最弱の禁装少女ハルカ

風舞人

プロローグ兼第一話~国家特務機関情報捜査課第五班~


 平穏とは、穏やかで、何か大きな変化もなく、安らかである、という意味である。

 世の中には、平穏を望まない者や、 知らない者、時にはそれを奪われ、取り返さんとする者、なんていうラブコメ主人公のような者までいる(と思う)。

 その中でもこの俺、こと高浜宗一たかはまそういちは、世間体での一般論で言えば、今まで平穏な日々を送ってきたと言えるだろう。

 まあ、それも過去の話だ。

 中学3年の冬。

 珍しく雪が降り、冷え込んでいた夜のことだった。その日が、俺の人生の転換点だった。



 ~~~~



「うっわー……。すげー冷えるなぁ…」

 時刻は夜9時過ぎだろうか。

 いつも使う図書館からの帰路。今日も、その道すがらにあるコンビニで温かいミルクティーを買い、飲みながら歩いていた、ちょうどその時だった。


 ドッゴゴォォォォォォォォォォォォォォッッッッ。


「………………!?」

 

 目の前が砂塵で覆われ、直後に閃光が迸る。それに伴う衝撃波で視界が回復し、見えたのは、大きくクレーターの様に陥没した路面だった。

 直後、目の前を黒い影が横切る。それに何か白い影もついていくのが、辛うじて見えた。

 目で追えない何かと、続けて飛散するコンクリ片や閃光から逃げられず、そしてそれはまるで俺を上手く拘束するかのようだった。


 そんな、あまりに現実離れした現実に、身体は素直だった。


 心臓は役割を忘れ、四肢は震えが止まらなかった。脳はエラーを吐き、暑くもないのに汗が噴出する。これは”硬直”ではなく、身体の”暴走”と表現するのが適切だろう。



 この後、何がどうなったかは覚えていない。

 だが、俺と俺の上司、飛島花織とびしまかおりや、国家特務機関特別情報捜査課第五班こっかとくむきかんとくべつじょうほうそうさかだいごはん、通称ゴトクとの最初の出会いだった、ということは今でも鮮明に覚えている。



 〜〜〜〜


 私はとある案件で、この街に赴いた。

 

 与えられた任務は手短に済ませて、この街で有名な喫茶店で抹茶フラペチーノとひよこ豆のパウンドケーキを公務費用で存分に味わうつもりだった。

 

 しかし、今回の目標ターゲットとの戦闘中、予測していなかった不測の事態が発生した。

 本来なら事前に張った結界外に弾き出される筈の一般人が、巻き込まれてしまっていたのだ。

 原因は不明だが、かく、無関係な少年を関わらせるわけにはいかない。

 しかしこれが、思っていた以上のハンデを私に与えた。想定以上の苦戦を強いられた。

 体力が尽きかけ、なんとか息ができるまでに追い詰められた私が、あえなく国家機密の兵装リンウォルムを使用しかけた時。


 少年に目標が瞬で斬りかかった。

 私は、武器の展開でのタイムロスを逆手に取られ、目標の接近を許してしまった。

 この時、少年を守ることが出来なかった、私は人殺しになってしまった、と確信した。



 しかし、少年は死ななかった。


 その時私は、見た光景に唖然とした。

 突然、一つの光球が出現し、少年を庇う様に目標との間に飛び塞がったかと思うと、瞬間に、目標を攻撃し始めた。

 私の目には、光が目標の体を、ランダムな部位をつつくようにして体当たりをしているようにしか見えなかった。だが、目標はどんどんダメージを負い、着実に押されていた。


 十秒経てば、もうそれは戦闘などというものでは無くなっていた。光球が目標を一方的に攻撃しているそれは、殺してはなくとも、虐殺という表現が、あまりにお似合いだった。


「ウガァ、ガィギァャャァアア!!!!」


 私達情報捜査課の人間が、”人型”に分類し、脅威度がそこそこ高く、ハンデがあったにしろ自分と互角程に強かった敵が、為す術なし、とばかりに崩れ、消滅した。


 その数秒後。しっかりと敵を倒した、と認識したのか。

 少年を守っていた光が消失し、同時に少年はその場で崩れ落ちた。


 すぐに駆け寄った私は、少年の様態を手際よくチェックする。

 幸い、少年は腹部の掠り傷と、右腕の打撲で済んでいたようだ。

 だが、原因不明の昏睡状態に陥っていた。

 私は、少年に処置を施しながら、彼が目覚めるまでは、自分より彼を優先しようと決めた。



 〜〜〜〜


 どれくらいたっただろうか。恐らく数十分程だろう。

 少年は、目こそ死んでいたが、昏睡も解け、五体満足で目覚めた。

「……なにが……どうなって……」

「…よかった……やっと気が付いたのね……」

「…えと、あの」

「…ん?どうしたの?」

「その……さっきのって……」

「…ああ……」

 私はここで迷った。

 ここで真実を包み隠さず話すと、彼に国家機密情報を流すことになる。それだと、これまで一般人として生きてきた彼を、間接的に殺すことになってしまう。


 私は、考えに考えた。この少年を、生かしながらもこちら側へ出来るだけ近づけさせない……。


「あの…僕、もしかして見ちゃいけないものとか見てしまったんでしょう?…なんとなく、わかります。……だとしても、今日のことは僕誰にも言いません。なので…」


「…ううん、違うの」

 私は彼の言葉を遮って、続けた。

「私が今出来るサポートを尽くして、今君にある選択肢は2つ。申し訳ないけど、君のプロフィールは既に把握済みだから、逃げても無駄。」

「いえ、僕は逃げようとしてる訳では…。その、ホントは逃げたい…ですけど……」


 ごめん。本当にごめんなさい。


「それで、その選択肢なんだけど。


 1:国家に対する重罪人として、この世から去る。


 2:海外への密渡航。ただし、海外での身の保証は出来ない。


 この二つ。分からないことがあ

「つまり死ねってことですか?」

るなら……いや、密渡航なら可能性はある。何もこちらも命を粗末に扱いたいなんて思ってないし…」


 嘘だ。密渡航なんて、これっぽっちも考えていない。本当は、国家機密云々よりも、少年を守っていた謎の光が怖かった、危険だったから。他の別の理由を立てて、少しでも安全に消すことが、今までの私の経験則の中で、導かれた最善策だった。


 なんて私が考えていると、少年はやけに落ち着いた様子で、

「質問、良いですか?」

「うん。どうぞ」

 この質問が無ければ、彼は今頃、この世にいなかったかもしれない。

「貴女って、何か秘密を沢山抱えている事をしてらっしゃることは分かります。そこで、ですが」

 彼は一呼吸置いてから、本題を切り出した。


「貴女のやっている事がなのならば、それに事は出来ないですか?」



 ゴトクに……就職………!?



 私にはそんな考えは微塵も浮かんで来なかった。

 そんなの無茶だ。賭けにしては無謀ではないか。そう思った。


 けれど、同時に、この意見には、とても言葉では表現できない説得力と、何よりプラスへと流れを傾ける、そんな気がした。


「就職という形をとれば、僕がその秘密を持っていても何の問題もなくなるはずです。それに…」

「…それに?」

 彼は、一呼吸置くと、私の目をしっかりと見据えて、


「そのほうが、僕は安全に暮らせる。そう、確信したから」


 どこからその確証とやらを得たのか、いろいろと腑に落ちない所もあった。だけど、こちらが勝手に巻き込んで、一方的にこの少年の人生を狂わす、となるより、それで彼が何かいい方向に変わったり、このことを上手く利用して、自分のプラスにしてくれるなら、これほど両者が救われることはない。

「…分かった。それをやるとしたら、行使権は私にある。何としてでも、やり遂げてみせるよ」

 そうだ。私はゴトク課長、飛島花織じゃないか。それくらいのこと、強引にでもやってやる。

 そんな強い決意を、言葉を紡いで反芻した。


「……絶対に救ってやる。失敗なんてしない」


 この時、少年は。とても安心した様子で、柔らかい微笑みを浮かべていた。






 かくして、両者の願いは叶えられた。

 しかしながら、光球を除けば、何の力も持たないただの中学生を、しかも受験期に巻き込んでしまったことの罪悪感は大きかった。

 私は、せめてもの償いと、

「こちらのミスで、巻き込んでしまって本当に申し訳無かった。せめてもの贖罪だ、何でも言う事を聞くから、どうか、許してくれないだろうか?」

 なんて言ったら、彼は

「……《 《何でも》》、と言いました、ね?」

 この時、私は言葉選びを盛大に間違えた事に今更気が付いた。

「……」

 ゴクリ。

「それじゃあ………」








 3ヶ月後。

 とあるレストランで。

 志望校合格で喜ぶ少年、宗一と、その向かいで受験生よりぐったりしている少女、花織の姿があった。

 勿論、代金は私持ちである。

 やはり、いつ何時でも、言葉選びは慎重に、ということを嫌というほど思い知らされた花織であった。




 〜〜〜〜


《20XX年12月某日・国家特務機関特別情報捜査課長室》


「…ほう、それで?」


 決してコスプレでも、モノマネでも無いが、何処かで既視感があるそのポーズを明らかにキメている、グラサンのおっさん(これでも上司)は続きを求めてきた。

「なので、彼を私の所に所属させたいのです。色々と私の目で確認したいこともあります。それを含めて、私の管理下に置けば安全だと…」


 しっかりと背筋を伸ばしながらもしっかりと座っている私の対面で、肘をついて、顎を両手で組んだ手の甲で支えながら、おっさんは遮る。

「…そう言う事では無い。まあ、さっきは言い方が悪かった。」

「…言い方、ですか?」

 おっさんは頷きながら、


「ああ。既に許可を出す手続きは進行中だ。もう直ぐ、勅令が出る筈だ」


「…!長官、本当ですか!?」

「…嘘はつかん。後はお前の管理下だ。好きに教育するといい」

「…!ありがとう、ございますっ…!」


 この時は、地獄のような受験勉強に付き合わされるとは、思いもしていなかったのである。

 因みに、始まったのはこの次の日である。



 〜〜〜〜


 大人の雰囲気を纏ってはいるが、正直背は高くないし、声質に幼さを感じる。

 それに、聞いた話によれば、10代の人だとか。まあ、胸は発展途上って感じだし、もし10代前半なら年相応、なのかもしれない。

 俺の上司になった、飛島花織は、そんな人だ。

 何だかんだで、謎多し人である。

 あの事件以来、受験勉強を毎日手伝って貰ったり、一度だけ二人で任務に赴いた事もあった。


 彼女は、全身に光学迷彩がついたアーマーを身に纏い、持ち手の下に短刀が付いている独特な西洋剣を使用して戦う。一応、名前はあるらしいが、俺は知らない。

 副兵装サブウェポンで、警察にも採用されているM360J〈サクラ〉を使用している。欠陥製品とか言われてたけど、大丈夫なんだろうか。


 そして、俺は、花織さんに「何でもいいから、とりあえず選べ」と言われ、半ば強引に決めさせられた。内容は、警視庁御用達の防弾チョッキ、それから兵装はドラマとかでお馴染みUSPを装備。形がかっこよくて副兵装サブウェポンとして選んだ短刀は、実はサバイバルナイフ。万能。しかもお値段なんと250円。お手頃。まあどうせまともに戦えないのだから、意味がないのが現状だ。

 そんな感じで、武装した敵と戦い、勝利した。


 報酬は何故か、問題集とUSPと弾代に消えた。






 ……USPも銃弾も支給品じゃないんかいっ!!!!

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