第3話



「はぁ!第三皇女に怒鳴りつけた!?」

「あぁ、反省はしている。だが後悔は─いだァ!」

「無駄にカッコつけてんじゃねーよ!」

 翌日、いつもの酒場で選抜の報告をしていた俺は、リョウから容赦ない脳天チョップを喰らう。鈍い音が鼓膜を震い、頭部に痛みが走った。机に突っ伏しそうになるのを酒を煽いでなんとか回避する。リョウもひと口ほど酒で喉を潤すと、投げやり気味に質問を続けた。

「んで、結果はどうだったの?その日の内に指導者は選ばれたんだろ?」

「ものの見事に不採用。カスリもしなかったな」

「だろうな。筆記試験10点の時点でないわ」

「はは、親友の言葉が一番心に刺さる…」

 親友の厳しい言葉に苦笑いを浮かべる他ない。筆記試験はともかく実技と面接で逆転可能だと思ったのだが、現実はそんなに甘くなかった。良くも悪くも実力主義。「座学なんか要らない。俺は剣さえあれば十分だ!!」と嘆いていた過去の黒歴史が恥ずかしく思える。あの時、多少なり座学を学ぼうと思っていればなぁ、とやはり後悔の念が先に出てくる。いや、無理だな。剣一筋だった俺が座学とかないわ。心のどこかで、心の中にいる誰かが諦めたように呟いた。

「にしても珍しい。あのハバキリ・アマノが剣以外に興味を示すたぁ、明日は雨か?」

「お前は俺のことをなんだと思ってる」

「剣バカ超鈍感隠れリア充野郎。後ろから刺されればいいのに」

「俺の親友が最近辛辣気味な件」

 他愛もない話を交えつつ、俺はリョウの言葉が嫌に心に残った。俺はどうして、こんなにも彼女に執着をしているのだろうか。俺とアイツの剣が似ているから?いや、違う。そんな事で立場が上の彼女を怒鳴りつけようだなんて思わない。心のどこかで、何かが引っかかる。だけどそれが何かかは分からない。掴もうとしても掴めない。そんなもどかしさがあった。

 彼女に天性の才能がある訳ではない。彼女の剣技だって、確かに速いがそれだけだ。奇襲で無ければ対応出来るし、荒削りもいいところ。剣技、剣術と呼ぶことすらおこがましい。なのに、その剣は不思議と惹かれるものがあった。性別も、体格も、この国の常識を全てをひっくり返すほどの革命が、彼女の剣に秘められているのかもしれない。剣を交えたあの時、そう思わせる何かが、俺の錆び付いた本能を再び奮い立たせた。

「まぁ、色々あったんだよ。……もうこんな時間か。じゃあ俺は帰るわ」

「おう、俺はもう少し飲んでく」

「飲みすぎんなよ」

「分かってらー」

 飲み代として銅貨と銀貨を数枚ほど置いていくと、すぐさま酒場から立ち去った。酒場の音が徐々に遠くなっていく。今日はもう疲れた。風呂に浸かってから、さっさと寝床に寝静まりたい気分である。俺はほのかに火照った体で帰路を歩いた。この日、夜空を見上げる余裕などどこにもなかった。







「全部、納得いかないんだよ。なんでこんな指導者選抜を行ったのか、その剣に限界があると感じたのか、何より、どうして今までの努力を棒に振ろうとしているのかがなぁ!」

──そう、その言葉を待っていた。この剣から、本当の私を見てくれる人をずっと待っていた。

「分かったわ。もう結構よ」

──違う。私が言いたいのはそんなことじゃない。もっと単純で簡単な言葉。そのはずなのに、なんで言えないの?

「どうして私はいつもこうなの……」

 指導者選抜が終わり、私──セオリアは自室でそう呟いた。手元には一枚の紙がある。それをぼーっと眺めながら、数時間前の出来事が頭の中で繰り返された。


ハバキリ・アマノ(18歳)


職歴 12歳にて国軍兵士団に勤める。

16歳にて自主退団。


筆記試験 10点/300点


実技試験 5戦5勝


面接試験 『冷静な分析力でこの試験の相違点に気付き、身分に関係なく叱ることも出来る。文句無し。指導者の素質あり。』


 本当なら私は彼を推薦するはずだった。そもそも、面接試験以外にこの試験に大した意味はない。大事なのは指導者として向いているか否か。

 力技中心のこの国の剣技で、コンセプトが全く異なる剣を有する私が、わざわざ国民と限定して募集するはずが無い。それならば、例え限界があったとしても、独学を貫き通すほうが間違いなく懸命だ。そして、その事に気づいた上で、私に指摘出来るかどうか。この二つが合格のポイントだったのだ。

 なのに、私はそれらを唯一満たした彼を選ぶことができなかった。いきなり選考会に参加してきた大臣達の意見に押し切られ、望んでもいない人を選ばざるおえなかったのだ。


ジャック・ゴルバー(35歳)


経歴 7歳にてヤマト軍事学校に次席入学。

18歳にて卒業と同時に国軍騎士団に入団。

24歳にて多大な功績により、副団長に襲名。

30歳にて副団長から退位し、兵士団の指導者として腕を振るう。


筆記試験 298点/300点


実技試験 5戦5勝


面接試験 『知識量と経験が膨大ではあるが、他の人と変わらず力技の剣術を推す。その点平々凡々。この試験の趣旨に気付かない。』


 大臣が軒並み推薦してきたのは、去年まで兵士団の指導者をしていた男だった。私自身、何度か顔を合わせたことがあるけど、あまり良い印象がない。会う度に「セオリア様は魔法を学ぶべきです」「剣術は男の領分でございます」と嫌悪感を露呈させて言う。

 そんな男を大臣が薦めるのだ。私は真っ先に反抗したにも関わらず、上手く丸め込まれて、その男に決まってしまった。

 そこまで振り返ったところで扉からノックする音が聞こえる。私は試験結果の書かれた紙を引き出しに隠して、入るように促した。扉を開けたのは召し使いだ。

「お嬢様。ジャック・ゴルバー様がお見えになりました。何でも、指導方針について二人で話したいそうです。客間に案内しておきましたので、そちらへ」

「分かりました。すぐ行きます」

 そう答えると、肺一杯に吸い込んだ空気を、ゆっくり口から吐き出す。

 決まってしまったものはしょうがないわ。気に入らなければ、適当な理由をつけてクビにするだけよ。その時に、彼を、ハバキリ・アマノを指名すればいいの。

 自分に言い聞かせるように心の中で呟き、一人頷いた。客間へ向かう道が、いつもより狭く、長く、そしてどこかわびしく感じた。







 夜は明けて、5時ごろに目が覚めた。兵士団にいた時はこの時間帯に素振りをしていたので、それが体に染み付いたままとなっているのだ。だが、その習慣を止めてからは、ただ散歩をすることが多い。商店街の裏道を通り、たまり場で野良猫と戯れ、少し遠回りをして家に帰る。最近ではそんな日課が続いている。今日も猫のいるたまり場へ、餌を片手に訪れた。しかし、そこに猫の姿は見当たらない。

「ありゃ、今日はハズレか?ついてないなぁ」

 しょうがない今度出直すか、と思い、その場から立ち去ろうとする。その時、ふと目の前を通り過ぎる男を見つけた。細身の割に体格がしっかりしていて、白い無精髭の生えた男だ。その見覚えのある姿に、俺は声を掛けた。

「あれって、ゴルバーさん?おーい!」

「なぁ!?な、なんだハバキリか……」

「そんなに驚くことないじゃないですか。元教え子になんてこと言うんですか?」

「うるさい、俺は今忙しいんだ。貴様みたいな異端者と話している暇などない」

 あっち行け、と言わんばかりの顔を浮かべる。あの人も指導者選抜を受けていて、第三皇女の指導者として選ばれたのだ。ゴルバーさんとは兵士団時代の指導者として出会ったのだが、正直、俺の剣を良く思っていなかった人物でもある。

「そーっすよね。ゴルバーさん、明日から第三皇女の指導者ですもんね。それはそうと、なんすか?そのでかい箱」

 俺は目線を下げて、台車に乗った大きな木箱を指さす。果物などを入れるにしては一回りほど大きく、それこそ人一人容易に入りそうだ。王都でもここまでのサイズは中々使われないし、使い勝手もあまり良くない。

 不思議に思ったのでそう尋ねると、ゴルバーさんはめんどくさそうに答えた。

「これは……あれだ、剣だよ」

「剣?」

「そうだ。なんせ第三皇女の剣技は特殊だからなぁ。相性の良い剣を見繕ったほうがいいと思ったんだ。そんで、とりあえず色んなサイズの剣を持ってきたって訳だ」

 らしくない早口で言葉を並べるゴルバーさんに違和感を感じつつも、そこまで突き詰めるほどの確信もないので納得することにした。

「ふーん…」

「そういう事ったぁ、異端者はさっさと帰れ。お前とあったことを見られたら

、他の奴らになんて言われるか分かったもんじゃない」

「へいへい、わっかりましたー」

 相変わらずだなぁ、と思いながらも気のない返事をしてゴルバーさんと別れる。周りを注視し、せかせかと歩くゴルバーさんの後ろ姿は、もう副団長時代のたくましさの欠片もなかったように思えた。

「まぁ、俺が言える立場でもないか」

 人通りが徐々に増えていく商店街で、ゴルバーさんの人影を追いつつそんなことを呟いた。







 散歩を終えた俺は家に帰り、一人で朝食のサンドイッチを咀嚼する。味付けもせず、レタスと焼いた卵を固いパンでそれとなく挟んだ不格好なサンドイッチである。

 素材そのものの味と青臭さが口の中に広がる。卵がほのかに温かいのが救いだろうか。兵士団に所属していた頃から変わらない、剣を振るうための栄養のみを効率よく摂取する超合理的朝食。味を楽しむことなどこれっぽっちも求めてはいなかった。ナナがいた時は目くじらを立てながら、手料理を振舞ってくれたものだ。

 今となっても拭いきれないかつての記憶に思いを馳せ、使った食器を洗い始める。

 その時、ドアを叩く音が聴こえた。何度も何度も、激しく叩かれた。相手が急いでいる様子が伺える。濡れた手を拭き、慌てて扉を開けると、そこにはリョウがいた。彼の額を流れる汗を見て、驚きながらもリョウに尋ねた。

「どうした?」

「た、大変なんだよ!!」

 荒れた息を整える間もなく、リョウは残った空気を一気に吐き出すように言った。

「セオリア様が何者かに攫われた!!!」

 その瞬間、まだ指導者選抜が終わっていないことを確かに悟った。













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