序章 僕と私のタイムトラベル。

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第603話 エリー・ハーンは病み逝く世界の最期を見届ける。

 プオリジア歴4646年。


 終わりゆく世界。彼女は独り、瓦礫の山の頂で空を見上げる。

 空は暗く、色のない霧だけが宙を漂う。

 天上に星は無く、忌々しきあの塔だけが目前に聳えている。


 彼女は敗北した。何度も敗北した。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も敗北を繰り返した。全ての熱はあの塔によって吸い尽くされ、そして世界全体が静止する。光さえもそれに抗うことは出来ない。

 失意のうちに彼女は眼を瞑る。塔から吹き降ろす風は終焉の詩を奏で、瞼の裏に描く世界はその風の音にかき消される。

 …無慈悲な絶望。この最悪が確定した瞬間、彼女は決まって定型句を呟く。


「  失敗。 」


 その言葉に一切の感情はない。

 同じ作業を延々と繰り返すロボットのように。同じ絶望を延々と繰り返す彼女には。もはや夢も希望も。後悔も未練も。何もない。

 どれだけの仲間たちと出会おうとも、どれだけの感動を分かち合おうとも、どれだけの犠牲を払おうとも。それらはすべて今日という絶望の為の前座でしかないのだ。


 ナムザドゥもウィンブリンもローレンスもアルケイドも。誰も彼も。何もかも。彼女の持ちうるすべてを捧げても、それでもまだ届かない。


 いっそ希望なんて抱かなければいい。と、彼女は思った。何もせず。何も感じず。夢だけを見ていたいと思った。

 彼と過ごした日々は、彼女と、彼だけの────メルヘン。

 せめてもう一度だけ、あの頃の夢を見よう。滅び逝く世界の風が奏でる葬送曲は、彼女の意識をゆっくりと遠退かせてゆく。


 遠い世界の誰かが彼女に告げる。その言葉に彼女は驚き、眼を覚ます。それは、彼女独りが担うにはあまりにも重すぎる決断だった。

 それでも、出来るかもしれないと彼女は呟いた。希望を抱き続ける事を諦めようとした彼女でも、この世界を救いたいという気持ちは変わらない。

 この希望を、彼に託そう。


 そして彼女は死んだ。

 冒険をやり直すことは出来た。

 過去なんて、何度でも書き換える事ができた。

 勝てないなら、勝てるまで繰り返す事もできた。

 それでも彼女は死んだ。

 けれど、これでいい。


 エリー・ハーンは未来の彼方で待つ。この歴史に、新たな希望が目覚めるその日まで。

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