第5話

──そう言えば、なんでキリくんはそんなに剣にこだわるの?

──ふふふ、そんなに気になるか。仕方がない!剣のなんたるかをしかと…

──……やっぱりいいよ。

 かつてナナに聞かれたことがある。アイツにとってはどうでもいい質問だったのかもしれない。ちょっとした、気の紛れになればいい程度のものだったのだろう。だから、俺は適当なことを言って誤魔化した。ナナもそれ以上は追求しなかった。

 だが今になって見ればどうだろうか。もし、くそ真面目に答えるとしたらなんと言えば良いのか。

 子供の時は兵士団の姿に憧れて剣の道を選んだ。兵士団に入る前まではただ剣を振るうことが楽しくて毎日、剣術を磨いた。兵士団に入って間もない頃は、俺の剣が全くもって通用しなくて、馬鹿にされて、それでも見返してやると嘆きながら振るっていた。

 歳を重ねる度に理由は変化し、邪の気持ちが入り混じっている。それでも、中核となるものは何ら変わらなかった。だからこそ、今もなお、こうして剣を握っている。

 もう一度、同じ問いをされたならば、俺は胸を張ってこう答えよう───



 迫り来る剣撃は躱さない。軌道上に剣を置くだけ。そうすれば剣は火花を散らし、方向を変える。軌道修正されたその先は別の敵。つまり、相手のお仲間である訳で、

「ぐわぁ!…ってめぇ、なにやってんだよ!!」

「るせーよ!そういうお前こそ、3回もこっちに攻撃してきやがって!」

同士討ちという結果になるのは言うまでもない。人数が多い中で、力任せに剣を振るえばこうなる。

 この剣術は一対多にこそ本領を発揮する。敵を攻撃するつもりが、逆に仲間を攻撃する。繰り返せば仲間への不信感が募り、中途半端な統制はあっという間に崩れ去る。敵の攻撃だけでなく、仲間からの攻撃も奇襲のような形でやって来るため、迂闊に攻撃も出来ない状態を敵から作り出せる。

 気付けば敵は半分近くが行動不能。明らかな焦りと動揺が相手に芽生え始めた。焦れば焦るほど、視野は狭まり、死角が出来る。今まで辛うじて回避できた、軌道修正された仲間の攻撃が見えなくなってくる。まさに悪循環。やがて、疲れ果てて、相手の剣撃は止んだ。

 俺はとどめを刺すべく、柄の部分で相手の後頭部を狙った。ここで一気に気絶させれば片がつく。しかし、その目論見は外れることになる。

 視界の端から手が見えた。音もなく、ぎりぎりの、しかも若干の油断をせざるを得ないこのタイミングで。錆びかけの経験と野生の勘が、コンマ数秒遅れで反応する。咄嗟に引き戻そうとした時、剣を持っていた腕を掴まれた。

「……ヤバッ!?」

 思わず、声に出てしまった。こういう反応は敵に弱点を教えているものだ。無理やり掴まれた腕を引き戻そうとしてもびくともしない。当たり前だ。力勝負では間違いなく勝てない。

 しかも掴まれたのは手首だ。筋肉の鎧を纏った男の腕に力が入る。筋肉のないやせ細った腕が、いとも簡単に鈍い音を鳴らした。男はその音を聞くと頬を吊り上げて、俺の手首を離した。握る力などあるはずも無く、剣を地面に落とす。カランカラン、と剣が弾む甲高い音は絶望を示していた。

「ハバキリ!」

 セオリアは悲鳴に近い声で、俺の名前を呼ぶ。その声に呼応するかのごとく、男は狂気に包まれる。

「知ってるぞ、お前の弱点。その剣術は見た目以上に手首に負担をかける。昔ならそんな隙も与えなかっただろうが、久々の実戦だろう?動きが錆び付いてるなぁ!ハバキリ!!」

「ジャック・ゴルバー……」

「おい、テメーらは上行ってろ!出航しろ!」

「へ、へい!」

 ジャック・ゴルバーの言葉に男達は慌てて、階段を登って、外へ向かった。不味い、出航されたらそれこそ水の泡だ。追いかけようにも目の前にはジャック・ゴルバーが立ち塞がる。

「さぁ、どうする?このままじゃあ、船は出航する。かと言って、お前もう剣を握れない。お前の負けだよ、ハバキリ・アマノ」

 唯一無二の武器すらも使えない。形勢逆転不可能に思えるこの状況。何か、手はないのか。

「もう止めて!私を置いて早く逃げて!!それで充分じゃない!!」

「セオリア…」

 セオリアは力の限り叫んでいる。こんな時に限って、力になれないもどかしさを嘆いているようにも見える。

 不意に、振り返って見つめた彼女の姿がアイツと重なった。自分のことよりも相手の心配をするお人好しにそっくりだった。初めて出会ったその時から、生涯の全てを賭けて守りぬくと誓ったアイツに。

「あぁ、そうだなぁ!お姫様の言う通りだよ!!こんな腰抜けなんか置いて逃げちまえば済む話だっていうのに。なんだ、そのお姫様に惚れたのか?惚れ惚れしてたのかぁ?こんな女のくせして剣なんか学ぼうっつーろくでもない──」

「黙れよ」

 そうだ。何を戸惑ってる。

「ぁあ?」

「黙れって言ったんだ。くだらない。剣に性別も力も関係ねーよ。それを今から証明してやる」

 たとえ腕が千切れようとも、俺は剣を振るう。俺には剣しかない。これじゃなきゃ誰も守れない。

 俺は床に落ちた剣ではなく、腰に着けていた新たな剣を取り出した。刃渡りが30cmにも満たない、青白い曲刀。それも、利き手ではない左手でそれを構えた。

「っは!なんだそれ?そんなチンケな曲刀でまだやる気か?」

「言ってろ」

 その言葉を皮切りに俺は地面を蹴った。

 力まなくていい、速さにこだわる必要もない。そんなものはとうの昔に捨ててきた。余りある技術で補え。ひたすら、誇示し続けろ。この剣こそが最強だということを。

 ジャックの剣撃を辛うじていなす。しかし、バランスを崩した瞬間を狙われ、つばぜり合いになった。ジャックはそれを力ずくで押し込んだ。俺は木箱の山に体から突っ込んだ。

「甘ぇな、つくづくお前は甘いよ。もう諦めろ。たかが女一人のためになんでそこまでヤケになる。兵士団の頃もそうだったなぁ…」

「黙れ」

 まだだ、もっとだ。もっと短く。剣と剣の触れる時間をさらに短く。ほんの一瞬を操れ。

 俺はジャックが言葉を続ける前に走り出した。上段からやや大振り気味に振る。その隙をついてジャックは腕を狙う。俺の最初の一太刀は陽動だ。最短距離で剣を引き戻して、ジャックの剣に掠らせる。それによって相手の脇が開いた。俺はそのポイントをすかさず狙う。しかし、ジャックはそれを力任せに振り払った。咄嗟に避けようとするが僅かに頬を掠り、その後に更に力で押し込まれる。次は木箱に突っ込まないものの、身軽な体は簡単にバランスを崩した。

「わざわざ女のために多額の金まで費やして、お前も馬鹿だよな。まぁ、戦場まで行った女のほうも十分馬鹿だけど。それともあれか、女の体のためなら無理も承知だってか。あの時の女もいい体してたしな」 

「黙れぇ!」

 ナナことを言われた瞬間、抑えていた怒りが頂点に達した。しかし、それに逆らうように力が入らなくなった。まるで、自分の体が誰かに支配されているかのようだ。思わず、怪我のした右腕で体を支える。視界がねじ曲げられる。

 吐き気がする。とてもではないが立っていられない。自然と息苦しくなり、呼吸もあがる。

「ハバキリ!?」

「神経毒が効いてきたか」

「はぁ、はぁ…毒だと……」

「あぁそうだ!決して強くはないが即効性もある。暫くは立ち上がることすらできないだ、っろ!」

「…っが!!」

 ジャックは俺の腹を力一杯蹴り上げる。体に力は入らず、されるがままだ。セオリアの悲鳴が聴こえた。

「止めて!あなたの目的は私でしょ!!お願いだから、彼をこれ以上傷つけないで!」

「あぁ、そうだな。お姫様。物分りが良くて助かるわ」

 歪み、霞んだ視界の中でジャックの足が俺の横を通っていく。その先にはセオリアがいる。見える未来は最悪のバットエンド。誰でも分かっている。

 逃げろ。そう言いたかった。しかし、毒で声も出せない。ぼやけたジャックの姿がセオリアに迫っている。

 やめろ。

 これではあの時と何も変わらない。

 やめろ。

 また、誰も守れないのか。

 やめろ。

 この剣は間違っていたのか。


 止めろやめろ辞めろやめろヤメロやめろ病めろやめろヤメロ─────

「ぐぁ!……な!?お前どうして──」



 世界の流れが変わった。気がつけば立場が逆転していた。視界もクリアになっている。平衡感覚も戻った。

 ジャックは俺を見上げている。なぜ、こうなったのか俺には分からなかった。数秒前の記憶がすっぽりと抜けている。しかし、剣を持った手先の感覚は確かに覚えていた。かつて、『功剣』と呼ばれた時の、いやそれ以上の一閃。効率と技術だけを追い求めてきた剣術の究極型だった。

 昔ですらたどり着かなかった境地へ偶然入り込んだような、そんな感覚だ。きっかけも何もない。しかし、何かにとんでもない事がこの一瞬で起こった。その事実だけがここにはある。

「言っただろう?俺が証明すると」

 俺はあえて当然かの如く振る舞った。

「しつこいんだよ!」

 初めて、ジャックの剣に動揺がこもった。力みのある、力と速さだけの剣が振るわれた。俺はその軌道に添えることはしなかった。もうその必要も無い。ただ、コツンと相手の剣に触れた。

 バリィ!!

 ジャックの剣は音を立てて粉々に砕ける。剣を失えば剣士は終わり。ジャックが作った見え見えの隙を見逃すはずもない。剣の柄の部分で首筋を撃つ。ジャックはなす術なく崩れるように気絶した。

 実に呆気ない終わり方だった。俺はジャックが完全に気絶したのを見届け、剣を鞘に納める。

「よお、大丈夫か?」

「ハバキリ…良かった。本当に良かった」

 何事もない風に装うとしたのだが、セオリアは安心したのか、涙を流した。

 あぁ、そうか。やっと分かった。なんで、セオリアのことが気がかりだったのか。似てるんだ。純粋な所とか、他人の身を一番に考える所とか、その真っ直ぐな瞳とか、何より他人のために泣ける所が、ナナにそっくりだったからだ。

 静かに泣いているセオリアの頭に手を乗せ、俺は言った。

「安心しろ。俺はもう負けない」


 ジャック・ゴルバーを倒したものの、問題は山積みである。

 結果から言うと、船はもう出航してしまっていた。相手はもう3人しかいないが、時間は少しばかり経っている。港からそれなりに離れているだろう。おそらく、船の操縦に付きっきりになっていると思うので、その隙に上手く脱出したい。が、手首折った上に若干毒が抜けきれていないのが一人、腰が抜けて未だ動けないのが一人、という現状、脱出など到底不可能に近い。少なくとも、剣以外の学力皆無な俺では思いつかない。

「さて、どうするか」

「あのぉ…」

「なんだ?なにか思いついたか?」

「はい、いっその事、海に飛び込んでみてはいかがでしょうか」 

「うん、中々鬼畜なこと言うね。これでも一応怪我人だから少しは敬って」

 セオリアに予想の斜め上を行かれ、流石に戸惑いを隠せない。

 しかし、セオリアはすぐさまその考えを否定する。

「いえいえ、それが、泳がなくてもいいかもしれません」

 その言葉に俺は思わず首をかしげた。セオリアは言葉を続ける。

「ハバキリは『向岸流』って知っていますか?」

「いや、さっぱり」

「簡単に言えば沖から海岸に向かって流れる海流のことです。それを上手く利用すれば…」

「岸にたどり着けるって訳か」

「はい。しかし、一方があればその逆も然り。最悪、海流でさらに沖に流されるかも知れません」

「なるほど、じゃあそれでいこう」

「そうですよね、やっぱり無茶ですよね…え?今なんて?」

 俺はセオリアの話しを聞くと、その場に落ちていた浮き輪を担ぎ、セオリアを抱き抱えて歩き出す。セオリアが何か言っているように思えるが、そんなものは知らない。一か八かの勝負。方法は他にない。やれるだけのことはやった。なら、賭けるだけの価値はあるはずだ。

 暫くして、外へ出ると、相手も気づいたのか、驚いた顔を俺に襲いかかろうとする。しかし、もう遅い。俺は海に向かって走り出した。

「しっかり捕まってろよ」

「え?ちょっと待ってくだ───」

 俺たちを中心に水しぶきが上がった。















 

 

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