼ばれる神秘を、ただの現象であると定義して見せた。

 おそらく、これからの時代の礎は、彼ら碩学者によって築かれていくことになるだろう。

 それほどまでに、彼らが世界に与える影響は大きい。


 真に優れた碩学者が、右は左であったと発見すれば、きっと右は左になるだろうし、カラスが白いと言えば、白くなる。

 そんな、現代の魔法使いとでも呼ぶべきものが、碩学者なのである。


 トリストニアは、そんな碩学者たちが、知識の研鑽にいそしむ街だ。

 大陸のあまねく場所から、知恵と呼べるあらゆるものが集まってくる。

 古文書、最新技術、謎めいた機械、生物の標本、錬金術、魔法……なにもかもだ。

 彼らはそれを読み解き、紐解き、分解し、解剖し、誰もが理解できるものへと再構築する。

 その恩恵に、大部分の人間は与かることができるだろう。

 蒸気自動車、機織り機、製本機械……すべて彼らが大衆に与えたものだ。

 世にあまたいる衆愚の生活は、それによって間違いなく豊かになった。


 だが同時に、それを快く思わない者たちもいた。

 それが、世界の神秘を信奉する者たち──オカルティストである。


 碩学では、世界の解明はできないと信じる彼らオカルティストは、急先鋒たる秘密結社〝黄昏の薔薇団〟を結成。

 よりにもよってこの街で、神秘の追求を始めたのだ。

 結果、トリストニアは大陸でも類を見ない、科学と奇跡が同居する混沌の都市と化したのである。


 右を見れば、蒸気機関車が走り。

 左を見れば、三流以下の錬金術師が、万能薬だと標榜してアヘンを売っている。

 ここはそんな混然一体とした街で、ほんの少し前までは、不可思議な均衡がとれていた。

 つまり、俺たちが訪れるまでは。


「あたしのせいなのかな……」


 再び逃げ込んだ裏通りで。

 ステラは元気のない様子で、そんなことをつぶやく。

 彼女はフードを目深に被っているものだから、その表情を読み取ることはできない。それでも、声音がわずかな悲壮感を帯びていることは理解できた。

 ステラは、最後の魔女にして、ケモノ憑きである。

 解剖し、神秘など存在ないと宣言するにも、祭り上げ、これこそ神秘であると喧伝するにしても、その希少性は計り知れない。

 碩学者の卵や科学者、ひよっこオカルティスト、あるいはこの混沌時代の寵児ともいえるどもが、どうやって彼女の存在を察知したのかは知らない。

 おおかた、未来予知か未来予測ができるような輩が、互いにいるのだろう。

 別段、珍しくもない。

 昔だって、そのぐらいできるやつはいた。


「おまえの所為じゃねーだろ。よくあることだ」


 事実を口にするが、彼女は顔を上げない。

 美しい銀色の髪も、宝石のような赤い瞳も。

 いまは、見ることができない。


 俺は今日まで、このステラという少女が、図太い神経の持ち主だと信じて疑わなかった。

 でなければ、俺のような胡散臭い錬金術師についてくるなどありえないし。

 魔女の楽園をさがすなどとは、言わない。


 そもそも、この街を訪れたのは、そのためなのである。

 古今すべての英知が集まるトリストニアならば、魔女の楽園についての情報もあるだろうと踏んだのは俺だ。

 つまり、原因は俺のほうにあるのだ。

 そう口にすると、


「ヘルメスって、思ったより優しいよね」


 とか、情けないことを言い出す始末だった。

 普段の勝気な彼女はどこに行ったのだろう。

 魔女なら魔女らしく、しゃきっとしてほしい。

 やさしさを求めるような軟弱ものは、詐欺師に向いていない。


「あたしは、詐欺師になりたいんじゃないもん」

「魔法で十分か」

「そりゃあ、錬金術、興味あるよ? だって、金を作り出す学問なんでしょ? そーゆーこと、悪魔と取引しないと、魔法じゃ難しいし」

「なんだ、錬金術師になりたいのか?」

「んー、知りたいとは思う」


 まあ、お金さまさえ払えば、教えてやらんでもない。

 秘匿すべき神秘など、この世には最早ないのだから。


「とにもかくにも、この騒動から抜け出せたら、だけどな」

「とか言っている間に、追いつめられちゃったみたいだけど……」


 彼女の言うことは正しかった。

 前方から、三角の赤い頭巾をかぶった男どもが迫ってくる。

 転身すれば、黒づくめの男たちがいる。

 黒づくめの男たちが、碩学者のシンパ。

 赤い頭巾たちが、オカルティストである。


「みつけたぞ」

「我々が先だ」

「いや、こちらが先だ。確保しろ」

「傷つけるなよ」


 じつに物騒なやり取りなので、遠慮したい。


「ステラ」


 俺は小声でその名を呼び──右手をかざし、詠唱を始めようとしていたバカを──次の瞬間、抱え上げた。


「え? ひゅえー!?」

「こんな人口密集地で、魔法なんざ使うなバーカ!」


 賢者の石を触媒に、五大元素のひとつ〝気〟を足元に集中する。

 気とはつまり気体、風だ。

 爆発的な突風を生み出し──俺たちは飛翔した。


「────」


 唖然となる男ども。

 しかしすぐに、


「お、追え!」

「逃がすな!」


 正気に返って──正気があるかは疑わしいが──彼らは俺たちを追いかけ始めた。

 俺は風を操りながら、建物の屋根を蹴り、逃亡を続ける。


「ヘルメス! 追ってくる! 銃を取り出した!」


 ちらりと視線を向ければ、こちらに向けられる圧縮蒸気銃。

 すさまじい破裂音とともに、音速の弾頭が俺の頬、その紙一重横を通過する。

 バギンと音を立てて、目の前の商業用看板が吹き飛んだ。

 内側に向けて引きちぎったかのように、弾痕は穿孔している。

 とんだ威力である。


「あっちはなんか投げてくる!」


 赤い頭巾の男たちは、俺に向かって腐った卵を投擲する。

 典型的な呪いの方法で、時代遅れの産物だが、腐った卵はひどい匂いなので出来れば当たりたくない。

 この呪いの正体は、卵の中で繁殖した細菌による感染症である。

 絶対に当たりたくない。


「あたしが、あたしが魔法で……!」

「だから、魔法は使うなっての」


 こいつの魔法は、少々威力があり過ぎる。

 放てば人が死ぬだろう。

 それはたぶん、よろしくない。

 誰にとってかは知らんが、よろしくない。


「だからな!」


 俺は声を上げ、荷物からフラスコを取り出した。

 液体がなみなみと詰まったフラスコ。

 その中に、手の中で錬成した白い固形物を次々に投げ込む。

 フラスコを、背後に向けて投擲。

 直後、すさまじい量の煙が、フラスコから噴き出した。


『だからご主人、ドライアイスとか、この時代にないものをホイホイ使うのはどうかと思うぞ?』

「緊急事態につき貴重なその意見は棄却する」

『そんなー』


 ちょっとした化学反応だが、奴らには効果覿面だったらしい。

 もうもうと立ち込める煙の中で右往左往する赤と黒。

 這い出してきたホムホムちゃんを荷物に押し込みつつ、俺はさらに距離を稼ぎ──姿をくらますため、手近にあった建物の窓へと、飛び込んだ。

 そこには、


「お客様──」


 半裸の、美しい女がいて。


「ご入店は、玄関からにしていただかないと、困ります」


 その、、調律している真っ最中だった。


「ともあれようこそ、我が娼館へ──ホテル・オートマタへ。ウェルカムドリンクは、いかがです?」


 黒髪に、艶やかな顔つきの女──自動人形オートマタは、どこまでも無機質な声音で、そういったのだった。

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