日本の進退

「21世紀も5分の1程を過ぎようとしている中、世界はコンピュータによって繋がることができました。今や位置情報さえもネットワークに流れる時代です。その位置情報など、日本中の、世界中の人々のデータが集まれば、それはビッグデータと呼ばれるものになります」


 ホワイトボードの前で、20代前半と思われる若い男が演説する。


「一説によれば、ビッグデータの総容量は数十ペタバイトにもなるとか。いえ、2020年には40ゼタバイト…おおよそ430億テラバイトに達するという見方もありますね。一般的な個人のパソコンのストレージが2TB程度と言ったら、この数値の大きさがよくわかると思います」


 会場がどよめく。


「まあもちろん、日本に限ってならもっと小さくなるわけですが、それでも数十ペタバイトの量は避けられないでしょう。一言にビッグデータと集約することはできないので例を一つ上げます。先程の位置情報を利用して特定の期間、例えばゴールデンウィークですとかに、人々はどこへ行っているのか。逆にいているところはどこか。そういうデータをどう活用するかは組織次第ですが、上手く有効活用すれば…まぁ、儲かります」


 会場は笑いに包まれる。


「ですが、その膨大なデータを活用するにはまずそれらを分析する必要があります。当然、個人のパソコンでは限界があるわけです。そこで利用されるのが、スーパーコンピュータ、スパコンです。スーパーコンピュータは大量のプロセッサ、人間の頭脳にあたる部分ですが、それを搭載することで、非常に高速な処理を実現できます。例えば、普通のパソコンにプロセッサは1個ですが、日本で一番有名と言っても過言ではないスパコン『獣』には、なんと81019個のプロセッサが搭載されているのです」


 再び会場はどよめく。


「2010年には世界トップの性能でした。しかしながら、たった数年で現在は106位まで後退してしまいました。ここ数年はハードウェア・ソフトウェア共に進化がめざましく、世界中で性能の良いスーパーコンピューターが製作されています。しかし、」


 男はそこでわざとらしく間を置き、続ける。


「ここ最近日本では製作されていません。いえ、正確には4年前『疾風迅雷Ⅱ』が製作され、現在も世界のランキング27位にいますが。我々の業界で特に目を引いたのはやはり去年製作された『Daldulation』ですね。米国政府バックアップの元、Googol社、MacroSoft社、IBC社が合同で1.2兆円かけて製作した、疾風迅雷Ⅱの4.3倍の性能を誇る世界最高峰、ランキング1位のスパコンです。Daldulationは地球表面全体を500m四方の四角形に分割し、その分割されたエリア単位で詳細な天気予報を出すことができる性能を持っています。実際試験的に全球の天気を1週間分予測してみたところ、結果は世界中の都市で全く予測と同じ天気になったそうです。言うまでもなく、これは前代未聞の性能を誇っています」


 男はまた間を置き、会場のざわめきが静まるのを待った。


「しかしながら、メリットばかりではありません。計算上、Daldulationの維持費は日本円にして一年間に1350億円。電気代は3920億円、それも一番安い値段です。米国の威信をかけたプロジェクトでしたので、これくらいのお金は出すでしょう。しかし、高すぎる。一部からは『性能を求めたあまり電気消費量について考えなかった愚かなマシン』などとも呼ばれているようです」


 会場はどこか苦笑いするような雰囲気だ。


「話は若干変わりまして、私たちPEJIE社はIPC、JECなどと連携しまして、新しいスーパーコンピュータを制作する計画を打ち立てました。我が社は一ベンチャー企業に過ぎませんが、コンピューターの省電力技術を売り込み、ここまでたどり着きました。想定では、予定されるスパコンの性能はDaldulationの2.9倍でありながら、維持費は7分の1、電気消費量は96分の1という、超画期的な新世代のスーパーコンピュータです。この計画は政府からの支援が必要であるため、お願いしています。確か、もうそろそろ国会で議論されるという話でした」



「どうでしたか?」

「話の中では、『スーパーコンピュータ』『スパコン』どちらかに絞ったほうが良い」

「そういう話じゃなくてですね」


 私と秘書はPEJIE社の会見を後にした。


「まったく、休暇を取ったと思ったらまさかPEJIE社の会見をこっそり見に行くとは思いませんでした」

「付き合わせて悪かったな」

「それは問題ないんですけれども…」

「私はスパコンに関する専門家ではないからな、彼らの目指すところを理解しておきたかったのだ。例えば、ただ単にすごいスパコン作るのが目的になっているのは手段の目的化に他ならない。それは日本のリソースを食いつぶすだけであり、無益だから認められない。だが、天気予報とか、実験シミュレーションとかといったしっかりした『目的』があれば良い。加えて、今回プロジェクトに参加するのはIPC、JEC、西芝、松上など日本の企業や組織ばかりだ。そしてPEJIE社、日本の中小ベンチャー企業。日本の中小企業は昔から海外に負けないすごい技術を持っているはずなんだ。省電力技術もその一つだ。だが最近は『日本じゃ中小企業は育たない』とまで言われるようになってしまった。育つように支援をする必要さえ出てきたから、正直に言うと私はその口実がほしい。」

「口実、ですか」

「今回のスパコン開発が上手く行った場合、スパコンを有効活用できるのは勿論、中小企業が活躍していることを示せる。これを利用して国内の中小企業を育てれば、日本はさらに強くなれる」

「しかしながら、『既に日本国内にある獣や疾風迅雷Ⅱを使えばいいのでは』という意見も噴出するであろうことは容易に予想できます」


 秘書は控えめに反論意見を出した。

 最近はこのように個人的な議論に乗ってくれることが多くて助かる。

 そんな小さなことの積み重ねから日本を良くしていけば、自ずと支持率も上がる。その時こそが、私がこの地球を支配するための次のステップだ。

 未来の計画を考えつつ、私はその意見に対して反論することにした。


「それについては、IPCなどが以前から『国内のスパコンのリソースがない』と言っている。新たにシミュレーションしたいことなどもあるだろうに、ただでさえ疾風迅雷Ⅱなどのリソースを分割して提供しているレベルだ。余裕がない。それに関しては既に信頼できる第三者機関による調査が行われ、それが事実であると裏付けられている。近く、科学技術省からもリソース残量のさらに詳しい調査が行われる予定だ」

「なるほど…」

「まあ、これはあくまでも私個人の考え方だがな。明日から党の会議があるから、そこで意見をすりあわせていき、三日後の国会に備えるわけだ」


 私は今日の残りを首相公邸にてくつろぐことに決めた。

 テレビはスパコンの話題で持ちきりだったが、その中でも特にPEJIE社の話は取り沙汰されている印象を受けた。

 意見のすり合わせの用意はできているので、ほぼ国会でどう動くかに尽きると言って良いだろう。

 そんなことを考えながら、私はソファに身を沈めた。

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