第二錬成 世間知らずな魔女と、いにしえの契約書

 物事には、なんであれ稼ぎ時というものが存在する。

 稼ぎ時という表現がわかりにくければ、ことを有利に進められる時分だ。


 かつて、世界には神秘が満ち溢れていた。

 魔法や幻想種、悪魔と呼ばれる存在が、無数にのである。

 しかし、ときが経つにつれ、神秘は薄れていった。


 なぜか。

 錬金術が、神秘を解明してしまったからだ。

 魔法は第五元素──エーテルの活用方法の一つに過ぎないし、幻想種はキメラで再現できる。

 悪魔だって、たぶんホムンクルスのほうが賢いのだ。

 そうして、魔法の時代はゆるやかに終わり、


「俺のような、錬金術師が活躍する時代が来たわけだ」


 教師のように語って見せながら(なんと無償である!)、俺は目前にあったミートボールにフォークを突き立てた。

 それをぶすったれた表情で、魔女の娘は見つめている。

 まだ、フードを目深にかぶったままだ。


 場所は、領主の屋敷から移って大衆酒場である。

 周囲では日雇いの酔っぱらいたちが、安酒をあおりながらバカ話をしていた。

 体つきは確かなくせに、肌の色はどうにも白い。

 どうやら、鉱夫たちのようだった。


「最近は坑道が崩れて危ない──」

「毒ガスが出るように──」

「魔物でも住み着いているんじゃ──」


 そんな会話が聞こえてくる。

 雑音を聞き流しつつ、一応の義理で、目の前の娘に食事を勧めてみた。


「食えよ? 俺が飯を奢るなんて、滅多にないことなんだぞ?」

「ひよこ豆のスープだけ出されて、どーしろっていうのよ!」


 あ?

 なんだ、おまえ、ひよこ豆にケンカ売ってんのか?

 世界一旨いだろうが、ひよこ豆!


「あ、わかったぞ。ひよこ豆のペーストと焼きたてのパンがないから怒ってんだな? なんだよ、それならそうと、はやく言えよ。おねーさーん、注文追加ねー」

「ち・が・う!」


 うがーっと激怒する少女。

 机をたたいた拍子にフードがずれそうになって、彼女は慌てて被りなおす。

 ……ふーん。


「まあ、いいや。そいで、俺に話ってなんだよ?」


 ぬるいエールを飲み下しつつ訊ねると(本当はアイスワインを注文したかったが取り揃えていなかった)、彼女は腹立たしげに口元を歪めてみせた。


「ずっと言ってるじゃない。あたしをこの街から連れ出して」

「逃避行の手伝いね……それで? 俺にはどんな利益があるんだ?」

「利益ぃ?」


 ペスト病の患者でも見たような顔つきをする少女。

 思ったより百面相だな、こいつ。


「お金、お金、お金って……! なにつけてもお金! そんなんで、錬金術師として恥ずかしくないの!?」

「いや、まったく」

「────」


 悪気なく答えると、彼女は絶句してしまった。

 だが、俺は嘘など言っていない。

 なぜって?

 そりゃあ、錬金術師が稼げる時代が、もうすぐ終わるからだ。


 かつて、世界は神秘に満ちていて。

 その神秘の時代は、錬金術とともに終わりを告げた。

 そして始まった錬金術師の時代は──錬金術が科学として理解されるにつれ、この世から消えていった。

 ひとが、魔法の火でも、賢者の石でもなく、蒸気を手にした瞬間から、世界は一変したのである。


「いまじゃこんな小さな町でさえ、蒸気機関の車が走っていやがる。まだまだ馬にも劣るような代物だが……ありゃあ近い将来、お金さまを稼ぐ発明になるぞ」

「またお金のはなし……そんなわけないでしょ。これからも魔女や錬金術師は、人と寄り添っていくのよ」

「バッカだねぇ、お嬢ちゃん」

「ばっ!?」


 いや、バカというよりは、世間知らずなのか。

 錬金術師の時代は、もう終わったのだ。

 いまはその残滓が。

 奇跡の残りかすを、求めるやつがまだいるというだけ。


「あの領主みたいな、業突く張りが多いってことさ。おかげでぼちぼち、稼いでいられるんだがな」

「……その、領主のことよ」

「なにが?」

「あたしは……この街に縛られているの」


 パスタを、ずぞぞぞとすすっている俺の横で、魔女はなんか、身の上話を始めた。

 割と辛気臭そうな話である。

 心底めんどくさいので、適当に聞き流す。


「──というわけなの」

「長いから三行でまとめてくれ」


『魔女どのは、ずっと昔の世代からこの街と契約している。契約は、街を疫病と災禍から守ること。この街の領主は銅山を持っていて、その銅山から出る水で、街が汚染されかけている。契約書は領主が持っている。魔女の契約は絶対で、街を守りとおすか、契約書を破らないと破棄できない。だから、魔女どのはどこにも行けない。そういうことだぞ、ご主人!』


「ながい。そしてくどい。勝手に出てくるな。割るぞ」

『しくしく……』


 荷物からはみ出てきたホムンクルスが、なぜか勝手に語りだし、なぜか泣き出してしまった。

 俺は悪くない。


「最低」


 魔女っ子に最低のレッテルを張られたが、やっぱり悪くない。

 俺は無実だ。


「ちなみに聞くが、これまで鉱山の毒は、どうやって解毒していたんだ?」

「……おばあちゃんより前の世代は、生け贄を。お母さんは、雨をいっぱい降らせて……」

「おお……」


 思わず呻く。

 ああ、無知とは罪。

 哀しきかな無教養人。

 加水分解はともかく、生け贄なんて前時代が過ぎる。

 魔女ってのは、そういうオールドスタイルが好きなわけだが、それにだって限度ってものがある。


「それで? おまえは?」

「……毎日お祈りを」


 殉教者かっ!

 思わずツッコミそうになった。

 こいつ、魔女のくせに信心深いのか!?

 魔法が使えるくせに、神様なんてロクデナシを信じてるのか!?

 ……やってられん。


「あー、めんどくせぇ……総括すると、あれだろ? あの領主のジジイは、銅山でひと財産を築いた。んで、その鉱脈が枯れ果てそうで、だから新しい鉱山を探してる。そのためにホムホムちゃんを欲しがったと」

『確かにそんな質問されたぞ、ご主人!』

「そいで、魔女の契約書があのジジイの手元にある限りは、魔女っ子ちゃんは街のお外に出られないと」

「子ども扱いしないでくれる!? これでもあたし、十四なのよ!」


 ふむ。

 だったら話は早い。


「なあ、魔女のお嬢ちゃん」

「……なに? まだ子ども扱いする気?」

「いや、じつはいい儲け話があるんだけど、のらねぇ?」

「は?」


 彼女は、心底理解できないという顔をした。

 俺はニヤッとほくそ笑む。

 そう、まさに今こそが。


 俺にとっての、稼ぎ時だったのである。


「ボンクラ領主を──もういっぺんカモにするのさ!」

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