静寂(しじま)の闇に【休載】

由海(ゆうみ)

序章

世界を奏でる歌声が、教えてくれるだろう

 ……ああ、まただわ。


 何をほうけているの? これが初めてではないでしょう? 

 また捨てられた。ただ、それだけのこと。



 固く閉ざされた門の前に立ち尽くし、両のこぶしを強く握り締めたまま、シルルースは唇を噛んで眉をひそめた。 

 「夜闇よやみにさざめく声を聴く」とおそれていた者達は、追放の処分が下された途端、あからさまにシルルースを見下すような素振りを見せた。



 人間など、勝手なものね。

 だからこそ、己の欲望をき出しにして「神」にすがるのだろうけれど。


 あの人も戻って来なかった。

 ……馬鹿ね、何を望んでいたの? 戸惑いがちに触れる大きな手が焦がれていたのは、私ではないのだと分かっていたくせに。

 誰も、こんな私を愛したりしないもの。



 足元に投げ捨てられた小さな革の袋を拾い上げ、手探りで中を確かめる。

 金貨と銀貨が十数枚と、干した果物とチーズの塊が少しずつ。そして、それらに絡みつく、「慈悲」と言う名の気怠けだるい香り。



 あの方らしいわね。

 それとも、神官達の「ほどこし」かしら。お払い箱にしたはずの巫女が行くあてもなく王城近くを彷徨さまよい歩き、行き倒れとなって信心深い王都の民にかくまわれでもすれば、あの人達の立場を危うくし兼ねないと恐れて。

 どちらにせよ、これだけあれば、王都を離れるまでは物乞いなどせずに済みそうね。

 大丈夫よ。いつものように、この世界に息づくもの達が奏でる歌声に耳を澄ませればいい。

 進むべき道は、彼らが教えてくれるわ……




 はあっ、と一度だけ、うつ向き加減に小さなため息をいて大神殿の正門に背を向けると、あごを上げて背筋を伸ばし、光を映さぬ薄紫色の瞳で真っ直ぐ前を見据えたまま、シルルースは人影もまばらな黄昏時たそがれどきの王都の街へと足をみ出した。

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