第4話 変身

 


  「さて、貴女達は『探し物』の件を占ってほしくてここに来たんでしょう」


  けんれいもんいんさんが入れてくれた紅茶と、手土産のプリンを味わいながら出口さんの方から話の口火を切った。


 

  「はい、人を探しているんです。」


  俺は素直に頷く。


  「遠山の……おじちゃんから聞いた話ですと、出口さんはタロットカードに通じているとか……」


  「オーケーオーケー。じゃあ早速占ってみましょうか」


  出口さんは美しいタロットカードの束を箪笥の引き出しの中から取り出し、まずそれをテーブルの上でぐしゃぐしゃにシャッフルした。

  そしてカードを整列させるように並べると、


  「さあ、心を静めて1枚選んで」


  と、俺ではなく紗里子に命じた。

  主役が誰だか分かるだなんて、この人は本当にフシギなチカラを持っているのかもしれないな、と感じた。


  紗里子が不安げに俺を見た。


  「紗里ちゃん、引いてみなさいよ」


  俺が女言葉で話しかけると、紗里子は仕方ないといった風に目を瞑ってからまた目を開け、左上に位置していたタロットカードを指差した。

 

  「『月』のカードが出たわね」


  青ビキニさんは興味深そうに言う。


  「決して悪いカードじゃないわ。でも、その探しびとと出会えるのはもうちょっと先の話になるわね」


  「最終的には見つけられるんでしょうか」


  俺が尋ねると、青ビキニさんは


  「このカードは積極的な意味ではないカードよ。そうだわ、私がおまじないのブローチを作ってあげる。すぐ終わるから、そうね、明日の今くらいの時間にまたいらっしゃい」


  と嬉しいのかどうなのかよく分からない返答を寄越してくれた。



  帰りの道中、俺は青ビキニさんの事を


  「変わり者ではあるけど悪い人ではなかったな。遠山がなんであの人をそんなに嫌うのか分からない」


  と褒めると、自分以外の『異性』に好意を表した事に焼き餅を焼いたらしい紗里子がぷうと頬っぺたを膨らませた。


  「そう? 何か、浮ついたような人だったと思うんだけど」


  「世話になった人をそんな風に言うもんじゃない」


  俺は『父親』らしくたしなめた。

  と言っても、身体も声も女の子だから威厳も何もあったもんじゃなかったけどな。



  翌日。

  俺達は指定された時間に出口さんのマンションを訪れた。


  ーーするとーー。とんでもない物を目にしてしまった。


  ドアから、女性の腕と思われる物が挟まれるようにしてダランと伸びていたのである。


  「!!……青ビキ……じゃない! 出口さん!?」


  少し開いていたドアを開け、人1人分の体重がかかったそれを少女の力2人分で何とかこじ開けた所ーー。


  「出口さん!! 出口さん……!?」


  玄関スペースには、何とかしてここまで這って来たのであろう出口さんの肉体がダランと力無く倒れていた。


  「……し、死んでる……」


  息を引き取って間も無かったのだろう、 触ってみろと出口さんはまだ温かかった。外傷は無いように見える。が、口からは大量の血が流れていた。

  彼女は素っ裸だった。


  「パパ、救急車、救急車!!」


  紗里子が叫ぶ。


  「必要無いわ。呼ぶんだったら救急車じゃなくて警察を呼んだら?」


  突然聞こえたその声の主は、昨日と変わらずカチッとしたグレーのスーツを着て腕組みをしているけんれいもんいんさんだった。

  死体に気を取られていて彼女の存在に気付かなかった。

  殺したばかりらしく、けんれいもんいんさんの息が上がっていた。


  「それとも、見られたからには貴女達も始末してあげようかしら?」


  腕組みをといたけんれいもんいんさんはそれからやおら出刃庖丁を握った。


  「どうして? どうしてこんな事を……」


  紗里子が泣きそうになりながらけんれいもんいんさんを問い詰める。


  「アツコさんが……アツコさんが、私という者がありながら他の女や男と遊びまわっていたからよ。もう我慢の限界!」


  「だからって……」


  そうか、この2人……そういう関係だったのか。

 

  『百合』というのは話にも聞くし、最近紗里子の口から出たばかりだけどそういう本物の人達を目にするのは初めてでちょっと(成る程)と思ってしまった。


  目の前で死体がうつ伏せになってるのにこんな事に感心するのもアレだが。

  つまり出口さんは『恋人』をほっぽって遊びまくっていたと。


  遠山が出口さんの事を「好きになれない」と言ったのは彼女の遊び人気質を見抜いての事だったんだな。

  アイツ鼻効くからな。

 


  「ハハハ……。言っておくけど、その女は昨日会ったばかりの未成年である貴女達の事も肉体関係のターゲットに数えていたわよ。そうそう、死体をよく見て?」


  言われた通り観察してみると、心持ち左胸の辺りが凹んでいるように見える。


  「脚を払って転んだ所に、横腹の心臓側を思い切り蹴ってやったの。肋骨が折れて心臓に突き刺さってるはずよ」


  そんな殺し方……。よっぽど憎かったんだな。

  彼女は今、まともじゃない。俺はそう思った。このままでは紗里子も危ない。

  ーーっていや、魔法少女だからちょっとやそっとの敵には負けないんだが。


  「警察を呼ぶの? どうするの? それとも……あんた達も……!!」


  けんれいもんいんさんの薄情そうだと思っていた目の中に青い炎が宿っていた。


  「そうねえ!! あんた達にも死んでもらうわ!!」


  「リリイ・ロッド!!」


  危険を察知した紗里子が異世界から例の魔法グッズを召喚した。


  紗里子は一瞬裸の姿になり、その後間も無く光のリボンに包まれて魔法少女サリコに変身した。相変わらず光の粒に包まれている。


  けんれいもんいんさんは目を丸くし、


  「アンタ達……!? 何よ、その格好!! 急に……!?」


  と叫んだ。そうだろうそうだろう、いきなり少女向けアニメのような変身シーンなんて見せ付けられたらーーって何?


  アンタ『達』?

  何その『達』って。


  「うわあ、ホントに何だこの格好!?」


  俺は大判の壁鏡に映った自分の姿を見て絶叫した。

  青いコスチュームを着た紗里子とは対照的に、俺はピンク色のゴスロリっぽい服を身に纏っていた。


  胸元にはご丁寧にデカいリボンまであしらわれている。その真ん中にあるのは五芒星のブローチ。


  ーー魔法少女ーー? え? 俺も?


  俺もぉぉぉ!?

  ああそうか、そう言えばそんな事を紗里子が言ってたな……。

  『リリイ・ロッドに触った者は魔法少女になる』。


  「ザーサース、ザーサース、ナーシルナーダ、ザーサース..........」


  紗里子が呪文を唱えると、霊験というか、魔験あらたか。

  けんれいもんいんさんはボトリと包丁を床に落とし、泣き崩れた。


  「アツコさん……私のバストをモデルに散々……作品を造って……お金儲けを……!!」


  彼女は身体を倒して床の上で手足をジタバタとさせ、もがき苦しんでいるようだった。


  「けんれいもんいんさんの苦しみ方は尋常じゃないわね、パパ」


  「ああ」


  俺のピンクな格好を横目でチラチラ見て興奮しつつ、紗里子は冷静にけんれいもんいんさんを観察。



  それにしてもまるで悪い何かに取り憑かれてでもいるようだ。

  彼女の方はともかくとしても、殺された出口さんは紗里子の魔法では生き返らせる事が出来ない。

  今までもそうだった、という話を聞いてきた。


  中学生にして既に人の生き死にを目の当たりにするのだから、魔法少女ーーいや、『正義の味方』なんてなるもんじゃない。


  けんれいもんいんさんの言った通り、変身を解いて警察を呼ぶしかないのかもしれないーー。


  と。


  「『応えて言おう。カモメルアル ウドリナノルム マルチカン チシン』」


  ?

  何この呪文。

  誰が唱えてるんだ? 紗里子の声ではない? どうもそうらしい、紗里子がこちらを見てビックリしている。


  「『ベールゼバリ ラキフェル アディローソエモ セロス アーメク クーロセクラ エイルプラン!!』」


  「!? パパ!?」


  その(今思えば生き返りの)呪文をかん高い声帯で唱えていたのはーー。

  紛れもなく、魔法少女となった俺なのであった。

  俺の口から、聞いた事も無い呪文がスラスラと出て来るといった奇妙な現象だ。


  瞬間、出口さんはゲフッ、ゲフッと咳をして生き返り、そして……。

  もがき苦しんでいるけんれいもんいんさんの口から、黒い蛭ひるのような虫が吐き出され、そのまま彼女は失神した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る