第96話 アンセルメア・クラインベルクは父の夢を追う。

「あー実践魔術研究学科の諸君ー。魔術史Iの最初の講義へようこそー。こんな朝早くからご苦労様ー。まずは自己紹介しとこうかなー。えー私はサン・ダルー。適正は火術ー。まーこれから半年間ーよろしくーー。」

 古風なクロークを纏ったいかにも魔術師風の男は、やる気もない棒読みで自己紹介を終える。大学最初の講義だってのにこんなもんでいいのか…。


「だりー。」

 ライカは講義が始まって早々にため息をつく。彼女は後ろの方の席を陣取りながら机に脚をかけている。絵に描いたような不良生徒だ。前日の一件から察するに、彼女はフウカを見守る事と魔術を用いた実戦の他にろくな興味がないらしい。ちなみに俺たちのいる学科は実践魔術研究学科。実践であって実戦ではない。…近い事はやるかもしれないが。

「あーだるいけどねー。この授業必修だから頑張んなきゃ駄目だねー。」

 ライカの態度に怒りもせず、慣れた事のように軽く話を流すサンダル。そういうあんたも少しは真面目に頑張れ。


「ライカ。真面目にやろう。」

「わーってるわーってる…。」

 ライカとは違ってフウカは真面目だ。真面目だが…とんでもなく純粋だ。この間のように厄介事の火種にならないといいが……。

「えーそれじゃー配布資料の1ページー。ずばり魔術とは何かー。まーぶっちゃけ何でもいいよねー。」

 いやいやいや…。魔術の根本にかかわる話だろ…。魔術師なら誰でも知ってる常識とは言え、何でもいいで済ませるのか…。

「えーそれじゃー魔術の歴史ー。魔術の発見のとこからーー。えーと誰か読んでー。」

「……はい。僕が読もう。」

 やはり真面目なフウカ。講義が円滑に進むなら大助かりだ。


「…魔術の発見。魔力を操る技術、魔術は文字や言葉が生まれるよりも古くから存在していたと云われる技術であり、その痕跡は有史以前まで遡ることが出来る。」

 有史以前の痕跡。いわゆるオーパーツだ。有名なものではエンオーザーの魔術人形が例に挙げられる。エンオーザー山脈で発見されたゴーレムの破片群には、魔力によって自立移動する高度な魔術式のようなものが組み込まれていたが、魔力放射年代測定の結果、原始王朝時代の魔術石板よりも古い時代の産物であることが判明。魔術の歴史に関する見解を大きく覆す大発見となった。

「……かくして魔術を発見した獣人の氏族達は自らを魔族と名乗るようになり、彼ら魔族の存在はのちの魔術還元主義、魔王国リギアの建国へと繋がる。」

「んーとまーあそんな感じだよねー。うんー。 ところでー魔術還元主義と言えば統一魔術が有名だけどー。これについて誰か説明出来るー?ちょっと資料に書き忘れちゃってねー。自分で説明するのもだるいしー。」


 統一魔術。魔術式に美しさを求めるとかどうとかの話だったとは思うが、…正直よく覚えていない。俺たちの学ぶ第五次魔術とは一切関係のない話だから、優先順位は低いと思って勉強しそびれてしまった。

「…すまない。分からない。」

 フウカもお手上げだ。お前に分からなきゃもう誰にも分からないだろう。俺はふと教室を見渡す。個性的な面々はいるがどいつも消極的だ。手を挙げる気配は少しも無い。……というか三割方の奴が寝てる。朝早くだし、歴史なんて魔術師の基本常識だし、講師も不真面目だし仕方ないか。


「んーー。じゃあお手本ー、お願いしてもいいかなーー。アンセルメアー?」

「……わっ!?」

 銀髪の少女がびくっと反応する。あの髪とメガネは……間違いない。入学式で早々に怒らせてしまった彼女だ。

「統一魔術についてー、みんなに説明してあげられるーー?」

「え…、ええっ……。」

 いきなりの指名でアンセルメアはおどおどしている。恥ずかしがり屋なのだろうか。…だとすれば以前ぶつかった時に無口だったのは、怒っていた訳じゃなくてきっと声を出すのが恥ずかしかったんだろう。


「あっ……。」

「あ。」

 目が合った。


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「…………。」

「……。」

 お互い目は逸らしたものの、沈黙はさらに気まずくなる。…俺は彼女にどう思われてるんだろうか。やっぱり嫌な奴に思われてるんだろうか。……だったらそのうちしっかり謝らないと。

「あー。君でもそこまでは教わってないかーー…。学部長もやっぱりー。実の娘には甘いなーー。」

「あ、あははっ…。」

 学部長の実の娘?…もしかして魔術学部の学部長だろうか?彼とは以前少しだけ会話をしたことがある。意外な繋がりもあるもんだなと俺は驚いた。最初に彼女を指名したのも学部長の娘という事で贔屓目に見ていたからだろう。

「んーそれじゃーもう誰にも分からないかなー。私から説明するのもだるいしー、統一魔術の話は飛ばそうかなー。」

「……、、、」

「あー、やる? やるならお願いするよー。」

 アンセルメアは控えめに手を挙げる。すると講師のダルーは待ってましたと言わんばかりに彼女を指名する。指名されたアンセルメアは、かなり控えめな声で統一魔術について解説してくれた。


「…はい。統一魔術とは、複雑化する魔術属性を美しく均等な形へ統一する事を目的とした属性定義原則の一つです。いわゆる、色相環における三原色の定義づけ…のようなものです。…火属性と雷属性の境界とは何か。それら属性の違いをはっきりと、均等に定めるために…トロメエンの大賢者たちによって考え出されました。」

「あーー。」

「……え、えぇ、、?」

「ーーー511700点の回答だね。」

 残念そうにあーーー、と伸ばされ、少し焦るアンセルメア。しかも採点結果が意味不明だ。何点満点中だよこれ。


「あ、ちなみに…。近代魔術革命で有名なハインリッヒには…、魔術師時代に第五次魔術のあり方に異を唱え、完全な統一魔術を実現する為には…200以上の属性区別が必要だと宣言したという逸話も…あります。」

「ーーープラス50000点。」


 だから何点満点中だよ。俺は心の中でひっそりと突っ込みを入れた。…ハインリッヒ。そういや半年前にもロミューさんから彼の名前を聞いた覚えがある。

 ……ハインリッヒと言えばライ・エレクトロニクスだ。俺はふとスマホを取り出し、裏面を見る。そこには見慣れたライ社のロゴが描かれている。


 ふと思った。

 科学技術が魔術の限界を超えたのは、…いつからだろうか。

 空想魔術小説によくある、魔術が大きく発達した近未来。もしも今の時代に機械というものが存在しなかったら、俺たちの生活はどのくらい変わっていたんだろうか。


 たった一人で歴史を書き換えた男。ハインリッヒ・リートミュラー。

 こいつのチートっぷりはまるで、異世界からやってきた主人公そのものじゃないか。


 …さすがにアニメの見すぎだな。と、俺は思った。

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