第17話*肆 外側_

「閑話休題だ。で、結局ハルト達の何を調べたんだ?」


「なんてことはない。身体しんたいに何か変調がないかを調べただけだ」


「何か見つかりましたか?」


 ハルトが心配そうに尋ねる。


「それはわたくしから話させていただきます」


 後ろに控えていた女性が口を開く。


「紹介しよう、医師のクレアだ」


 ダルシスがそういうと、クレアは慇懃に頭を下げた。


「ハルトさん、セプティさんの身体を調べさせていただきましたが、ハルトさんの身体には特に異常はありませんでした。……いえ、厳密にいえば異常が何一つませんでした」


 そう言うクレアのその言葉は、確かな不自然さを帯びていた。


「それは良いことではないんですか?」


「ハルトさんのお話では、第七永久動力炉内で抗戦した際、腹部を大きく損傷し、また意識も失われたとか。それなのに検査では、血管系、神経系、心拍等に全くの異常が見られず、しかも腹部、内臓に関しては損傷の痕跡すらありません。これはあまりに不可解です」


「確かに……」


 言われてみれば、確かにおかしい。あれだけの怪我を負ったのであれば、体に異常が一つや二つ出てもおかしくないはずだ。


「セプティさんの体に関しては、軽度の栄養失調状態にあるだけで、それ以外に問題はありません。こちらの施設で数日療養すればすぐに回復するでしょう」


「え、と。ありがとうございます」


 セプティは言葉の意味が分からないのか、少し戸惑った様子でそう言った。


「まあ、っていうのは分かるけどよ。でも、現状は

 健康なんだろ、とりあえず良かったじゃねえか」


「う、うん」


 不可解な点はあるが、それは今に始まったことじゃない。


「ええ、とりあえず数日は安静にしていれば――」


「そんな暇、その人たちにはないでしょ」


 幼い子供の声。


「故郷が消えかけてるときに、暢気にベッドで寝てるなんて、すくなくともあたしはイヤ」


 実った穂のような金色の髪を纏めた、まだあどけない姿のその少女は、二頭の犬を連れ立って部屋に入ってきた。


「今は大事な話をしているのよ、フレイ」


 クレアはそう少女を叱る。


「お姉ちゃんこわーい。ね、


 少女はおどけた様子でそういうと、二匹の犬に話しかける。声をかけられたのが嬉しいのか、一方の白い犬は尻尾を引きちぎらんばかりに振っていた。


「カタルシス、カタストロフ……?」


 ハルトは意味が分からないというように、首をかしげる。アシモのほうを見ると、アシモは少し笑っていた。


「はは、犬の名前にしちゃあ大袈裟だな」


「……っ」


 その言葉に腹が立ったのか、少女は静かにアシモを睨む。


「犬だから何。自分たちのほうが偉いって、そんなこと思ってるの?もしかしてアンタ、頭悪い?」


「別にそんなこと思ってねえけどよ。つーか言葉遣い悪いな」


「アンタに言われたくない」


 少女はぴしゃりと言う。幼いわりに、よく喋る利発的な子だ。


「フレイ。今は席を外して」


「イヤ」


「フレイ」と呼びかけるクレアを無視して、フレイはアシモに詰め寄る。


「ハナシ、聞かせてもらったけど。アンタ何様のつもり?」


「何がだよ」


「ダルシスに助けられたくせに、なんなのアンタのその態度。自分はほとんど役に立ってないじゃない。気付きなよ、アンタはただの空気読めてない唐変木とうへんぼくだって」


「な……!」


 その言葉にアシモがたじろぐ。


「フレイちゃんだったよね、アシモはそんなに悪い奴じゃ――」


「……」


 そう言いかけたハルトを、フレイの視線が射貫く。まだ子供とは思えないほどその眼光は鋭い。まるで、自分の内側が見透かされているかのようだ


「この木偶でくの坊は置いておいて、アンタには興味があるわ、ハルト」


「木偶の坊って……。どこで覚えたんだよその言葉……」


 アシモの苦言をまるで意に介していないように、フレイはハルトへと歩み寄る。


「ちょっと来て」


「え?ちょっとって、どこ行くの」


 フレイは持てる限りの力でハルトの手を取ると、一目散に部屋から出ていく。


「フレイ!待ちなさい!」


「お、おい!」


 二人のいなくなった部屋に、制止の声が虚しく響く。二人の後を『カタストロフ』と呼ばれた純白の犬が後を追った。


「ごめんなさい。あの子、興味を持ったことにはどこまでも貪欲で、一度ああなると言うことを聞かないんです……」


 クレアが申し訳なさそうに頭を下げる。


「みてえだな……」


「なんだかすごい子だったね」


 セプティは感心と驚愕が入り混じった様子だ。そんなセプティに『カタルシス』が近寄った。


「よしよし、いいこいいこ」


 セプティが黒い毛並みを撫でると、カタルシスは気持ちよさそうに目を閉じた。


「しかし、あいつらどこ行ったんだ?」


「おそらく『黙示の間』だと思います」


 クレアが言う。


「『黙示の間』?」


「ええ、ハルトさんを連れていくのであれば、恐らく……」


「その場所はどこにあるんだ?」


「この施設――第四永久動力炉の中枢です。行き方は……」


「私が案内しよう」


 事態を静観していたダルシスはそういうと、部屋を出る。


「……ああ、頼む」


「あの!」


 唐突に呼びかけられてアシモが振り返ると、セプティも立ち上がっていた。


「私もついて行っても平気ですか?」


「構わない」


 ダルシスはそう答えると、目的地へと歩を進める。


「疲れてるだろ?休んでていいんだぞ」


「ううん、大丈夫。ありがとう」


 セプティは言うとダルシスの背を追う。


「気を付けて」


 クレアのその言葉にアシモは軽く肩を竦めると、部屋を後にした。



 ――***——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る