第102話 運命の針は23時59分59秒を頑なに刻み続ける。

「…彼女、行ってしまったね。」

「……だな。」

 俺たちは走り去るライカを静かに見送り、再び正面のタイムマシンを見る。…さあどうしよう。彼女の次は俺たちの出番だ。ここは俺が率先してタイムマシンに挑むべきなのだろうか。それとも万が一に備えてマキハラに順番を譲るべきなのだろうか。


「さて、忙しない彼女の代わりを志願するのはどちらかね?」

 学部長が問いかける。……ああもう怯えてる場合じゃないぞ俺。ライカだって言ってたじゃないか。「心配してばかりじゃ前には進めない」って。こういう時こそ積極的にチャレンジしなきゃダメだろ。

「──。」

「アルク君。」

 俺が覚悟を決めて手を挙げようとすると、それを見計らったかのようにマキハラが声を掛けてきた。何の用だと聞き返すと、コイツはいきなり俺にカードキーを渡して、「ライカを地上まで送り出してやってほしい」と依頼してきた。そういや通路の出入り口にはいくつかのセキュリティが施されているから、手ぶらの彼女じゃ外へは出られないのか。

「…ってか、何で俺に頼むんだよ。」

「だって君たち、仲良さそうじゃないか。」

 マキハラは笑う。そんな理由で大切なカードキーを譲渡するのはおかしいと思うが…、まあそうだな。少なくともお前よりは親しい関係かもしれない。それにマキハラがおかしいのも元々だ。


「マキハラ、お前はどうすんだ?」

「もちろんここに残るよ。…悪いねアルク君。」

 マキハラは振り向き、タイムマシンを見つめる。…まさかこいつ、俺にカードキーを渡してまでタイムマシンに乗りたかったのか?いつもは冷静な顔をしているくせに意外とお茶目なヤツだな。


「んじゃあ行ってくる。あとで感想聞かせろよな。マキハラ。」

「…ああ。」



ライカを追い、地下通路を走る。…追う側と追われる側。入学式のあの日とは真逆の立場だ。

「クッソぉ…!どうして圏外なんだよ!!」

 しばらく走っていると、出口の方からライカの無駄にでかい声が響いてきた。やはり出口で立ち往生を食らっていたようだ。

「ライカ!!」

「…ってアルクじゃねえか!丁度良かった!!ちっとテメエのスマホ貸しやがれ!!」

 出会い頭に俺の服を弄り出すライカ。抵抗する間もなく、ズボンのポケットに入れていたスマホはあっという間に没収されてしまう。

「いきなり何すんだよ!?」

「フウカに返信してーんだけどよ、オレのスマホ繋がんねーんだ…!」

 ライカは俺のヒビ割れたスマホを雑に扱いながら文句を垂れ流す。そりゃ、ここじゃ普通繋がらないだろ。俺のだって圏外だ。


「なあライカ。さっきフウカから通知が届いたって言ってたよな。あれ本当なのか?」

「あたりめーだろ。嘘なんかついてどーすんだよ。」

 ライカは言う。いやいや全然当たり前の事じゃない。アンテナも無しにこんな地下深くまで、ましてや極秘施設内にまで電波が届くなんて普通じゃありえない事だ。一時的とは言え、お前のスマホは一体どこで電波を拾ったんだよ。


「疑ってんのか?」

「一応。」

「んじゃあちっとだけ見せてやる。よく見とけよ。フウカの厳選した可愛いスタンプ付きだぜ。」

 ちょっとだけ見せてくれるのか、よく見せてくれるのか。明らかに発言が矛盾しているが気にしても仕方がない。俺はライカの許可をもらい、メッセージの履歴を確認する。


2804/10/14 18:07

『いつものスーパーの前にやきとりの屋台が出てる』

18:09

『おかねがない』

『ライカたすけて』

18:10

『(◜ω◝)にゅちーん』(天国に召されるきうきうのスタンプ)


 …おいおいちょっと待て。今日はプオリジア歴2805年の5月20日だぞ。どうして半年以上前のメッセージが今になって届いてるんだ。


「そーいや変だな。バグってやつか?」

「………。」

 時間のズレ。…原因には一つだけ心当たりがある。

 そう。あのタイムマシンだ。俺は直感した。理由は分からないが、そうに違いない。


「ライカ、一旦みんなの所へ戻────!?」


 ゴオオオオオォォォォォォ………ォォォォォオン。

 地下通路全体に響き渡る巨大な振動。地震─にしては揺れの間隔が短すぎる。


「何だ何だ何だぁ!!!?!?」

「わ、分からない……。」

「ちょっと待て!!何か音しねーか!?」

「音…?」


 俺はライカの言葉に従い、通路の奥へ耳を澄ませる。すると微かだが、ゴォォ…と空調のような音が響いてくる。…いや、微かなんてもんじゃない!!何かとんでもないものがどんどんこっちに近づいてきている!!!これは……爆風だ!!!


-----------------------


 音に気付いたってこの状況じゃ逃げようがない。俺たちの体は迫り来る爆風であっという間に吹き飛ばされ、そして……。


「どうにか間に合いましたね。」

 地面に足がつき、突然爆風が止まる。目を開くと、俺たちの目の前にはいつのまにかエミリア教授が立っていた。


「…教授!?エミリア教授!?」

「何でここにいんだ!?」

 教授は銀色の髪を靡かせ、見覚えのある杖を地面に突き立てている。さも平然と、最初からその場所に居たかのように。


「時を止めて爆風を処理しました。それ以外の方法では貴方達を守れませんでしたから。」

 教授は微笑む。その笑みを見て俺は無性に納得した。この人なら確かに時止めもやりかねないだろう。なんせ実現不可能と思われ続けたタイムマシンが実在しているんだ。不可能な時止めの魔術だって実在してもおかしくない。

 俺は粉々に砕け散った照明のガラスを見る。それにしても気になるのはこの爆風だ。タイムマシンのある方面から吹き飛んできたという事は、向こうで何か爆発でも起きたのだろうか。…原因として考えられるのはやはりあのタイムマシン。もしあれが動作不良か何かで爆発したのだとしたら、あの場所にいる学部長やマキハラは……。

「私は奥の様子を調べに行きます。貴方達は避難を。」

 エミリア教授は杖をくるりと回し、その場から一瞬にして消滅する。頭の中では仕組みを理解していても、目の前の人間が一瞬にして消える光景は異常だ。


「………マキハラ。」

 考えたくもないのに、青い髪のアイツの顔が不意に脳裏に浮かぶ。本当に最悪な気分だ。お前が何も言わなければ、きっと今頃爆発に巻き込まれていたのは俺の方なんだろうな。…ああ胸糞が悪い。

「なあアルク。テメーまさかこのまま引き下がっちまうつもりじゃねーだろうな?」

「そんな事出来るかよ。俺たちも行くぞ。」

 俺たちは意気投合し、全速力で来た道を引き返す。危険は百の承知だが、ここで行かなきゃ後で絶対に後悔するだろう。通路を遡る度に、吐く息がだんだんと白くなる。どうやら奥へ進むほど温度が下がっているようだ。

「なんかこの辺の壁、凍ってねーか?」

「凍ってるな。奥へ行けば行くほど寒くなる。」

「この辺とか床も凍ってっぞ。暗いから転んじまいそうだな。」

「ああ、気を付け……。」

 ライカの忠告を耳に入れた途端に、俺はあっけなく転んでしまった。どうにか受け身を取ることは出来たが、手と膝には軽い擦り傷が出来ている。

「おいおいおい!言った傍から転んでんじゃねーよ!」

「わ、悪い…。」

 転んだ俺に、ライカが笑いながら手を差し伸べる。俺はその手を掴み、「シスコンさえ患わなければ本当に頼れる姉貴分だな。」と、若干惜しくも思いながら立ち上がった。


「……それにしても。」

 俺は凍り付いた壁を見ながら思い悩む。謎の爆風が飛んできたかと思えば、今度はこの冷気だ。奥では一体何が起きているのだろうか。

「派手に凍ってんなぁ。こんな事出来んのハラマキぐれぇだ。」

 …ハラマキ。もといマキハラか。そう言えばアイツ、噂じゃ最強の氷術使いだったな。実際に魔術を使う場面は見たことが無いが……、もしもこの氷がアイツの氷術だとしたら、アイツは何の為に…。

「……まさか!」

 俺は閃いた。もしかしたらマキハラは氷で爆風を防いだんじゃないだろうか。最強と呼ばれるなら爆発の寸前にそれくらい出来てもおかしくはない。むしろ出来て当然だ。

「これは…マキハラの奴が氷で爆風を防いだ跡なのかもしれない!だとしたら二人は…!」

「全然余裕でピンピン生きてるかもしんねぇんだな!!」

 俺たちは頷き、さらに奥へと向かった。進むたびに氷の層は厚くなり、無数の氷柱が俺たちの進路を拒む。しかし氷柱のいくつかは既に破壊されており、辛うじて人間の通り抜けられる隙間が出来ている。おそらく先に行ったエミリア教授が道を切り開いてくれたのだろう。

 ようやくたどり着いた最奥の部屋では、タイムマシンが今も無傷のまま安置されていた。爆発の原因は分からないが、部屋全体は完全に白く凍り付いており、三人の姿も確認できる。


 タイムマシンの間近に立ち、青と黒の二対の短剣を構えるイルゼパト学部長。

 その傍らで杖を構え、魔術を詠唱するエミリア教授。


 それから、二人とは距離を取って部屋の隅に佇むマキハラ。

 彼は銀縁の眼鏡で表情を隠したまま、突拍子もない台詞を言う。


「学部長、あなたの夢を。──タイムマシンを。破壊させて頂きます。」


 自分の耳を疑った。

 マキハラは今、何と言ったんだ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る