第三話「本当の異世界」

「ほら着いた、ここが君が望んでいた異世界だ!」


「おおっ…って、え?」


異世界へ一歩踏み込むと同時に執行を待ち受けていたのは、廃墟、廃墟、廃墟、廃墟だった…。


「こ…これはひでえな…」


「まあこの街もテンザーによって支配されちゃったからね~」


テンザー?と問おうとした時、後ろから響いた轟音が鼓膜を襲う。


「うっ耳が…」


後ろを振り向くと、何かから身構えるような体制を取っていたのは怜華さんだ、轟音が一度鳴りやむと廃墟の影から次々とゲームに出てくるレーザー光線のようなものが四方八方に飛んでくる。


怜華さんの手のひら出てくる白百合色のベールのようなものが三人の体を包み、それにレーザー光線が勢いよくぶつかる。

ドンッ!っという轟音が響き、ベールは破れ、砂埃が湧く。


「ごほっごほっ!おい、回り敵だらけじゃねえか!」


「ははは…どうやら着地場所が悪かったみたいだね~…」

目に砂が入り、周りはよく見えなかったが、この般若形相は不気味に面で笑いながら言ってるに違いないだろう、本当なら首根っこを掴んで苦しませてやりたかったが上半身裸なせいで掴む場所が見当たらない。


「俺は貴様を許さんぞテンザー!」


レーザー光線が出てきた廃墟からはまたもやテンザーという名が出てくる、それに頭を抱えていたのはジンだ。


「おいジン、お前強そうなんだから何とかできないのか」


「いや~それが彼らは」


「彼らは敵じゃありません!」


そう叫んだのは怜華だった、彼女は次に攻撃がこないか辺りを見回している。


「ジン様、帰還しましょう」


「オーケ~敵じゃないみたいだしそれが良いだろうね」


ジンは手を合わせ再び異空間の扉を作りだす、そうして僕たち三人は駆け足でその扉に入っていった。



廃墟から無事抜け出し、異空間の扉から出た先は莫大のでかさの建物前だった。左を見るが先が見えない、そして右を見ても先が見えない広さだ、上の方は東京タワーと同じくらいの高さがある。


「で…でけえ…」


「でしょ~!これが天界全てを守っている、天の門≪ヘブンゲート≫だよ、ここを通らなきゃまず天の街≪ヘブンタウン≫に簡単に入ることが出来ないんだよ」


「はぁ~…確かに鉄壁の要塞って感じがするけど、お前のその能力を使えば余裕で侵入できちゃんじゃ…」


「ま…そうなるね」


要塞ザルすぎんだろ…。


「おっと、どうやらもう迎えが来てるようだ」


ジンに言われ、歩いた先には確かに男女二人が立ち止まっていた、一人は身長が低く、目つきが悪い釣り目で黒髪の男だ。もう一人は水色の髪と目が特徴の短髪の女の子だ、二人とも怜華さんと同じ白の着衣を着ており、女のほうは少し短めの白いタイトスカートに水色のネクタイ、男の方は足元まで伸びる黒いカーゴパンツを着ている。全員同じ格好ということは恐らくここの正装なのだろう。そして短髪女の子の横には何故か小さなコアラが二本足で腕を組みながら立っていた。


「いや~またせたね~少しばかり寄り道しちゃったよ」


「確かにちょっと遅すぎるの~」


爺さんのような口調で話したのはコアラだ、だが不思議にも僕は驚いていなかった、ここは異世界、想定内の事さ。


「ほう~確かにテンザーにそっくりじゃな」

「そりゃあ同一人物だからな」

さっきからテンザーって何のことだ、そっくりって僕に言ってるのか。


「いや~まさか総統が来るなんて思ってなかったからね~総隊長が来るのは知ってたんだけど」

「じじいなんだから無理すんなっていったんだけど聞かなくてな」

「仲間外れにせんでくれ、わしもまだまだ体は動くんじゃぞ」


さっきから僕を抜きにとんでもない会話が行われているような気がするが入る隙がまるでない、こういうの見ると会社の会議で一人の除け者にされた事思い出してやだな…。


「自己紹介が遅れたの、わしの名前はパンク・パンサー、君が来ることをずっと待ち望んでいた、歓迎するぞよろしく頼む」

「ああ、どうも」


コアラなのにヒョウの名前なんだ…。


「俺はこういうの苦手なんだが…名前はスライザーだ、俺もお前を歓迎してる、まあ頑張れ」


「ああ、どうも」


「じゃあ僕も紹介するね、僕の名前はミゼッタ、これからしばらくは君と一緒に行動する事になってるからね、よろしく!」

「よ、よろしく」


リアル僕っ娘だと!?まさかこの世界ではそれが普通なのか…?


「じゃあ紹介も終わったし、俺は帰るぞ」

「そうじゃな、じゃあな少年、頑張れよ」


コアラと小さい男が歩くのを見るとどこかシュールな光景だなと思う。


「じゃあ僕と怜華たんはこれから仕事に行かなくちゃならないから、後の事は頼むよミゼッタたん」

「うん、任せて!」


あの男は女の子全員にたんをつけてるのだろうか…しかしそんな事も満面の笑みで手を振っているミゼッタさんを見るとどうでも良く思えてしまう。


「じゃあ僕達もいこっか、もし何か気になることとかあったら何でも僕に聞いてね!」

「聞きたい事ね…じゃあさっきから総隊長やら総統とかって聞こえたんだけどもしかしてあの二人がそうなのか?」


「ああ、そうだよ!パンクパンサー総統は天の扉≪ヘブンゲート≫では一番偉い方だよ、次にスライザー総隊長、彼は隊員の中では一番強いよ、めちゃくちゃ強いから怒られないようにね…」


「強いのか?ちびなのに、それにコアラなのに一番偉いっていうのも何か頼りないよな~」


ミゼッタの微笑みが引きつった顔へと変わると、後ろから物凄い怒涛のオーラが漂ってくる。後ろを振り向いてみるとそこには悪魔のように微笑んだスライザー総隊長と、鬼のように笑うコアラ総統がこちらを向いて歩いてきた。


「てめえ説教が必要みたいだな…」

「コアラを馬鹿にせんほうがいいぞ兄さん…」


説教は長引くと思われたがミゼッタさんが後で叱っておくということに免じて許してもらった、それにしてもあの人達と僕達の距離は三十メートルも離れてた筈だ、何て地獄耳なんだろう。


「はあ~あんな事言っちゃいけないよ、ああ見えてもここではナンバーワンとナンバーツーなんだから」


「は…はい、反省してます」


「分かれば全然いいよ、次からは気を付けてね。じゃ、やらなくちゃいけないこともあるし僕についておいで!」


強引にミゼッタさんに右腕を引っ張られる、引っ張ってる時も終始笑顔で何に笑ってるのか分からないが、ミゼッタさんから漂う甘い香りを匂うとそんな事はどうでもよくなってしまう。

連れられる事五分、ようやく建物に着き、右腕から手を放したと思うと、建物の中に入り、キョロキョロと覗き込んでいた。


「何をそんなに警戒してるんです?」

「何をってそれは君を攻撃してくる子がいないか見張ってるんだよ」

「攻撃?ここって味方の基地みたいなもんなんでしょ、それをまた何で僕に攻撃なんか…」


ミゼッタさんの顔は明らかに驚いた顔つきだった、そしてもう一度辺りをキョロキョロと見始めるとこちらを向き、困惑した顔でこちらをじーっと見ている。


「君もしかしてジン様に何も話されてないわけ?」

「ああ、そうなんだよ、着いた瞬間急に攻撃されたし、彼らは敵じゃないとか意味不明な事ばっか言っててどっかに行きたがった」


ミゼッタさんは呆れた顔ではぁとため息を吐く。


「そっか、怜華ちゃんじゃなくやっぱり僕がジン様と行くべきだったね、わかったよ、でもまずやらなきゃならない事があるからそれが終わったら色々と説明するね」


そういえばここに来る前からこの世界についての説明なんて全くといってされていない筈だ、聞きたい事は山ほどある。

また右腕を引っ張られ、真っ暗闇の中廊下をしばし歩くと、ある一室だけ電気が付いている部屋があった。ミゼッタさんはまたも腕を放し、部屋の中をキョロキョロと除いて、おいで、との一言。


「っこれは一体…」


中に入ると、四畳くらいの部屋に大きく機械が置かれている、MRI撮像装置のようなものだ、ベッドが置いてあり、人が入れるサイズの円筒も置いてある。


「さあ、ここに寝てみて」

「寝てみてって…僕の体を調べるのか?別に身体に異常とかは…」


ベッドに体を移し横になる僕を見て、ミゼッタさんは表情を変えることなく終始微笑んでいる。


「調べるだけじゃないよ、少しばかり体の中に君に適正の遺伝子を導入しなければならないからね」

「い…遺伝子を導入!?」


ベッドが動き出し、頭が円筒に向かって入る、心の準備が出来ていない僕は脱出を試みるも何故だか体が重く指一本一切動かないでいた。


「おい、ちょっと!ここから出してくれ」

「駄目だよ動いちゃ、適正な処に導入するんだからもし誤ってしまうと命が危ないよ」


命が危ない…その言葉に怯え、執行の体は硬直する、暗闇の中、体が全て円筒の中に入ったかと思われるとチクッと針のようなものが刺さり、執行は眠りについた。


「いてて…ここは…」

ベッドから目覚めると、麻酔が刺されたところが少し痛み、ミゼッタさんからはお疲れさまという一言が飛び交う。


「騙すような感じになってごめんね、僕の能力(アビリティ)で君の体を少しばかり縛っておいたんだ」

「能力(アビリティ)で縛った?」


ミゼッタさんは、ニコっと微笑みながらこちらに手のひらを向けてくる、一体何をするつもりなのだろうか。


「そう、これが僕の能力(アビリティ)だよ」


ミゼッタさんが放ったその一言と同時に急に体が重くなる、まるで馬鹿でかい岩石が次々と背中に乗るように、体は数秒と立たないうちにベッドに付かされた。


「僕の能力は重力感覚(グラビティフィーリング)、あらゆる重力を操る事が出来るんだ。だからこういう風に君の体も重くする事ができる」


「ミ…ミゼッタさん?説明はいいんでこれ早く解いてもらえません?」

「ああごめん!うっかりしてたよ」


手が降ろされると同時に体は元の状態に戻る、一瞬しか重くなってないのになんて体が軽いんだ、スイスイ動けらあ。


「まあ僕の能力を参考にしてみるといいよ、それと君の能力なんだけど…怒れる狂気(クレイジーアンガー)みたいだね…」

「それって強いのか?」

「どうだろうね、君怒りっぽいの?」

「全然」

「うーん…努力次第…かな?」


微笑みながら気を遣ってくれてるミゼッタさんを見るにそこそこなのだろう、雷とか炎を操れると思ってたのによりにもよって狂った怒りだなんて、上司を殴ったりとか喧嘩の毎日だったならともかく、上司にペコペコして喧嘩の経験が一切ない僕にとってはとんでもなくいらない能力だ。


「そうだ!説明しなきゃいけないことに君が怒りそうな内容が入ってるよ!丁度いいし、しちゃおっか」


それを先に言って怒る奴なんていませんよ…何か思ってたのと違ってたな異世界って。


「今住んでる僕達の世界は天界≪ヘブンワールド≫、地界≪ヘルワールド≫に分かれてるんだ、僕たちが今立っているのも天界、天の扉≪ヘブンゲート≫も、天街≪ヘブンタウン≫も、全てひっくるめて天界なんだ。」

さっきまで微笑んでいた表情とは一変して真剣な眼差しで彼女は説明していた。


「人口はおよそ一億人くらいかな、一方地界はそれ以外のすべての地帯の事を言うんだけどね。明らかに地界の方が広い今でも、天界の方が地界よりも遥かに大きくて、人口も今の五倍は多かったんだよね。でもある日、一瞬にして人や天界の領域がほとんど消されたんだよ、一体何で誰がこんな事したんだと思う?」


誰って言われても…困る表情を見てミゼッタは即答する。


「テンザー…と言われる男、つまるところ執行遠矢君、この世界の君なんだよ。」


「僕がこの世界を壊滅させただと…」


ズバッと言われるも、湧いてきたの怒りなんかじゃなく、更なる落胆だった、英雄として来た筈の執行にとってはあまりにもショッキングな事実だ。


「なあミゼッタ」


「どうだい?うまく怒れた?」


「僕…自分の世界に帰っていいか?」

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