第27話*壱_再キ動

 その亡骸は蝋のように明かりを灯していた。有機物が燃える臭いが鼻を衝き、少年は思わず顔を顰める。


 嗅ぎなれた臭いではあるが、それでも不快感は消えない。経験は感動を薄めるというが、痛みを取り去ってはくれない。


 ――ロキ。


 それが自分に与えられた名前。かつて、呼ばれていた懐かしい記号しるし。そして眼前に伏したもそうだ。


『輪廻』


 そんな死生観がいつ、どうして生まれたのかは知らないが、それを説いたものはなかなかどうして慧眼だ。この世界を構築しているものは、常に再生と崩壊を揺蕩っている。


 そしてその間隙でふるわれ、この世界に取り残されたのが自分たちだ。


 永久機関の動力源たる命の残滓。無尽蔵に増えるが故、世界はその過程で生命を間引く。全てはを目指すべく。


 眼前の燃えカスは、永久機関のシステムの負荷に耐えられなかった哀れな不具合エラー。これでまた元の木阿弥だ。この有様では再編に組み込まれるかどうかも怪しい。


「……」


 眼前に転がる死体は、篝火のように辺りを照らしている。永久機関が齎す『再生の奔流』が作用しているのか、よく燃える。


 感心したように見つめるその瞳の奥には、在りし日の陰翳が映っていた。



 ――永遠に続く戦乱の世。血飛沫のように燃え上がるほむら



 少年ははっとして、一つ大きくかぶりを振る。感傷に浸っている場合ではない。


「別の形で出会っていたら、もしかしたら――」


 そこまで言って口を噤む。この台詞を投げかけるのは、死者への冒涜になるのかもしれない。


 少年は再び視線を目の前の焼死体に向ける。そして静かに別れの言葉を告げた。



「さよなら、



 ――強烈な違和感が少年を襲う。



「アシモ……?」


 違う。ぼくが殺したのは、アシモじゃない。あのハルトとかいう――。


「いや、違う。僕が殺したんじゃない。僕がんだ……」


 混乱と当惑に、脳は悲鳴を上げている。これはなんだ。この光景は――。


「これは貴方が捨てた記憶の欠片」


「君は……」


 気付けば、眼前の光景は消え去り、辺りは静寂に満ちていた。


 隔絶された空間の中で、少女は一人華奢な背中をこちらに向けている。


「ふふ。また、だね」


「うん、また、会ったね」


 少女はそれを聞くと、少しおかしそうに首をかしげる。


「私は、ずっとあなたといるよ?」


「そう、なの……?」


「うん、ずっとずぅーっと前から」


 そう言って少女はこちらを振り向く。


「あなたが作り変えられたその時から、ずっと」


「作り変えられた? 僕が?」


 少女のその言葉に、ハルトは惑う。


「何度も何度も。朝が来て、夜が来て、また朝が来る」


 少女の深紅の双眸は、どこか悲哀を湛えているように見えた。


「そうしてあなたも、喜びを迎えて悲しみを受け入れる」


「何を言ってるのか、わからないよ……」


 しかし、少女はなおも続ける。まるで一篇の詩を編むかのように。


「あなたの知らないあなた。私を知らないあなた――」



 ――見つめるは幾千、幾億の瞳。



 ――夜を導く赫灼の焔光えんこう



 ――汝に知恵を与えたもう。永久とこしえの理を。



 胸に響く少女の声音。永遠を刻む一片の断章。


 それを聞いたとき、確かに感じたのだ。この世界の脈動を。



「あの光景は昔、僕がロキ頃の記憶――」



 ――***――



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