恋心メイズ

つか

第1話 再会

 初恋をしていた時の夢を見た。1人の男の子と1人の女の子が向かい合って楽しく話しをしている。とても楽しく初々しく、世界が色づいて見えるような感覚。生きていて今が一番幸せだと、後から思うと恥ずかしくなるようなことばかりだった中学時代の恋。そして最後は。

 目が覚めて時計を見ると朝の5時を指していた。

 まだあのことが忘れられないのか。

 体は汗で全身が濡れ、疲れたようなだるさがあった。もう一度寝ようと横になるが、完全に覚醒してしまって寝られそうになかった。気分転換に朝風呂に入り、その後は読みかけの本を読んでいた。

 時計を見ると7時45分。そろそろ下に行かないといけない。

 リビングでは妹と弟が先に朝食をとっていた。中学2年生の妹は出されたものをいつも綺麗に食べるので感心させられ、俺も見習わないとなという気持ちになる。小学校5年生の弟はまだ食べることが上手くなく口の周りにご飯粒が付いていた。かわいいな。そんな2人におはようと挨拶をしながらテーブルに着く。

「お兄ちゃん、今日は遅かったね」

 妹が声をかけてくる。

「あぁ、大人にはいろいろあるからな」

 と返事をすると、なにそれと一蹴された。妹はもう朝食を食べ終えたらしく、ごちそうさまと言うとすぐに家を出て行った。俺に話しかけてくるし嫌ってはないんだろうけど、年頃の女の子は分からない。

「水樹、いつまでも休み気分でいないでしっかりしなさい。今日から3年生でしょ」

 そう言いながら母が朝食を持ってくる。ごはん、卵焼き、みそ汁、最後に昨日の残りのカレー、まじかよ。

「分かってるって」

 まぁ、出されたものはきちんと食べないといけない。妹を見習って。ていうかあいつも朝からカレー食べたのか・・・

 カレーに対し心の中で不満を言ってる間も母は話しを続ける。

「春休みそんなに遅くまで起きてたっけ?」

「いや、0時には寝てたよ」

「そう、だったらいいんだけど」

 そう言って今度は弟の食べこぼしを片付ける。忙しい。

 春休みはそんなに生活リズムが狂っていた訳でもないのに、今日は寝不足だ。

 朝の番組では新生活、新社会人、新入生など新しいという言葉だらけだった。俺は3年に上がっただけで新しいものは何もない。新学期と言われれば確かにそうだが新鮮味が感じられなかった。何か新しいことでも起きないかな。そんなことを考えてるうちに朝食を終え、学校へ向かう準備を済ませ、玄関を出る。

「水樹、傘持っていきなさいよ。予報で雨だって言ってたから」

「雨なんか降りそうにないけど」

 そう言って空を見上げると、雲一つない清々しい晴天が広がっていた。

「母さんもそう思うけど分からないじゃない。夕方から降るって言ってたし、念のためよ」

「分かった」

 母から傘を受け取り、学校に向かう。

 母は常に俺たち子供のことを気にかけてくれている。よその母親がどういうものかは分からないが、うちの母親はとてもいい親だと思う。たまに五月蠅いと感じることもあるが、どの家庭でもあるだろうし、子供のことを思ってくれているからこそだ。俺は長男だから妹や弟に比べていろいろ言われることもある。だけど、決して長男だからとか長男でしょとかそういうことを言われたことはなかった。子供にそういう負担は強いたくないのだろう。おかげで伸び伸び生活を送ることができる。


 

「おはよう。橘、久しぶりだな」

 学校が近くなると、去年同じクラスだった村田優斗が声をかけてきた。

「久しぶり。元気そうだな」

「元気元気!お前はそんなに変わらないな」

「それ、どういう意味?」

「大丈夫、褒めてるから。お前のその変わらず落ち着いた感じ好きだぜ」

「お前に好かれてもな」

「いいじゃねぇか。じゃあ俺先行くから」

 と終始笑顔で最後は俺の背中をポンポンと叩きながら走り去っていった。

 学校に着くと大勢の生徒で溢れていた。みんなクラス分けが張り出された掲示板を見て一喜一憂しているのだ。水樹も自分のクラスを確認するため掲示板に近づく、あった、3-B 出席番号28番 橘水樹。他には誰がいるのかと名前を見ていると横から肩を組まれた。

「よう。さっきぶり、また同じクラスだな」

「優斗」

 またお前か。


 教室に入るとそこには見知った顔ばかりだった。まぁ3年にもなると知らない人のほうが少ないか。

「しかし、あんまりメンツが変わらないと退屈だな」

 優斗はあくびをしながら退屈そうに喋っている。

「そんなもんだろ」

「いや、そんな退屈でもないかも」

「は?」

「ほら、今年は青葉夏菜と同じクラスなんだぜ」

「青葉夏菜?あー、かわいいって噂の?」

「そうそう、お前知ってるんだな。意外だ」

「人を何だと思ってるんだよ」

「しかし、かわいい女の子が同じクラスにいるってだけでも素敵だよなぁ」

 にやけ顔がとても気持ち悪い。黙ってればそこそこイケメンなのに。

「きもいぞお前」

 そんなくだらない会話をしているとチャイムが鳴り、担任が入ってきた。

 俺たちの担任は谷川京子というらしい。担任が自己紹介をした後、クラスの全員も自己紹介をすることになった。名前、趣味、好きなもの、などなど、みんな個性あふれる自己紹介をしていた。そして。

「青葉夏菜です。趣味はバドミントンと本を少し読みます。好きな動物は猫です。よろしくお願いします!」

 と元気な声で自己紹介をしていた。あれが青葉夏菜か、俺が噂で聞くくらいだからかなり有名なんだろうとは思っていたけど、確かに有名になるほどかわいい。髪はショートボブでキリッとした目、鼻は高くなく唇は少し薄め、体系は細すぎず太すぎず健康的だ。趣味がバドミントンって言ってたし運動が好きなのだろう。それに活発で明るい雰囲気もあるため友人が多そうだ。彼女の自己紹介が終わると、少し大きめの拍手が鳴った。

 全員の自己紹介が終わると、早速、彼女の周りに人が集まり始めた。

 また同じクラスだね。初めまして、よろしくね。元気だった?など、友人から初対面の人までいろんな人が声をかけていく。

「すごい人気だな」

 俺は優斗に思ったことを素直に口にした。

「そりゃあ、学校の有名人だからな。人当たり良くて優しいし、俺らとは住む世界が違うんだよ」

 住む世界ね。確かに違うかもしれない。あんなに楽しそうな顔俺にはできそうにない。



 学校が終わり、みんな帰り支度を始める。優斗に一緒に帰ろうと誘われたが、なんとなく気分が乗らなかったので1人で帰ることにする。

 外ではホームルームの時から雲行きが怪しくなっていた。そして、校門を出るとついに雨が降り始めた。

「本当に降ってきた」

 誰にも聞こえないくらいの声でそう呟く。

 傘をさして歩くと、雨が傘に当たってぱらぱらと音を立てる。

 雨はなんとなく好きだ。夕方、雨音を聴きながらベッドに横になると眠くなるし、涼しくなる。

 でも今日の雨はなんだか憂鬱だなと思う。それが朝見た夢のせいなのか、青葉夏菜という自分とは全く違う正反対の人間と自分自身を比べてしまったからなのか。あるいは、今後起こることを予感させる雨なのかもしれないなとカッコつけたことを考えても、気分は晴れなかった。

 今日はすぐ帰って寝よう。気分が沈んだときは寝て切り替えるのが一番だ。幸い雨が降ってるし寝つきはいいだろう。朝のように風呂に入って気持ちを切り替えて好きなことをするのもいいかもしれない。

 自分が今何をしたらこの沈んだ気持ちを晴らせるだろうと考えていると、いつの間にか家まであと半分というところまで来ていた。

 そして、立ち止まる。そこは以前通っていた中学校に続く道。1人の女性と目が合った。

 彼女は水樹を見つけると表情を変えずに、久しぶりと声をかけながら近づいてくる。そして、水樹は再会してしまった。

 初恋の人と。

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