04:暗夜強襲

 ――研ぎ澄まされた月輪の如く光が走り、その直後に血の雨が降り注ぐ。叫びすらも許さない暗い暗い戦場の只中で、赤く染まりながら剣を振るう愛しのジルを、フランは感嘆と共に見つめていた。


 自分の最高傑作は、これ以上ない程に仕上がりつつあると、フランは信じる。視界の効かない夜の帳に、命の終わりを告げながらひた走る我がマーシャ。剣閃は幾重にも屍山と血河を作り、ぐちゃぐちゃに濡れた地面を、股間から汁を滴らせフランは歩く。


 


 時は夜半。ルーアンに建つ尖塔にて、淫靡にして陰惨な劇は幕を開けている。此処はジャンヌが異端審問に掛けられた場。だからその憤激を晴らすように、ジルの剣は鋭利さを増し英兵の首を断ち続ける。


 最も復讐が最大の目的では無い。遥か北東アラスの地にて、今や開かれている和睦の儀。かのリッシュモンもその場に参じ戦争の帰趨を占っている中で、我ら青騎士に託されたのは、喉元に突き刺さったイングランドの骨除きだった。


 ――ジョン・オブ・ランカスター。イングランド王、ヘンリー四世の第三王子にして護国卿。すなわちフランスにおけるイングランド軍総司令官の排斥は、かかる和睦にとっては必要不可欠で、ゆえに隠密たる青騎士が、因習の地ルーアンに駒を進めるに至っていた。


 恐らく今回の襲撃で、ルーアンを守る守備隊の枢要は無力化されるだろう。夜が明けて血に塗れた指揮官たちの寝所を目にする時、イングランド兵の脳裏には必ずやあの聖女の名が浮かぶに違いない。



 

「――ジャンヌ・ダルク」


 自身にとっても忌まわしい名を呟き、フランは眼前で繰り広げられる殺戮の狂宴から目を逸らす。そして逸して見上げた空の上では、鎌めいて鋭い三日月が、煌めいてこちらを見下ろしている。


 魔女、魔女、魔女。確かに連中にとってはそうだろう。火を見るより明らかなイングランドの優勢を、たった一人で覆してみせた救国の聖女。炙って殺せば全ては終わると踏んだ筈が、フランスは一層に団結し、領土は刻々と蝕まれ続けている。


 ならば呪いか、或いはこれこそが神罰か。いずれにせよ、フランスが奇跡を重ねれば重ねるほど、それは敵方たるイングランドにとっては、祟るに足る呪詛そのものなのだ。




「――事ここに及んでは、道化を演じるも一興ですか」


 興味もなさ気に息を吐くフランは、自らのペストマスクを取ると、戦旗を高く高く掲げる。黒い龍の描かれたソレ。マントの中には漆黒の鎧が姿を現し、銀髪をはためかせながらフランは跳ぶ。


 何人なんびとかは見るだろう。この少女を。何人なんびとかは知るだろう。この少女を。そして須らくは思い出すだろう、あの聖女を・・・・・


 かくて首刈り鎌を疾く回し、フランは猪突に猛進する。行き先は塔から見えるジョンの居城。精鋭兵の集うであろう詰め所に押し入り、斬って伐って切り潰す。聖女の名を血に染めて地に貶め、死と呪いでルーアンを埋め尽くす。


 ジルづてに自身がジャンヌの再来だと噂されていると聞いた時は、いささか腹ただしいと思った所ではあるが、存外、こうして魔女を演じられるのなら悪くもない。――いや或いは、ボクこそがジャンヌになり得るのなら、全ては合切の決着が着くのではないか。そんな妄想すらも胸に抱き、フランは城門にまで辿り着く。


「お待ちしておりました。我が主君モン・モナルク


 門を壊し跪く忠実なるゲクランに、それで善しと頷くフランは、ぞろぞろと溢れ出る兵士たちを見回して、満足げに微笑む。

 

「――久しい再会です、親愛なるイングランド紳士騎士諸君。私の名はジャンヌ・ダルク。冥府の淵より蘇った、亡国の魔女です。此処で大人しく灼かれ、速やかに往にますよう」


 そうだ、虐殺の魔女ジャンヌ・ダルク。そうあれかしと願おうではないか。だからフランはここに墓標を建てようと固く誓った。虐殺の許されたルーアンに、聖女の理想と想いと愛の。

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