【回想】〝国崩し〟
―――その炎龍はようやく百歳を超えた頃だった。
我ら
百歳を迎えた子にその祝いを授けるのは、
そして彼のときは私の役目だった。
だからよく覚えているよ、私が祝福を与えた彼のことも。
彼の両親は炎竜だった。
竜から龍が生まれることは、多くはないが無いことでもない。
とても仲睦まじい
よいことだった、よき両親だった。
龍は竜より遥かに永い時を生きる。そのため、龍の成長はとてもゆっくりだ。
だが子より先に親が逝くは当然の理。
それを彼は理解していた。
自らが育ち切る前に両親が逝くことを。
自らの誇るべき姿を、愛しき両親へ見せれないことを。
だからその分今を楽しみ生きるのだと、そう言っていた。
そうなるはずだった。
竜が滅ぶは五百の頃。
つまり少なくとももう百年は、彼は素晴らしき両親とともにあるはずだった。
二百まで育てば別離も受け止められるようになると、我々も考えた。
だがその未来は、突然に奪われた。
確かそう――『開拓』だったはずだ。
当時大陸を掌握していた大魔帝国は、非常に魔法に長けていた。
何より彼らはそれを『教える』ことができた。相応の素質を要していたようだが、それでも多くの魔法使いを生み出した。
そう―――龍には届かずとも竜を殺せるほどに。
そうして造り上げられた百の英雄たちの切先が向いたのが、彼の両親だった。
人間たちの歩みは速かった。
私たちが気づくよりも、彼の両親が子どもとともに逃げ出すよりも。
……ここからは、情報を基にした推測になる。
彼の両親は英雄どもを迎え撃つことを選んだ。その果てに、逝った。
心臓を貫かれ、魔核を擁した首を落とされては如何に竜とて生き残れなかっただろう。
ただ引き換えに、人間の集団も壊滅した。
残った生き残りは帰還を優先したのだろう。遺骸はそのまま、番の首だけを背負い帰ろうとした。
だがそこへ追いすがる影があった。
そう、彼だ。炎龍だった。
先も言った通り龍の成長は遅い。
百歳の龍の強さは、五十程度の幼竜にも劣るだろう。
だからこそ両親は彼を隠した。その結果、生き延びた。
故に彼は、狂ったのだろう。
彼が見たのは心臓を破壊され、首を斬られた両親の姿だっただろうから。
両親を討たれた。愛しき両親とのあるべき百年は奪われた。
ささやかな幸せは泡沫となって消え失せた。
故に縋ろうとしたのだろう。彼は両親の首を掲げて去り行く人間たちに襲い掛かった。
順当に事が流れれば、彼はそのまま死しただろう。
だが消耗した人間たちは龍を仕損じた。深手を負いながらも人間たちを突破した龍は、両親の首へとたどり着いた。
……このとき、異変を察知した竜たちが辿り着いた。そしてすべてを見た。
彼が、炎龍が―――両親の首へと噛り付き、魔核を噛み砕くその瞬間を。
〝同種喰い〟を知っているかね? ――そうだ。
竜と龍には、とある因子がある。それを喰らい取り込むと、強くなる。
更に取り込んだ因子が発現する。そうすると肉体や魔回路に変化が起こる。
それが〝同種喰い〟で起こっている現象だ。
つまるところ炎龍は因子を取り込んだ。
更には親だったからだろうか。
彼の取り込んだ因子は、その大半が発現した。
――あとは簡単だ。
炎龍は、本来であれば敵わないはずの親の仇を悉く滅した。
それでも怒り止まぬ龍は止まらなかった。その近辺で最も人口が多い場所を見つけ、そこを破壊した。二つ目に滅した場所が、大魔帝国の首都だった。
我々は炎龍を『狂龍【クニサキ】』と断じた。
私を含めた複数の龍が集い、彼の心臓を潰して魔核を引き抜くまでの間、大魔帝国は燃え続けた。結果として大魔帝国は滅び、無数の小国に分裂した。
その炎龍が墜ちた場所こそが、あの大森林、アラオザルだ。
同胞に愛され、同胞を愛し、故に同胞を喰らい、同胞に未来を奪われたもの。
それが千年前の、彼の、生きた道筋の全てだ。
……まぁ、その結果が今また動き出すとは思わなかったがな。
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