第二章 スタンド・グリーン / シューティング・バイオレット

【開幕】『戦乙女と緑竜』


 鬱蒼とした森林。

 息苦しい蒸し暑さ。

 鳴り響く雄叫び。


 縦横無尽に奏でられる苛烈な剣戟、そして木霊する悲鳴を耳にしながら緑竜は巨木の陰で息を潜めていた。

 今居る場所は彼にとって好条件であった。見通しが良く、得物を扱うには申し分ない。

 緑竜は得物の存在を確かめるように強く握り締めると、迫り来る獲物を待ち構えた。


 彼は物心ついた頃から周囲を取り巻く大人達によって戦士として鍛えられ、次期族長として育てられた。

 敵対する部族との戦争で緑竜は両親や兄姉達を失った。家督を継ぎ、族長となれる資格を持つ者は彼のみとなってしまったのだ。


 族長となった日から今日に至るまで緑竜は上に立つ者として、それに相応しい振る舞いを強いられてきた。

 彼は周囲の期待に見合った存在になろうと努め、族長としての務めを果たしてきた。


 だが実際に望まれていたのは【偶像】でしかなかった。そう気付いた時には敵対する部族の命を奪う装置として、恐怖を植え付ける風評として成り果てていた。

 周囲が「そうあって欲しい」と望み、「そうあるべきだ」と願うままに彼は変貌を遂げた。現在、緑竜は多くの仲間を引き連れて幾多の戦場を駆け抜けていた。


 しかし、どんなに殲滅への一矢を放っても仲間達からの信頼や敬意を向けられても彼の心は満たされること無く常に『孤独』で埋め尽くされていた。

 それは少しずつ、そして着実に緑竜の心を蝕んだ。周囲が理想とする【偶像】に近付くにつれて、彼は【獣】へと変わり果てる筈だった。


 孤独に彩られ、鮮やかさを失いつつあった黄色の瞳が『金色の戦乙女』を捉えるまでは。




その日、緑竜は【運命】に出会った。




 殲滅戦にて敵対する部族の援軍が現れた際、彼女が先陣を切るように姿を現したのだ。

 戦場に『金色の戦乙女』が舞い降りた瞬間、緑竜はその輝きに見惚れてしまった。


彼女の首をへし折ってやりたい。

彼女の心臓を得物で貫いてやりたい。

彼女の息の根を直ぐにでも止めてやりたい。


 今はそう思うべき場面なのだ。自分はそう思わなければならない立場なのだ。それを押し退ける程に彼女は眩しかった。

 太陽のように光り輝く彼女の美しさに心を奪われ、凍て付いていた緑竜の心は名付け難い想いに支配された。


「戦場での考え事は命取りデスよ?」


 油断は大敵だ、と優しく指摘しながら『金色の戦乙女』は得物を振り下ろした。双方の仲間達が驚嘆の声を上げる。緑竜側は動揺し、戦乙女側は歓喜した。

 大将首を真っ先に狙う豪胆さに感服すると緑竜は彼女が繰り出す猛攻を掻い潜り、反撃に出る。


「目障りだ。」


 溢れ出た想いを否定するように彼は『金色の戦乙女』を睨み付けると得物を放った。

 彼女は「子ども騙しデスね」と笑いながら手にしていた得物を素早く持ち直す。


 緑竜の攻撃を一振りで叩き落すと『金色の戦乙女』は地を蹴って彼との距離を一気に詰めた。驚愕する緑竜を他所に彼女は得物を振り被って襲い掛かる。

 彼は腰に装備していた短刀を鞘から引き抜くと頭上に迫り来る一閃を咄嗟に防いだ。


 互いの刃が激突する。火花が散ると同時に甲高い金属音が鼓膜を突き刺し、揺さ振った。

 柄から伝わる衝撃の重さに緑竜は歯を食い縛り、戦乙女と称される彼女の実力を目の当たりにする。


 防いだ短刀で勢いよく押し返すと、緑竜は素早く得物に持ち替えて応戦した。彼が得物を構えて一矢を放てば『金色の戦乙女』は得物を振り上げて一瞬で全ての攻撃を叩き落とした。

 至近距離からの攻撃に動揺することも無く、容易く対処した彼女の力量に緑竜は目を見開く。


「アナタみたいな歯応えある人、初めてデス。」


 とってもびっくりデスよ、と笑う『金色の戦乙女』に彼もつられて口元を上げる。


「そりゃ、どーも。オレとしてはアンタみたいに戦場で【斧】振るう女の方が驚きだよ。」


 錆び付いていた歯車が音を立てて動き出す。


「性別や武器は此処では関係ありまセン。寧ろ無意味デス。大事なのは強いか弱いかデスよ?」

 

 凍り付いていた心臓に熱い血が流れ込む。


「ああ、確かにそうだな。」


 色褪せていた世界が鮮やかに輝き出す。


「オレはベンジャミン。アンタは?」

「では冥土の土産に教えましょう、ワタシの名前を。」


 得物である【弓矢】を構えながら緑竜が訊ねると、『金色の戦乙女』は待ち望んでいた好敵手と出会えた奇跡に胸を躍らせながら静かに自分の名を口にした。

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